「成瀬ほど売れる作品は書けない、と悲観する気持ちも今はある」成瀬シリーズがついに完結! 京大進学後のスーパー主人公のキャンパスライフは?《宮島未奈インタビュー》
公開日:2025/12/10

2024年本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)、続く『成瀬は信じた道をいく』(同)で2年連続本屋大賞ノミネートとなった、「成瀬あかり」シリーズ。滋賀を舞台にした女子学生・成瀬と、成瀬をとりまく人々の物語は、日本中の読者を虜にした。そして12月1日に発売された待望の第三弾『成瀬は都を駆け抜ける』(同)はついに「シリーズ完結巻」になるという。
京大に進学した成瀬の前に、個性的な面々が次々に登場! 大学生になって舞台が京都に移っても“ブレない”成瀬に励まされる人は多いだろう。著者の宮島未奈さんに、大人気シリーズを書ききった思いをうかがった。
京大合格=手放しで喜ばしいこととは限らない、成瀬の言葉

――『成瀬は天下を取りにいく』からはじまる第三弾にして、完結編。中学生だった成瀬が晴れて京大生になるところからスタートします。
宮島未奈さん(以下、宮島):第一話の「やすらぎハムエッグ」は、雑誌に掲載された当初、もっと暗いテイストのお話だったんですよ。語り手の坪井さくらは、好きな人と同じ大学に行くために必死で京都大学をめざし合格するんだけど、肝心の彼……早田くんは、さくらに言わずに進路変更して東京大学へ進学してしまった。それを、もうちょっと早田くんが確信的にしたような描写にしていて。
――書籍に収録されたものは、どちらかわからない、という感じでしたよね。たまたま言わなかっただけかもしれないし、さくらをかわすために嘘をついたのかもしれない……。どちらにせよ、切ない話ではありますが。
宮島:それ以外にも、さくらの家庭環境をもうちょっと悲惨に描いていて、暗さに重心がかかってしまっていたのが、ちょっと違うな、と。そういう重さのある小説を書きたくないわけではないけど、少なくとも成瀬をめぐるこのシリーズの世界観には合わない。もう少し、カラッとさせよう。そして、さくら自身の背景よりも、成瀬と出会ってどんなふうに彼女が変わっていくかを描こう、と直したものが収録されています。ただ、重たくなってしまったことには理由があって。京大に入学したからといって、誰もが手放しで喜んでいるわけでもないだろうってことを書きたかったんですよね。
――たしかに、京大合格というカードを手に入れたなら、失恋くらいどうってことないじゃんとか思ってしまうかもしれない。
宮島:そうなんですよ。私も京大を出ているので、それで十分じゃないか、みたいに言われることは多いんですよね。さらに結婚して、子どももいるから、人生勝ち組のように思われることも多かった。でも、私はずっと何か欠けたものがあるのを感じていたし、小説家になって、それが埋まったように見えても、やっぱり思い悩むことはいろいろとある。世間的に100%めでたいとされていることだって、どう受け止めるかは人によって違うはずだし、どこまでいっても人の悩みは尽きないもの。という、私の実感もおりまぜて、さくらの境遇を書いてみたかったんです。

――さくらに出会った成瀬が、「京大生から見ても(自分は)珍しいのか」とさみしげな表情を浮かべるシーンがありました。それもまた、京大合格=手放しで喜ばしいこととは限らない、という象徴ですよね。あそこも、ぐっときました。
宮島:ああ、よかったです。これまであまり見せていない成瀬の一面でもあるので、書かないほうがいいんじゃないかという意見もあったのですが、成瀬だってこれくらいのことは感じるだろうと、残したんです。
――書いてもらえて、よかったです。それが、のちのちお母さん視点で描かれる「そういう子なので」というエピソードにも繋がってくる。
宮島:そうなんですよ。あまりに自由な成瀬をまのあたりにして、さくらが「親は何も言わないのか」って聞いたとき「そういうものだと思われているらしい」と答えるんですけど、それもまた「そういう子なので」に繋がっていった。意識して構成したわけじゃないけど、物語のピースが思いもよらぬかたちで繋がっていき、連作短編集でありながらも一つの長編のような読み心地がある、という構成は、3作目だからこそできたことだと思います。自分で言うのもなんだけど、うまくなったな、と(笑)。
――キャラクターがみんな、それぞれに育った、ということでもあるかもしれませんね。成瀬も、ずいぶんと人間らしく育ったなあ、と読みながらしみじみしました。マイペースなところは変わらないけど、でもやっぱり、人との出会いを重ねて彼女は少しずつ、心を育てているんだな、と。
宮島:そうですね。作中で、それなりに長い時間が経過している、ということも大きいと思います。「ありがとう西武大津店」のときにテレビの取材を受けておけばよかった、と成瀬がふりかえるシーンがあるんですけど、そのときの成瀬はまるで興味がなかったんですよね。そのあとおばあちゃんが亡くなって、西武もなくなって、その時は二度と戻らないんだってことがリアルにたちのぼってきて初めて、ふと後悔する瞬間が訪れる。それは、どんなに悔いのないよう、その時を生きていたとしても避けられない、ごく自然な心の動きだよなあ、と思いました。
