子犬育成ゲームで飼い犬に「おっぱい」と名付けたあの頃。話題の文筆家は、変な自分にどう折り合いをつけたのか【伊藤亜和インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/12/27

ウケるためならプライバシーも捨てる覚悟

──「本番に弱いのやめたい」という章では、書くことへの思いを明かしています。〈文章は何度も書き換えられるし、いくら時間がかかってもいい。文章は本番に弱い私にとって、たったひとつ味方をしてくれる表現なのかもしれない〉とありますが、書くことは伊藤さんにとってどんな意味がありますか?

伊藤:私は自分のために書くことはありません。自分が言いたいことを正確に人に渡すことができたと感じた時がうれしいです。

 一番大きいのは、私の書く話で面白がってほしいという気持ちですね。私は「ウケたい」っていう気持ちがめちゃくちゃあるんです。ウケるためなら自分のプライバシーなんてどうでもいい。

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──この本に収録されたエッセイも、しんみりするものもありつつ、ほぼ全編に笑いが入っていますね。伊藤さんが、特にお好きだったエッセイは?

伊藤:「恐怖! イワシハンバーグ」から「大人になるため」の流れは、これまで書いた本史上一番しょうもなくて気に入っています。全編こういうエッセイにできたらよかったんですけど、どうしてもしんみりするシーンが入ってしまって。

──「恐怖! イワシハンバーグ」では、スーパーでイワシハンバーグを試食させるおじさんと伊藤さんの攻防が、「大人になるため」では「おっぱい」などの性的なワードに興味を示す子ども時代の思い出が語られていますね。

伊藤:「大人になるため」では、子犬育成のシミュレーションゲームで子犬に「おっぱい」と名付けていたことを書きました。悶々としながら「おっぱい」のフンを片付けるシチュエーションは、自分でも面白いなとニヤニヤしましたね。

──子犬に「おっぱい」と名前をつけるセンスがすごいです。

伊藤:性に興味がありすぎたんですよ。でも、その気持ちをどうしたらいいかわからなかった。誰かに見られたらやばいですよね、ゲームの中で「おっぱい」が走り回ってるわけですから。

──この笑いのセンスは、どこから来ているのでしょうか。

伊藤:笑いのセンスがあるかはわからないですが、ただ子どもの頃から少年マンガ誌はずっと読んでいました。「コロコロコミック」では『でんぢゃらすじーさん』(曽山一寿/小学館)、「ジャンプ」では『銀魂』(空知英秋/集英社)が好きでした。ギャグマンガばっかり読んでいましたし、笑えなければ読む意味がないと、当時は思っていたフシもありました。

──もしも機会があれば、笑いに特化したエッセイを書いてみたいというお気持ちは?

伊藤:あります。不本意なんですよ、いつもしんみりすることが。私は笑えることが一番大事だと思っているので。お笑いも大好きです。いつもシソンヌや空気階段のコントを観ています。

──書いていくうちに、しんみり要素が入っていくのでしょうか。

伊藤:そうなっちゃうんだと思います。もっと湿度が低い文章を書けたらいいなと思います。

──幼少期の思い出が混ざると、確かに湿度が高くなりそうですね。

伊藤:今より多感でしたからね。傷つかなくていいところで傷つく。そういうのもありますね。

「普通」にならなくても、私を受け入れてもらえる

──「おわりに」では、〈私は変な私を、個性的で、素晴らしい存在だと言い切ることはできない〉と書いています。とはいえ、「服とルール」などを読むと、伊藤さんは変な自分と折り合いをつけているようにも感じましたが、いかがでしょうか。

伊藤:そうですね。「変」を直さないといけないと思っていた時期は、そうしなければいわゆる「普通」の人たちとつながれないと感じていました。でも、東京の大学に入ってバイトを始めたら、いろいろな人たちと喋る機会がものすごく増えて。別に私が「普通」にならなくても、みんなはそれほど気にせず私を受け入れてくれることがわかったんです。自分を嫌悪する気持ちは、そこでかなり薄くなったんじゃないかと思います。

──大学時代が転機だったんですね。

伊藤:ガールズバーでバイトしたり、いろいろな背景を持つ人たちが集まる大学に通ったりしたのは、大きかったですね。使いたくない言葉ですが、高校まではいわゆる「陽キャ/陰キャ」の世界だったので。今、少女マンガ誌でも連載していて、届くお悩みもそういった内容が多いですね。自分がこのふたつのどっち側なのかわかってしまい、越境できない。高校生までは、住む世界が違うとはっきり見せつけられていたような気がします。

 でも、それは似たような環境で育ってきた人たちをその中でふたつに分類していただけ。あまりにも多様な人がいると、そんな分け方は意味がなくなります。どちらかに近づくために歩み寄る必要もないとわかりましたし、誰かと比べて上か下かと考えるのもくだらないことだと思うようになりました。

──白か黒かで、その中間のグレーがないんですよね。

伊藤:そう、2色しかない。一人ひとりと付き合えばそんなことはないのに、高校までははぐれないようにグループの中で色を統一させていました。でも、大学に入り、「みんなこんなにも違うのか」と知ったのはいい経験でしたね。

 だからと言って、学校が世界のすべてだと感じている子、今深刻に悩んでいる子に「大人になれば大丈夫」と言っても何の役にも立ちません。それでも、このエッセイを読んで笑ってもらい、ひと時でも楽しい時間を提供できるのであればうれしいです。

取材・文=野本由起 撮影=島本絵梨佳

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