“豊臣兄弟”の驚くべき処世術とは? 名前を「長秀」から「秀長」に変えた理由【書評】

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公開日:2026/1/7

豊臣兄弟 天下を獲った処世術
豊臣兄弟 天下を獲った処世術(磯田道史/文藝春秋)

 改めて考えてみると、農民身分から天下人になった豊臣秀吉って、本当にスゴくないだろうか?

「親が領地を持っている」「有力大名の家臣」というわけでもなく、更には世襲や身分、血にこだわる日本の歴史的な価値観もある中、極めて過酷なスタート地点からのし上がったわけである。これはやはり、古今稀にみる偉業であろう。

 そのスゴさを、豊富な史料と著者の培ってきた知識から「まざまざ」と伝えてくれるのが『豊臣兄弟 天下を獲った処世術』(磯田道史/文藝春秋)だ。

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 日本の歴史学者として、これまで「その視点はなかった!」と、読者を楽しませてくれる著作を多く出版している磯田先生の新刊とあって、私もワクワクしながら読ませてもらった。

 2026年1月4日に放送がスタートした大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公は豊臣秀長。まるで本当の兄弟のような仲野太賀(秀長)と池松壮亮(秀吉)の掛け合いも好評である。本書は秀吉だけではなく、弟の秀長に関連する記述もふんだんにまとめられている。

 キーワードは「処世術」だ。

 農民から天下人になるという「大出世」を果たした豊臣兄弟の「処世術」、これはかなり気になる。

 磯田先生自身も、豊臣兄弟の処世術は現代を生きる私たちのヒントにもなり得るとして本書を執筆されたとのこと。おっしゃる通り、現代でも活用できそうな本質的な考え方が、大いにあったと思う。

 では、その処世術をピックアップしてご紹介しよう。

広告費は0円? 名前すらも政治の道具に

 秀長として世間に周知されている彼だが、当初の名前は「長秀」であった。

 この「長」は信長の「長」を「頂いている」わけで、信長が上、「秀」吉が下という序列を表すような名前であった。

 しかしその名前はある時から「秀長」に変えられる。

 それは「小牧・長久手の戦い」の最中。信長亡き後「誰が天下人になるか」という、徳川・織田信雄連合軍との戦いである。この時に「長秀」から「秀長」に変えるというのは、「俺たちは織田家の下には立たないぞ」という世間への意思表示を意味する。

「信長より上の存在だ」ということを、弟の名前を変えることで天下に広告した秀吉の政治的発想力。広告費にお金がかかる昨今、この頭の柔軟さは大いに見習いたい。

お金をかけない「ギブ・アンド・テイク」

 秀吉、秀長は農民出身のため、「自分たちのために働いてくれる代々の家臣」が存在しなかった。そのため秀吉たちは、「自分のために働いてくれる人々を集める」ことにも苦心しなければならなかったはず。

 その一つの方法として豊臣兄弟が多用したのは「ギブ・アンド・テイク」であり「知恵の分配」だったという。

 提供したのは銭や領地だけではなく、「税を徴収する方法」という「知恵」だったり、低コストのプレゼントだったりした。

 名字もないことから戦で手柄を立てたと思われる足軽に、「鮎を取る権利」を与えたことが書かれている秀長の文書がある。

 鮎は売れば収入になり相手は喜ぶし、自分には何一つ損がない。実際に農村で生活し、彼らのリアルな生活を知っている秀長だからこその、絶妙な贈り物というわけだ。

他にも……

 官位を与えることで平和的に自分たちに従わせたり、天下人となり高い地位になった後も、他の大名たちが会いに来たら自ら接待したりと、相手が想像しないほどの手厚い「おもてなし」をするのも、豊臣兄弟の処世術だった。

 また、そういった政治的な手腕の他に、豊臣兄弟の「武将としての強さ」にも紙幅が割かれている。「戦国最速」秀吉の行軍と、それを支えた秀長の「守備」。軍事面の話題がお好きな方も満足できるはずだ。

 本書は豊臣兄弟の底力を、豊富な史料から具体的にイメージでき、なおかつその裏にあった「意図」まで腹落ちする、非常に内容の濃い一冊だった。

文=雨野裾

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