「魂の痛み」に寄り添う新刊『あの冬の流星』を立ち読み。担当編集者による制作秘話も。月イチ立ち読み読書の会 Vol.5レポート

文芸・カルチャー

公開日:2025/12/10

 11月26日、角川本社ビルにて、「月イチ立ち読み読書の会」が開催された。
 本イベントは、ダ・ヴィンチweb編集部がセレクトした作品を、参加者全員で会場にて「立ち読み」し、感想を語り合う読書会。

 今回取り上げられた作品は、朝倉宏景先生の『あの冬の流星』。講談社から11月19日に発売された小説だ。

 物語の舞台は北海道旭川。昭和気質な父親・竜司、高校時代から彼を支える母親・詠美、反抗期中の中学生の姉・亜沙美、サッカーに没頭する小学生の弟・竜星の4人家族の佐竹家は、仲良く毎日を送っていた。しかし、ある日、サッカーの試合中にラフプレイを受けた竜星は、背中の痛みで動けなくなる。最初こそ「ただの怪我に違いない」と信じていた両親だが、医師から宣告されたのは「余命半年」というあまりにも残酷な現実。竜星に病気のことを伝えるか否か……突きつけられた問いに対して、家族が衝突しながら出したひとつの「答え」を選ぶ、魂の痛みを丹念に描いた物語だ。

 本作の担当編集者である講談社の大曽根幸太さんをゲストに迎え、様々な感想や質問が飛び交ったイベントの模様をレポートする。

 開会前。ゆったりとしたBGMが流れる会場の座席を、本を受け取った参加者たちが続々と埋めていく。ひとり参加の方が多いためか、やや緊張した空気が会場にただよっていた。

 司会の開会の挨拶のあと、早速40分間の「試し読み読書タイム」へ。思い思いのペースで、それぞれが作品を読み始めた。BGMとページをめくる音だけが響き、会場の緊張感がゆるんでいくのが分かる。その場にいる全員の心が同じ作品に向いている、同じ物語を共有しているという不思議な一体感があった。

 あっという間に読書タイムが終わり、物語の続きに後ろ髪を引かれるような気持ちのまま、ゲストの『あの冬の流星』担当編集の大曽根さんへの質問タイムに入った。

 まず、司会から「本作の企画が立った背景」について質問。本作は、大曽根さんの提案から生まれたのだという。

 「僕は3年前に娘が生まれまして。この子にすくすく育ってほしいと願うと同時に、『この子がこうなってほしくないな』っていうことも思い浮かべてしまうんですよね。ちょうどそのときに、テーマの種になる話をある方から聞かされました。僕が小説に求めるのは、自分が歩んだことがない、でもこれから歩むかもしれないことが知れることでもあったので、朝倉さんに『ちょっとこういうテーマを聞いて、重いんですけど、いかがですか?』と、お聞きしました」(大曽根さん)

 本作は「正解」ではなく「答え」を求める話だと語る大曽根さん。重い病気を患ってしまった子どもと、その家族が「答え」を模索する姿が作品の大きな見どころとなっている。

 「今の時代って、子どもでもスマホやタブレットを持っていて、自分の病名を言われたときに簡単に調べられますよね。僕が子どもだったときは、できなかったことなんですけど。これまで避けられてきた問いみたいなものが、そこにあるような気がして。それを朝倉さんと一緒に探すっていうのが、この小説のコンセプトだった気がします」(大曽根さん)

 ここで、参加者から「旭川を物語の舞台に選んだ理由」について質問が投げかけられた。旭川が家具の街であることに触れ、「父親の竜司を大工にしたかった」ことからピックアップしたと話す大曽根さん。実際に家具工房で話を聞き、大工と家具職人の違いなど、取材を通して理解を深めながら、作品について朝倉先生と話したという。

 「旭川は、本当に魅力的な場所でした。山があって、平地が無限に続いているような感じがして、夜になると表紙にあるような美しい風景が広がっている。この町だったらこういう家族がいるかもしれないと思いました」(大曽根さん)

 続いて、「取材をどのように進めたのか」という質問では、小児医療の場を取材したことが明かされた。

 「2泊3日くらいの日程で、メインは病院の取材でした。北海道に大きい病院は4つ、そのうち3つが札幌にあって、旭川には1つしかないんです。重い病気が見つかると、大体はそこに行くことになるということで、そういう場にいるお医者さんに話を聞きたいと思って、小児科医の方に取材に行きました」(大曽根さん)

 取材を回想し、取材に答えてくれた小児科医に対して「とても尊敬できる人」だったと語る。

 「忙しい中、小児科の先生にとてもフラットに接していただいて、現場でやっていることを非常に明快に教えていただいて。尊敬できる人柄を感じると同時に、小児の患者さんにも同じように接していらっしゃるんだろうなと思いました」(大曽根さん)

 朝倉先生に執筆を依頼した理由についての質問も投げかけられた。大曽根さんは、「同世代の作家に考えてほしい」という想いがあったと明かし、朝倉先生の誠実な筆致の魅力について触れた。

 「この物語のテーマに関しては、これが正解だと言い切ってしまわない、作家さんの誠実さみたいなものが必要だと思ったんですね。朝倉先生が、色々な感情をちゃんと描ける方だっていう信頼感もあったので、朝倉さんにまずは相談して、一緒に考えてもらいました」(大曽根さん)

 参加者からの「自分が経験したことのないシチュエーションなのに、登場人物たちの感情をとても『リアルだ』と感じた。こういった心理描写はどのように膨らませていくのか?」という質問には、「それは朝倉先生がすごいから」とひと言。会場内に穏やかな笑いが広がる。

 また、物語をより深く読めるモチーフも明かされた。

 「実はこの小説では、モチーフとして、”十字”が色んな場所に実は出てくるんです。父親の竜司が話す『水平なところに垂直なものを立てる』というのも十字ですし、お姉ちゃんと流星が喋るところで、白鳥座の話が出てきますが、これも十字の形ですよね。作品の後のほうでもまた違う十字が出てきます。気づくとより深く読めると思います」(大曽根さん)

 質問が一段落すると、大曽根さんと共に読書会の様子を見守っていた文芸第二出版部 部長の河北壮平さんの呼びかけで、参加者から物語への感想を聞くことに。非常に重い問いを扱った本作に対し、それぞれが心の内にある記憶を手繰り寄せ、自分の言葉で想いを語ろうとする姿が印象的だった。

 普段読まない(悲しくなってしまうので)テーマなので、こう言った機会に読めて良かったです。世の中にあって必ず向き合わなければならないテーマである「死」「病気」というものへの向き合い方の一つが見られるのではないかと思うので、読み切るのが楽しみです。また、知人にもシェアしたいと思うテーマでした。(参加者)

 亜沙美の描写が自分にそっくりでものすごく感情移入しながら読みました。外面は良くて、内弁慶。その状態が家族への甘えだと本の中で明言されていて、なんて私への解像度が高いのだろうと脳を焼かれる気持ちでした。帯に「息子さんの余命」とあったので、親の描写に特化した本なのだろうかと想像していたのですが、姉弟の描写が非常に印象的で、読みたい気持ちが促進されました。(参加者)

 本日の裏話の際にも仰られていましたが、家族4人それぞれの視点から書くことで、誰か一人の物語ではなく家族全員で向き合っている物語だということが実感でき、家族というものの良さのようなものを読んでいてしみじみと感じました。自分は今大学生で、登場人物の誰とも同じ年代ではないのですが、だからこそ全員に対してフラットに見ているなと思い、また10代の方が読めば亜沙美や竜星、社会人の方が読めば詠美や竜司により共感できる部分が大きくなるのではないだろうかと思いました。全ての年代の方が、読んでいて何かしら得るものや共感できるものがあるのだろうなと心から感じました。読んでいてこの物語から目を逸らしたいと思うことがありましたが、佐竹家の皆が頑張っているのだから私も最後まで見守ろう、という思いで読ませていただきました。(参加者)

 ひとつひとつの感想に、「朝倉先生に伝えます」と答える大曽根さん。じかに読者からの感想を聞けたことに、「なんかめっちゃ勇気づけられますね。編集者って、本が出た1週間ぐらいずっとナイーブで、すごい不安に駆られてメンヘラなんです」と微笑み、安堵の表情を見せた。

 さらに、参加者の感想から、創作の裏話にも話題が広がった。

 「今は嫌なことがあったら逃げていいという優しい時代になっている一方で、病気など逃げられないことがあるっていうのは、小説が伝えなければならないところだと思います。僕もそこはかなり気にしながら、この小説の中でこの家族たちが踏ん張ってるから、僕も目を逸らさずに、と思って向き合いました。
 最初は父親だけを視点人物にしようとしていたのですが、やはり、佐竹家に”家族”として答えを出してほしくて、まだ中学生ですが、姉の亜沙美にも背負ってもらいました」(大曽根さん)

 様々な感想が飛び交う中、閉会の時間が近づき、最後に、大曽根さんと河北さんからひと言ずつコメントをいただいた。

 「全員が一斉に同じ本を読む様子を後ろから見ながら、素敵な空間だなと思いました。この本は、出すのにすごく覚悟のいる作品であり、出す意味のある作品でもあると思います。読んだ人にも意味が生まれる物語なので、応援していただけたら嬉しいなと思っております。ありがとうございました」(河北さん)

 「自分の人生で、つまづいたりしたときに小説に救われてきた経験が何度もあり、そういうものを作りたいなっていうのを、ずっと思っていました。今回の作品に関しては、朝倉さんとそれが少しはできたんじゃないかな、と。もちろん、この作品で出した答え以外にも、まだまだたくさんの答えはありますし、そういう小説はもっと作れると思っています。同時にそれらは、皆さんの感想などの力が必要な作品です。皆さんにも推していただけたら、とても嬉しいなと思います。ありがとうございました」(大曽根さん)

 開会したときの緊張感はすっかり和らぎ、温かな一体感の中でイベントは幕を閉じた。『あの冬の流星』という物語が投げかける大きな問いに対して、それぞれが読書会の場を通して深く向き合い、本作に込められた想いに心を寄せた本イベント。

 読む人ごとに少しずつ異なる色彩の光を帯びるこの物語が、これからどんな人の心に触れるのか。そのとき、読み手は物語のどこに心を留め、どんな意味を見出すのか。そんな想像が静かに広がり、作品がよりいっそう奥行きを増す時間となった。

文=ネゴト /桜小路いをり

次回の読書会は年末特別編!「今年、読んでよかったBEST BOOK」をみんなで持ち寄ろう

 積読本を少しでも減らすべく開催中の「あの本、読まなきゃな~と思い続けてる人の木曜ゆる読書会」。そして、編集部のセレクト本をみんなで”立ち読み”する「月イチ立ち読み読書の会」。

 今回は年末特別編「今年、読んでよかったBEST BOOK」の開催が決定! 「2025年、読んでよかったBEST BOOK」を教えていただくほか、参加者の皆さんに聞いてみたい、読書に関するちょっとした疑問や読書あるある、読書のお悩みまで……1年の締めくくりにふさわしい交流会「今年、読んでよかったBEST BOOK」を企画しました。
※今回は読書タイムの設定はありません

■内容:
・スタッフの「2025年、読んでよかったBEST BOOK」の紹介
・参加者の皆様の「2025年、読んでよかったBEST BOOK」※チャットでお知らせいただきます
・事前アンケートでいただいた「読書の疑問」「読書あるある」など ※事前アンケートは参加エントリーいただいた方にお送りします

■開催日時:12月11日(木)18:30~20:00

■開催場所:オンライン

■定員:なし

■参加費:無料

■その他注意事項:
後日、読書会のもようをイベントレポートとして記事化する場合がございます。また、ご参加者の許諾をいただければ、書籍タイトルとご感想を、「ダ・ヴィンチWeb」の公式Xアカウントでご紹介させていただきます。

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あの冬の流星

あの冬の流星

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