【奇妙なアルバイト】葬儀にサクラとして参列すると、そこには無数の棺が。濡れた棺桶、指名手配書にまみれた棺…その真相とは?【書評・イベントレポート】
公開日:2025/12/20

葬儀はあの世とこの世の境目。少しでも故人と関わりがあったならばともかく、興味本位で訪れていい場所ではない。だが、好奇心がそれを邪魔する。葬儀に参列するという割のいいアルバイト。訪れた会場には奇怪な雰囲気が漂っていて……。
『集団葬儀』(講談社)は、そんなアルバイトで葬儀に参列した主人公の体験を描くホラー小説。「或るバイトを募集しています」シリーズ(KADOKAWA)、『くらい家』(興陽館)などで知られるホラーモキュメンタリー作家・くるむあくむによる最新作だ。
■「葬儀のサクラ」のアルバイト、気軽な気持ちで応募したが……
大雨で、客の入りがほとんどない、いわゆる楽なシフトの日、主人公は、先輩からとあるアルバイトの求人を見せられた。
「【年齢不問】葬儀に参列してくれる方募集!!」
条件の良さに興味を引かれた主人公は、すぐにそれに応募。喪服を着て会場を訪れれば、だだっ広い会場には、いくつもの棺桶が間隔をあけて展示物のように並んでいる。
――会場にいる全ての故人に挨拶をしてきてください。
主人公は、並べられた棺へと指示通り足を運び、その傍らに佇む人々から、故人との思い出をひとつずつ聞いていくのだが……。
■見えそうで見えない故人たちのつながり、他人事ではいられない恐怖感
どうしてここにはこんなにもたくさんの棺が並べられているのか。友人を救えなかったと泣き崩れる青年。「垂れてくるかもしれないから」と棺の底に黒い防水テープを貼る謎の中学生。でかでかと中年女性が印刷された指名手配書のようなチラシを配りながら「この女は私の息子を奪ったんです」と訴えかけてくる母親。棺桶の前のスツールに腰を下ろした猫背の年配の女性と、遺影に写った幼い男の子……。遺族たちの話を聞いていくほど、寒気が止まらない。故人は年齢も性別も死因もバラバラ。どの人物もそれぞれが禍々しい出来事に巻き込まれていたようだが、その得体の知れなさは不気味。故人たちの共通点は何なのか。何らかのつながりが見えそうで見えず、だからこそ気味が悪い。
それに、遺族たちの話は、私たちを他人事でいさせてくれない。うだるような暑さの中、秘密基地を開拓しに行った日から友人がおかしくなっていったというエピソードには、自分の子ども時代を思い出してしまうし、下校する小学生にお菓子を配る「キャラメルおばさん」と、そのおばさんに懐いていく息子のエピソードには、子を持つ親として胸が苦しい。地元では有名な不審者について語られれば、「自分の地元にもそんな人いたなぁ」と思わずにはいられない。何なんだ、この没入感は。これは本当にフィクションなのか。どの話もあまりにも身近で、忌まわしいものがすぐそばまで近づいてくるように感じる。そして、クライマックス。この葬儀を執り行う喪主の発言には思わず震え上がってしまった。
■『集団葬儀』の不気味な葬儀を追体験できる限定イベント
実は、そんな『集団葬儀』の世界を体験できる展示がマーチエキュート神田万世橋で2025年12月12日(金)から25日(木)までの間、期間限定で開催されている。本展示は主人公が体験する“不穏な葬儀会場”を現実空間で再現したもの。実際にその葬儀に参列してみた。





案内状によると、「参列される場合は、できるかぎり式場にふさわしい格好でお越しください」とのこと。「会場では恐怖を与えるシチュエーションやショッキングな体験がございます。あらかじめご了承の上ご参加ください」との記述もあり、恐れを抱きながら、黒い服を身にまとって会場へと向かった。明治時代に建てられた赤レンガの高架橋をリノベーションしたマーチエキュート神田万世橋の入り口を入るとすぐに「集団葬儀」の看板が目に飛び込んでくる。看板からしてすでに気味が悪い。芳名帳に薄墨で記帳し、打ちっぱなしの壁の会場へ足を踏み入れると、薄暗い中、いくつかの棺桶と骨壷がくっきりと浮かび上がって見える。
主人公も痛いほど高鳴る鼓動を抱えながらこの空間を歩いていたのだろうか。ここは本の世界、そのものだ。私は、主人公同様「会場にいる全ての故人に挨拶を」しなければと、おそるおそる棺に近づいた。すると、それぞれの棺が“どこかおかしい”ことに気づかされる。たとえば、ある棺桶は濡れていて、水滴が光り、また別の棺桶の周りには黄色いチラシ、上には無数のお菓子が散らばっている。しかも、参列者は、それぞれの棺の御扉を開けることができる。故人のご尊顔を拝見できるのか――そう理解した瞬間、手のひらに汗がにじむ。左右の扉に指をかけゆっくり開けてみると……。ここから先はぜひ会場で自分の目で確かめてほしいが、私は本能的にうっと身を引いてしまった。それでも次の瞬間には、棺の中を、扉の先を覗き込まずにはいられなかった。怖いのに見てしまう。見たくないのに確かめたくなる。ああ、こういう好奇心が、いとも簡単に人を忌々しい世界へと誘うのだろう。そんな実感が冷たく胸へと広がっていった。



さらに会場には、祭壇も供えられている。供花の香りと、どこからともなく流れる読経が五感をじわじわ侵食し、思わず息を呑む。そして、小説同様、ここでは参列者が特殊な方法でお焼香をすることになる。真っ黒な遺影の前に立つと、光の反射で自分の顔が映った。映ったのは顔だけではない気がして、思わず目を逸らしかける。そっと故人に手を合わせながら思う。この葬儀は誰のためのものなのだろうか、と。ふと、自分だっていつあちら側に行くか分からないのだということに気づき、身の毛がよだつ思いがした。
この会場を訪れれば、きっとあなたもこの異様な雰囲気に飲み込まれそうになるだろう。会場の様子はYouTubeでライブ配信されているから、会場に足を運べないという人は、ぜひ配信でこの葬式に参列してほしい。書籍でも展示でも、臨場感・没入感は抜群。現実と虚構の境目が、音もなく崩れていく。足元から冷たいものが這い上がり、呼吸の仕方まで奪っていくような感覚を、あなたにも味わってほしい。

文・取材=アサトーミナミ
【あなたも集団葬儀に参列しませんか?】
入場料:無料
日程:2025年12月12日(金)から25日(木)
時間:11時00分から20時00分 ※最終日は17時00分まで。
場所:マーチエキュート神田万世橋
(東京都千代田区神田須田町1丁目25番地4)
配信:https://www.youtube.com/@group_funeral
