水木しげるが史実や証言に基づき描いた「太平洋戦争」。出来栄えを自賛したという必読の一篇も収録!『水木しげるの少年戦記』【書評】

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PR 公開日:2025/12/30

水木しげるの少年戦記太平洋戦争1真珠湾攻撃・ミッドウェー作戦
水木しげるの少年戦記太平洋戦争1真珠湾攻撃・ミッドウェー作戦水木しげる/中央公論新社)

 夏が来るたび、過去の戦争について何も知らない自分を持て余している。いくら「戦争はいけない」「平和が一番」ということは分かっていたとしても、何も知らないままではいけない。特に今年2025年は終戦から80年。太平洋戦争について改めて振り返るべき年だ。だが、知識のない身からすると、戦争の本を読むことは少々ハードルが高く、何から手をつけていいのか分からない。

 そんな私のような人は、あの有名漫画家が描いたコミックで、太平洋戦史に触れてみるのはいかがだろうか。その本とは、『水木しげるの少年戦記 太平洋戦争1~3』(水木しげる/中央公論新社)。「ゲゲゲの鬼太郎」など妖怪漫画で知られる水木しげる氏による戦記漫画シリーズだ。この本は1959〜1960年にかけて水木氏が責任編集を務めた貸本シリーズ『少年戦記』に掲載された作品を中心に、戦記や取材をもとに創作した戦記漫画を、歴史の流れに沿うかたちで全3巻にまとめたもの。特に第1巻『水木しげるの少年戦記 太平洋戦争1 真珠湾攻撃・ミッドウェー作戦』では、戦争の始まりが描かれ、読む者に「どうしてこんな戦争が起きてしまったのか」を考えさせる。

「私は戦争には反対ですが、かの太平洋戦争を闘った人々の中には人間として立派な人が多かったことを知るに及んで、私は戦記ものを書くようになった。諸君がこの『少年戦記』を愛読することによって、諸君の魂に勇気と努力の尊さを感じされれば幸いであると思っている」

 作品冒頭に添えられたそんな言葉に続く漫画を読み進めていくと、すぐに緻密なイラストに目を奪われる。なんという没入感なのか。知識がなくても、あっという間にその世界に入り込まされる。特に実在の人物をモデルにした物語は、この時代に生きた人たちの心境を想像するとキャラクターたちの言動にハッとさせられる。

第1巻「インド洋作戦』より
第1巻「インド洋作戦』より
第1巻「山本元帥と連合艦隊」より
第1巻「山本元帥と連合艦隊」より
第1巻「山本元帥と連合艦隊」より
第1巻「山本元帥と連合艦隊」より

 たとえば、最初に描かれるのは「山本元帥と連合艦隊」。私自身「山本五十六」といえば「真珠湾攻撃を実行した人物」という認識しかなく、この本を読んで実際の彼はどんな人だったのかと逸話を調べてみるまで、山本が「アメリカとは戦争すべきではない」と主張し、日独伊三国軍事同盟に反対し続けていたと言われていることなど知らなかった。山本は三国軍事同盟の締結に危機感を覚えながらも、いよいよ戦争が始まるとなれば海軍の指揮を主導した。後世の評価はさまざまあれど、一体その胸中には何があったのだろうか。

 この本の漫画は基本的にはノンフィクションとしてではなく、すべて当時の取材や資料に基づいたフィクションとして描かれており、水木氏の人物造形、情景描写で描き出されるそのどれもが私たちの心に深い余韻を残す。中でも、水木氏自身が「時間をかけ、実戦に参加した人の話をきき、それを再現すること」に注力したと語る「急襲ツラギ夜戦」は、その場にいるような臨場感に鳥肌が立つし、零戦パイロットとして活躍した坂井三郎が重傷を負いながらも4時間かけてどうにか帰還するさまを描いた「絶望の大空」は、こちらまで重傷を負ったような気分にさせられ、呼吸をするのも苦しい。珊瑚海における史上初の空母対空母の一大決戦で、この編の主人公・五代が戦死したはずの兄と再会する「珊瑚海大海戦」は、当時ノモンハンや中国、太平洋戦線で捕虜となった日本兵が連合軍のために働いていた風説があったという解説を読むと、なるほどと思わされ、絶望的なクライマックスには胸が痛いほど締め付けられた。

 そして、続く第2巻・第3巻は、戦況がますます厳しくなり、さらなる死闘が繰り広げられていく。第2巻『––ガダルカナル攻防戦』では水木氏自身の体験談が投影されているという「『ケ号作戦裏話』脱出地点」や、自身も出来栄えを自画自賛している「『あ号作戦』と南雲中将」が収録されているから必見だ。さらに第3巻『––レイテ湾・硫黄島の戦い』では、水木氏が創作し描き出す、生きることを望みながら死んでいった人々の姿や、部下の命を浪費することをためらう指揮官たちの姿に物語を超えた人間の根幹に響くものを感じ、目頭が熱くなる。まとめて読むことで、太平洋戦争という、いくつもの戦闘が連なっていた大きな出来事のスケールが伝わり、その凄惨さをより強く実感させられるのだ。

第1巻「絶望の大空」より
第1巻「絶望の大空」より

 シリーズを通して描かれるのは、戦争の最中を生きる人々の力強さ。読み進めるにつれて、「どうしてこんな戦争が起きたのか」「どうして多くの命がこのようなかたちで喪われなければならなかったのか」という途方もない虚しさに襲われる。心に戦争という理不尽に対する強い憤りが宿り、「どうしたらこの戦争を防げたのだろうか」と考えずにはいられない。太平洋戦争を舞台にいくつもの戦闘、幾人もの人間像が描かれたこの戦記漫画は、これからの時代を生きる全ての人が読むべき作品だ。「戦争について何も知らない」「遠い昔の話でなんだか実感がない」という人にこそ、是非とも手にとってほしい。

文=アサトーミナミ

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