「井田さんのラフを拝見すると、いつも涙が出るんです」著者の“好き”を詰め込んだ『家が好きな人』の制作秘話【井田千秋×担当編集インタビュー 前編】
公開日:2026/1/25
作家が好きなものを形にしてもらう
──鎌倉さんが井田さんにお声がけした時、作りたい本の具体的なイメージはあったのでしょうか。
鎌倉:弊社には「リュエル(ruelle)」というレーベル内にコミック&イラスト集を刊行するGraphicomiX(グラフィコミックス)というシリーズがあり、そこから出版できたらいいなと思っていました。ただ、このシリーズは基本的に作家さんに好きなものや得意なものを描いていただくというコンセプトです。そこで、まずは井田さんにお会いしてみようと思いました。
お会いする前は、井田さんのスタイル、この素晴らしさをどうすれば読者に伝えられるか、すごく悩みましたね。いくつか案を考えてはいたものの、やはり井田さんのお人柄や好みを知ってから一緒に考えたいなと思って。そこで実際にお会いしたら、井田さんが作品そのままの素敵なお人柄で、すごくしっくりきました。その際、「マンガはどうですか?」とお聞きしたところ、「実は描きたいと思っていたんです」と言ってくださったんですよね。
井田:「何でも大丈夫です。描きたいものを最優先して本を作りましょう」という空気を、最初にお会いした時からすごく感じていました。もともと『リュエル』のファンだったので、ぜひこのレーベルでマンガを描きたいとお話ししました。
鎌倉:そこから話が進み、まずは井田さんがやりたいことを同人誌にまとめてみることに。そこで出来上がったのが、同人誌版『家が好きな人』でした。初めて拝見した時、あまりにも素晴らしくて涙が出てきて。私、今でも井田さんから上がってくるラフを拝見すると、涙が出てしまうんです。「ぜひこれでいきましょう」ということになり、単行本化しました。
井田:お話をいただいたものの、アイデアをまとめるのが難しくて。そもそもマンガを描いたことがなかったので、「自分に描けるマンガってどんなものだろう」「ずっと部屋や生活の絵を描いてきたけれど、それをマンガにするってどういうこと?」と悩んでしまったんです。とにかく一度実験的にまとめて、「こういうイメージでいけそうです」とプレゼンできる形にしないと進められないと思い、同人誌版を作りました。
──鎌倉さんからオファーを受ける前にも、商業出版のお話はあったのでしょうか。
井田:そうですね。実は2冊目のマンガ『ごはんが楽しみ』(文藝春秋)は、鎌倉さんより少し前にお話をいただいていました。あちらは「コミックエッセイを描きませんか?」というご依頼で、『家が好きな人』とは違うジャンルでしたが。
コミックエッセイも、ご依頼をいただいてすぐ挑戦したのですが、難しくて一度ストップしてしまいました。その間に『家が好きな人』を描いたことで、自分の中でマンガに対する親しみが増し、描くのが楽しいと思えるようになったんです。そこから、あらためてコミックエッセイに進んでいったという流れです。
それ以前にも、アナログイラストの絵本などのお話をいただいていましたが、なかなかチャンスを生かすことができなくて。自分の中で「こういうことをやりたい」というはっきりしたイメージが持てずに頓挫してしまったり、アイデアをいただいても私に技術がなかったりして、挫折を重ねていました。そんな中、鎌倉さんからお話をいただいたので、今度こそちゃんと形にしたいという思いも強かったんです。
鎌倉:私としては、とてもラッキーでした。
──タイミングが良かったというのもありますが、井田さんがやりたいことを最優先したからこそ、『家が好きな人』が生まれたんでしょうね。
井田:そうですね。鎌倉さんはもちろん、実業之日本社全体に同人誌文化を大切にする空気があるのだと思います。作家が熱量を持って前のめりで制作に取り組める環境を、すごく丁寧に整えてくださるんですよね。同人誌と違い、間に編集さんが入ってサポートしてくださるのも、ほどよい緊張感があってありがたかったです。
鎌倉:ありがとうございます。私の上司も、「作家さんが嫌々作ってもいいものはできない」という考え方で、私もその教えを受けて育ってきました。ですから、私も作家さんが好きなことを形にしてもらうことを大事にしています。そもそも私が口を挟むよりも、作家さんのほうがずっとセンスがありますよね。もちろん、それが作品にとって良くないと思えば、意見をお伝えしますが、好きなことを描いていただいたほうが絵も生き生きとしますし、それが読者にも伝わると思っています。
