女子高校生コンクリート詰め殺人事件——「史上最悪の少年犯罪」加害者たちの“今”とは【書評】
公開日:2026/1/7

綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件(以下、綾瀬事件)――いまでもこの事件の名前を聞くと戦慄する。1989年11月、埼玉県三郷市に住む17歳の女子高校生を通りすがりの少年グループが強姦目的で連れ去り、足立区綾瀬の仲間の部屋に40日間にわたって監禁。強姦や激しい暴行、ライターで皮膚をあぶる、食事を与えないなどの非道の限りを尽くした挙句に殺害し、遺体をドラム缶でコンクリート詰めにして江東区若洲の空き地に廃棄したという、常人には考えられないような凄惨な事件だ。主犯格Aは当時18歳。準主犯格B(17)、自宅が監禁場所となったC(16)、監視役のD(17)など犯行に関わったメンバーはいずれも18歳以下であり、「史上最悪の少年犯罪」と呼ばれている。
主犯格Aは懲役20年の実刑判決。ほかの少年たちは少年法によって不定期刑となり、事件から30年以上経た現在はいずれも刑期を終えている。果たしてその後の彼らはどのような人生を歩んでいるのか。事件のことをどう考えて生きているのか。新刊『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』(山﨑裕侍/文藝春秋)は、そうした「加害少年たちの今」を追う渾身のノンフィクションだ。
加害者はこの先どうやって生きていくのか
著者の山﨑裕侍さんは元「ニュースステーション」のディレクターで、現在は北海道放送(HBC)の報道部デスクをつとめる人物だ。西鉄バスジャック事件など17歳前後の少年が引き起こす凶悪事件が続いた2000年、「綾瀬事件の加害者がすでに出所している」と知って「心にざらりとしたものが残った」(本文より)著者は、上司を説得して取材を開始する。あんなに凶悪なことをした人間が本当に更生できるのか、この先どうやって生きていくのか——被害者・加害者と同世代の山﨑さんにはどうしても彼らをそのまま見過ごすことはできなかったのだ。
本書はそんな山﨑さんが、テレビのディレクターとして加害者とその家族、被害者遺族、さまざまな関係者に地を這うように粘り強く取材を重ねた記録だ。「そっとしておいてほしい」の内側に切り込む取材者としてのしんどさを正直に吐露しながら、迷いながら、それでも「社会に伝えなければならない」という使命感を持って前に進む山﨑さん。最初はピシャリと心を閉ざした相手も、真摯で丁寧な山﨑さんの態度の前に重い口を開きはじめる。
暴行に加わったFは、山﨑さんを信頼しカメラの前で当時の凶行の中身と悔恨を述べた。張り込みの末にCとE(同じく暴行に加担)からは直撃取材で話を聞き、Dの母親はカメラの前で息子の現在を語った。出所後、暴力団関係者らとトラブルになって再犯事件を起こしていた準主犯格Bとは手紙のやり取りや面会だけでなく母親や義兄へも取材、さらには主犯格Aの親族へ——山﨑さんは粘り強く、メディアの力でこれ以上誰かを傷つけないように細心の注意を払いながら、彼らの贖罪意識の「現在」を追求していくのだ。
加害少年の中には結婚して新たな人生を歩んでいる者もいれば、50歳前後で命を落としている者もいる。贖罪意識をきちんと内面化している加害者もいれば、まったく意に介していないような加害者もいる。一体「償い」とは何なのか。どうしてこうした差がうまれてしまうのか。本書が私たちの社会に投げかける問いはあまりにも大きい。
この本が発売される1月には被害者のX子さんの三十七回目の命日がある。彼女の冥福をあらためて祈りつつ、こうした悲劇が二度と繰り返されぬよう、本書とじっくり向き合ってみてほしい。
文=荒井理恵
