「私たちはフィクションの一部を血肉にしながら生きている」『めめSHEやつら』書籍化記念対談【紗倉まな×鈴木涼美 インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2026/1/10

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。

 さまざまな物語に登場する女性から生きる強さと光をもらう鈴木涼美さんの本誌連載『めめSHEやつら』。その書籍化を記念して、作中で参照された小説『うつせみ』の作者・紗倉まなさんとのスペシャル対談が実現。フィクションが人生にどのような救いを与えるか――AV女優と小説家という異色のキャリアを共通して持つお二人に、言葉を交わしていただきました。

紗倉まなさん(以下、紗倉):涼美さんの文章って、鋭い視点なのに全然意地悪じゃないんですよね。誰かを過度に蔑むことなく、常に一定の温度で現象をさばいてくれるから、安心して読むことができる。その文章に憧れて、生まれ変わったら涼美さんになりたいと周りにも常々公言していたので、『うつせみ』を今回のエッセイで取り上げていただけて本当に嬉しかったです!

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鈴木涼美さん(以下、鈴木):作中でも書いたけど、『うつせみ』の主人公の辰子って本当に煮え切らない女性なんですよね(笑)。美容整形を繰り返す祖母や、売れるためにできることはなんでもするグラビアの同僚みたいに覚悟を決められなくて、どっちつかずの状態でふわふわしている。だからこそ共感できるんです。そりゃあ振り切った生き方ができるほうがカッコいいし、憧れるけど、ふつうの人にそんな勇気はなかなか出せないじゃないですか。インスタに載せるために美肌加工くらいはするけど、原形を留めないほどの加工はちょっと引く……みたいな。そういった曖昧な線引きをしながら生きている人がほとんどだと思うんです。だからその曖昧さや葛藤にちゃんと向き合っているのが、まなちゃんの作品の魅力だと思います。

紗倉:ありがとうございます。最近の傾向として、断言できる強さを持った人のほうが支持されやすかったりしますよね。ふるまいや思考が一貫していることを望まれるというか。SNSで過去の言動をディグられて現在との不一致を批判される可能性があるから、自分の立ち位置がぶれてはいけないという圧を常に感じるんです。だから涼美さんが辰子の優柔不断さに心を寄せてくれたことが、とても嬉しくて。

鈴木:不一致があって当たり前、むしろ一貫した人間なんて不自然だと私は思うんですけどね。たとえばフェミニストとして活動している女性だって、男性にごはんをおごってもらったり荷物を持ってもらって嬉しかったりということはあるだろうし、あってももちろんいいじゃないですか。そういう矛盾や葛藤と向き合っていく辰子のような存在に救われる人はたくさんいると思ったから、『うつせみ』はぜひ紹介したかったんです。

紗倉:書いている私も思いもよらないような解釈にハッとさせられて。欲しいものを手に入れるためになりふりかまわない人たちを断罪したくなる気持ちが、手を伸ばしたところで手に入らないかもしれないものに平気で手を伸ばせる者への嫉妬だという分析、その弱さを否定しない視点。『めめSHEやつら』ではこうやって思いもよらない解釈で作品が紐解かれていくので、触れてみたくなる作品とたくさん出会えました。

一生懸命考えた助言よりフィクションが有効なこともある

鈴木:大学時代にゼミの教授が「あなたはきっと安岡章太郎が好きだよ」とか「ゾラの『居酒屋』を読むといいかもね」なんていろいろ作品を薦めてくれて、それまでまるで興味のなかった作家が大好きになったという経験があるんですよね。そうやって視界を開いてくれる存在になりたいなとずっと憧れているんです。自分の人生経験だけから見出せるヒントなんて限られてるし、たいていの悩みや葛藤に対する救いは、これまで書かれてきた本のどこかにきっと描かれていますから。

紗倉:自分が懸命に考えてひねりだした言葉より、自分と一見関係なさそうな人たちが右往左往しながら出口に向かって進んでいく過程で生み出された言葉のほうが、フィットすることってありますよね。私は涼美さんみたいに作品を人に薦めるのがうまくないので「なんで私にこれを読ませようと思ったの?」とキョトンとされてしまうことも多いんですが(笑)。

鈴木:いやいや、私もキャバクラで働いていたとき、お客さんに本を薦めて「なんでそんなことを君と共有しなくちゃいけないんだ!」と怒られたこととかありますよ。当時は“気の利いたことを言う人”という自己イメージだったから、誰彼かまわずそんなアドバイスをして、ウザがられることはしょっちゅうでした(笑)。フィクションを介してコミュニケーションをとるのが私は好きだけど、全然興味がない人もいるってことも今はわかりました。

紗倉:難しいですよね。たとえば恋バナをしていて「『NANA』のあのシーンみたい」と言えばすぐにイメージを共有して盛り上がれると思っていても、世代が違えば、いや同世代でも、未読の人には伝わらない。みんなと共有できる象徴的なキャラクターがいたらいいなぁと思いながら探すのですが難しくて。

鈴木:わかります。だから『めめSHEやつら』では、できるだけその作品を知らなくても楽しめる内容を目指しました。そしてもし興味を持ったらすぐ触れられる、サブスクで観られたりする作品を多めに紹介しようと思ってて。

紗倉:「めくるめく女子更衣室」という回で紹介されているドラマ『架空OL日記』は前に観たことがあるんですけど、涼美さんの文章を読んでまた観たくなりました。一見くだらなくて無意味な女子同士の会話がいかに日常をサバイブするための力になるのか、涼美さんの解釈を副音声にすればきっと新たな発見がありそうで楽しみに……。ネットフリックスのドラマ『新幹線大爆破』はタイトルしか知らなかったのですが、新旧版あわせて観るつもりです! 「ママ活先生」と呼ばれる尾野真千子さん演じる議員に対する涼美さんの解釈を踏まえたうえで観たら、絶対におもしろい……とこちらも楽しみにしています。

物語に触れるってこんなに自由なのかと教えてくれる

鈴木:嬉しいです。そんなふうに心のマイリストにいろんな作品を登録してくれたらいいなと思いつつ、じっくりフィクションに向き合う時間をとれる人ばかりじゃないだろうから、この本を読んだだけでも作品の魅力が伝わるような書き方をしたいと思っていました。たとえば『うつせみ』を読んで多くの人が腑に落ちたり救われたりしたことを、『めめSHEやつら』の文章を読むだけでもほんの少しでも疑似体験できたらいいなと。だからこの本のイメージとしては――「間違いのない作品をもりあわせた試食コーナー」とでもいいましょうか(笑)。「間違いのない作品」あっての1冊だから、私だけの力で書けた本じゃないと肝に銘じています。

紗倉:その盛り合わせるセンスこそ重要だと思うんです。今ってどんなふうに作品を解釈したらいいのか、どう感じたらいいのか、正解なんてものがないことに戸惑う人が多いと感じるんです。そういう人がこの本に触れたら「こんなふうに自分の感情と結びつけていいのか」「物語にこんなに自由に触れていいのか」と、はっとするんじゃないのかな。

鈴木:アクロバティックに作品と紐づけてエピソードトークしている回も多いからね(笑)。

紗倉:それがとても良くて、まさか、ドラマ『ライオンの隠れ家』や『サンクチュアリ』などから、腕まくりする女と萌え袖の女の比較考察に展開するなんて誰も思わないじゃないですか。でも、私はあの章にいちばん心揺さぶられました。というのも、私自身がずっと腕まくりして汗だくになりながら生きてきたタイプなので……。

鈴木:え、意外!

紗倉:小・中学は女子校で男子の目を気にすることがなくて、卒業後は男子比率が9割の高専に進学したので、足並みをそろえるためにたくましくならざるをえなかったんです。確かに汚れ仕事が絶対にできないような萌え袖は着なかったし、通気性や動きやすさばかりを重視していたなあ……と頷くことばかりでした。

鈴木:同じ高専に通っていても、萌え袖を着て男子におまかせしている子はいただろうから、萌え袖属性になりたくてもなれないのがきっと、まなちゃんの性格なんだろうね。

紗倉:そうなんですよね。いろんな選択肢があるなかで、結局は自分が選んでつかみとったのが今の属性なんだと気づかされました。そしてご自身も腕まくり属性でありながら、萌え袖属性を決して断罪しないし馬鹿にもしない。それはそれで魅力があるものとして受容する涼美さんの視点がやっぱり好きです。涼美さんはシニカルな分析はするけれど、決してディスるわけじゃない語り口が、とても素敵なんです。

私たちはフィクションの一部を血肉にしながら生きている

鈴木:悪口を言うのは好きなんですよ(笑)。でも自分と意見が違う人が世の中からいなくなるのは不健全だから、排除したいとは思わない。共感はしないけど共存したいと思っているんですよね。その考え方は、歌舞伎町に居心地の良さを感じていた若い頃の経験が影響している気がします。隣の人と思想をそろえて同じ足並みで生きていくなんて不可能だと思い知らされたんですよね。ただ最近は、悪口をおおっぴらに言いづらくはなっていますね。「これだから萌え袖は~」なんて安易に書いちゃったら、存在を全否定しているように捉えられて、ひょっとしたら炎上するかもしれない。

紗倉:対立を煽りたいわけでも分断したいわけでなくても、そう受け取られる可能性はおおいにありますよね。真意がきちんと伝わらない言葉は使うべきではないと、最近は自分の言葉をいっそう検証するようになりました。

鈴木:それでも、他者とのコミュニケーションに対するあきらめまいとする姿勢が、まなちゃんの文章からは滲み出ていますよね。それがきっと、読む人を救うんだと思う。

紗倉:そうだったら嬉しいです。先程のフィクションと自分の人生を絡めたお話に戻ってしまうのですが、子どもの頃、ドラマ『やまとなでしこ』を観て衝撃を受けたんですよ。私の家は貧乏だったのですが、破綻していた経済状況を絶対に感じさせまいと親が頑張ってくれたおかげで、私がひもじい思いをしたことは一度もなかった。そんな自分と、どんなボロ家に住んでも上等なものを身につけて貧乏から脱出しようと自分をとりつくろう主人公の姿が重なったんですよね。大人になったら私もこんなふうになるんだろうか、自分は何を得るために、何にお金を使うようになるんだろうと考えながら繰り返し観たあのドラマは、ただの救いとは言えない、私を形づくるものの一つになったな、と感じています。フィクションにはそういう力があるのだと、この本を読んで改めて思いました。

鈴木:それでいうと私は西原理恵子さんのマンガ『ぼくんち』のかの子姉ちゃん……汚れた場所にいるけど魂はとても美しい、すれっからしの女になりたいと憧れていたことが、AV女優になった経緯の一つにあるような気がする。新聞記者になった理由の数割は、小川彌生のマンガ『きみはペット』の蓮實先輩みたいな素敵な男性に出会えるかもしれないって憧れたことだし、つくづく私は影響されやすい人間ですね(笑)。

紗倉:『きみはペット』で進路を決めたと言えてしまう涼美さんが格好良すぎますが(笑)、それくらいカジュアルに影響を受けていいし、フィクションを楽しんでもいいんだってことですよね。

鈴木:若い頃の自分を振り返ると、どんなに正しい助言をもらっても「うるせえ老害!」としか思わなかったし、自分が心底楽しかったり救われたりすることにしか手を伸ばせなかった。それでもサバイブして今にたどりつけたのは運がよかっただけという想いもあるからこそ、致命傷を負わないための取っかかりを提示できたらいいなと思うんですよね。曖昧なところにしか気持ちを置けない、どっちつかずの孤独に蝕まれて暗闇に堕ちてしまう前に、手を伸ばしたいと思える物語に出会ったり、私の文章を読んでちょっと元気になったりしてくれたらなと。女の子が肩ひじ張らずに生きていくためのサプリみたいな本になっていたら、とても嬉しいです。

取材・文:立花もも 写真:干川 修

さくら・まな●1993年、千葉県生まれ。高専在学中にSODの専属女優としてAVデビュー。2015年、スカパー! アダルト放送大賞で史上初の三冠を達成。初小説『最低。』は瀬々敬久監督により実写映画化。ほか小説に野間文芸新人賞候補作となった『春、死なん』と『うつせみ』、最新作に『犬と厄年』。

すずき・すずみ●1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中にAVデビュー。東京大学大学院の修士学位論文を下敷きにした『「AV女優」の社会学 増補新版』で文筆家デビュー。初小説『ギフテッド』と続く『グレイスレス』は芥川賞候補に。最新作に『典雅な調べに色は娘』。

めめSHEやつら 賢くて愚かな私たちを補完する、彼女たちの物語
(鈴木涼美:著、新井すみこ:イラスト/KADOKAWA)1980円(税込)

〈自分の痛みと似たような痛みがどこかの誰かの物語の中に潜んでいることに心強くなって、荒々しい現実が生きるに値するもののような気がしてくる〉――あらゆるフィクションに登場する女性たちから今を生き抜く力をもらうエッセイ集。

うつせみ
(紗倉まな/講談社)1760円(税込)

〈日々自分を変えるっていうのは、痛むことなのよ〉。70歳を過ぎて、顔の骨を削り、痛みに耐えながら、整形を重ねる祖母。グラビアアイドルなのに、美しさにも売れることにも執着しきれない辰子は、祖母を前に戸惑うばかりで……。野間文芸新人賞候補作。

ダ・ヴィンチ 2026年1月号 [雑誌]

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うつせみ

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