「成瀬ほど売れる作品は書けない、と悲観する気持ちも今はある」成瀬シリーズがついに完結! 京大進学後のスーパー主人公のキャンパスライフは?《宮島未奈インタビュー》

文芸・カルチャー

更新日:2025/12/10

森見登美彦さんのオマージュで、“宮島流”黒髪の乙女の考察も

 『成瀬は都を駆け抜ける』宮島未奈インタビュー

――島崎と離れて生活するさみしさを、じわじわ実感しているんだろうなと、うかがえるシーンがあるのも好きでした。そのかわり、彼女はこれまで以上にアクの強い人たちに出会っていくわけですが。その筆頭が、森見登美彦さんを敬愛する達磨研究会の面々。

宮島:彼らが登場する「実家が北白川」は、完全に森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』のオマージュで、ご本人にも事前にお伝えしています。黒髪の乙女とはいったい何なのか、という私なりの考察も入っているんですけど、ガチのファンの方々に怒られないか、今でも不安です。雑誌掲載時は、わりと好意的な反応が多かったとはいえ、解釈が違うと感じる方も当然、いらっしゃるでしょうし。

――でも、京大を語るうえで今や、森見登美彦さんの存在は無視できない。そのことを真正面から描いた小説はこれまでになかったので、新鮮でおもしろかったです。

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宮島:京大をあまりに特別視したり、エモさのただよう舞台として描いたりすることは、きっと森見さんご自身も本意ではないんだろうな、と思いつつ、京都だからこそ描けるもの、というものがあるのは確かなので、その塩梅を探るためにもあのエピソードを書くのは必要だったかな、と思います。最初は、文体ももっと森見さんに寄せていたんですけど、なんとか自分なりの要素を足して、薄めて、あのかたちになりました。自分ひとりで書けた小説ではないと今でも思っていますし、森見さんには感謝しかありません。

――そうして京大のなかで交友を深めていくかと思いきや、「ぼきののか」で登場するのは、簿記を勉強するののかという名前のYouTuber。彼女に突撃されて、一緒に炎上対応までする流れも、めちゃくちゃおもしろかったです。

 『成瀬は都を駆け抜ける』宮島未奈インタビュー

宮島:大学時代、私が簿記を勉強していたこともあって、成瀬もやってみたらどうかなと思ったんですよね。ののかは、最初は普通のOLだったんですけど、盛り上がりに欠けるなあとYouTuberにしたのは正解でした。普通の学生とはまた違う度胸を持ちあわせている彼女は、成瀬に対して「なんだこいつは」と思いながらも、特別視しないんですよね。出演させたら自分より注目を浴びることに腹がたつし、かといって、同じ土俵にあがってこないことにもイラっとする。つまり、対等だと思っているんです。

――たしかに、初対面から一歩も引かずに成瀬に相対する人って、珍しいですね。

宮島:そうなんですよ。だから、私も書いていて楽しかったです。成瀬の大学生活で相棒になるのはさくらなのかなあと最初は思っていたけど、意外と最後まで、ののかも重要な役割を背負ってくれましたし。あと、SNSの炎上に立ち会ったとき、成瀬がどんなふうに行動するのかも描いてみたかった。

――今って、一度炎上したらなかなか再起できないし、謝れば謝るほど炎上してしまうところがありますよね。そんななかで、成瀬と一緒に「やりなおせる」ってことが描かれているのが沁みました。

宮島:ののかにはののかの言い分があって、視聴者に嘘をついている。でもきっと成瀬は何があろうと「嘘はよくない」って言うだろうなと思ったんですよ。そして、どうしたって反論できない正しさをぶつけられたら、きっとののかも、反省するしかないだろうなと。そして成瀬は、反省する人をそれ以上追い詰めたりしないし、じゃあ次はどうすればいいのかをきっと考えてくれる。世界には、失態を責め立てる人ばかりではなく、見守って応援しようとしてくれる人もきっといるはずだってことが、描けたのはよかったかなと思います。

――西浦くんの再登場も、よかったです。

宮島:人気あるんですよね、西浦くん。だったら出したほうがいいだろうな、って(笑)。まあ、彼はずっと成瀬のことが好きだろうから、追いかけさせてみよう。と、書いてみたら、成瀬が本当に京都のあちこちを駆け回って、いろんな人といろんなことをしている姿が浮かびあがってきた。個人的には、成瀬が麻雀している姿を書けたのが嬉しかったです。絶対にやるだろうな、と思ったから。それ以外にも、成瀬がどこへ行って何をするのがおもしろいだろう、と考えるのが楽しかったですね。タイトルは「親愛なるあなたへ」ですけど、この作品が『成瀬は都を駆け抜ける』の表題作だなあと思います。

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