【映画『恋愛裁判』主演・齊藤京子】アイドルが恋をすることは罪なのか?「恋愛禁止ルール」に切り込む問題作をノベライズ!【書評】
PR 公開日:2026/1/31

アイドルが恋をすることは罪なのか――そんな問いを突きつけてくるこの映画が、この冬、多くの人の心をざわつかせるに違いない。
その映画とは「恋愛裁判」。『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」の審査員賞を受賞した深田晃司監督による問題作だ。本作は、深田監督が、交際禁止規約に違反した元アイドルの女性を所属事務所が訴え、女性に賠償命令が言い渡された実際の裁判に着想を得たもの。しかも主演を務めるのは、齊藤京子。日向坂46のセンターを務めた元トップアイドルは、恋に揺れるアイドルの葛藤をどう演じるのか。映画公開にあわせて読みたいのが、監督自らが手がけたノベライズ版『恋愛裁判』(深田晃司/文藝春秋)。ノベライズ版では、アイドルであるひとりの女性の内面がより詳しく描かれている。その心理描写に、胸が苦しくて苦しくてたまらなくなる。
主人公は、人気急上昇中のアイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」でセンターを務める山岡真衣。アイドルグループのセンターとしてステージ上ではいつも輝くような笑顔を浮かべる真衣は、本当は自分に自信がない。真衣はどうして自分がセンターに選ばれたのか分からないまま、いつセンターから外されるかという恐怖に怯えながら、日々エゴサーチをしては落ち込んでいる。そんなある日、中学時代の同級生・間山敬と偶然再会した真衣は、彼にどんどん惹かれていく。
アイドルもごく普通の人間
この物語は、華やかな世界の裏側に潜む孤独や犠牲を容赦なく突きつけていく。読めば読むほど感じるのは、アイドルだってごく普通の人間だということ。自分に自信を持てずにいる、ごく普通の女の子の、ごく自然な葛藤に、どうして共感せずにいられようか。恋する気持ちは止まらない。その自然な感情を、損害賠償や契約解除というペナルティを科してまで契約によって抑え込むことは適切なのか。誰もが当たり前に受け流してきた、アイドルに課せられる「恋愛禁止ルール」にこの作品は鋭く切り込んでいく。
確かに真衣はアイドルになりたくて、アイドルになった。ファンの人たちのことだってこの上なく大切に思っている。アイドルを「商品」として考える事務所の立場からすれば、その恋など認める訳にはいかないという理屈も分かる。だけれども、どうしてだろう。真衣は本当の自分を見失っていくように感じるのだ。
そうして、真衣は自分を取り戻すために闘おうとする。すべての選択をアイドルになることの代償にしたくない。ファンや事務所、アイドルという夢を支えるたくさんのプロフェッショナルな仲間たちと対等に向き合いたい。そう願う真衣の姿に、胸が張り裂けそうになるほど痛む。
『恋愛裁判』という作品は、「アイドルの恋」を裁いているようでいて、本当は私たちの価値観のほうを裁いているのかもしれない。もしあなたが真衣の立場だったら、何を思うだろうか。もしファンだったら、もし事務所側の人間だったら、真衣の恋を、どこまで許せるだろうか。この物語を読むと、あらゆる立場の人のことを思い、考えずにはいられない。恋は罪なのか。それとも、恋を罪にしてしまう仕組みのほうが罪なのか。読み終えたあと、あなたの「当たり前」はきっと静かに揺さぶられる。アイドルを推している人もそうでない人も。私たちに前提を疑わせるこの物語を、映画とノベライズの両方でぜひとも体感してほしい。観終えたあとも、読み終えたあとも、きっとあなたの中で裁判は終わらない。
文=アサトーミナミ
