オカルトマニアな彼女と怪談ライターの僕の、ひと夏の不思議な恋――ラストの一文が胸に刺さる、淡く切ない青春ホラー

文芸・カルチャー

公開日:2023/4/25

夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない
夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』(和田正雪/KADOKAWA)

 終わった後でようやく気がつく、ということは往々にしてよくある。

 例えば学校を卒業してから、学校生活がどんなに楽しかったか。親元を離れて暮らすようになってから、親のありがたみが。そして別れてしまってから、その人がどれだけ自分にとって大切であったか等々。

夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』(和田正雪/KADOKAWA)もそんな、主人公・米田の言葉を借りるなら“何もかもが終わってから全部わかる”物語だ。

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 米田学は留年が確定している大学4年で、オカルト雑誌のライターだ。専門は「実話怪談」で、怪異を体験した人に取材をしては記事を書く毎日を送っている。大学の後輩から相談された怪異現象を深夜に実況見分していると、墓地で佇んでいる乃亜という女性と出会う。SNS発の人気イラストレーター、春氏による表紙画の彼女がなんとも幻想的な雰囲気で描かれており魅力的だ。

 科学的にオカルトを研究している乃亜は、異界の存在について独自の仮説を立てていた。それは私たちの世界のそばには別の世界、つまり異界があり、そことの接触点がいわゆる「オカルトスポット」ではないか? というもの。そして神隠しにあった人たちというのは実は、異界へ行ってしまっているのではないのか、と。

 取材に同行させてほしいと頼む乃亜と、熱心なオカルトマニアである彼女に若干、引いてしまう米田。しかし協力関係を結ぶことになり、共に深夜のオカルトスポット探訪を開始する。

 たとえそれがなんであれ、一緒に行動する者同士の間には、何かが生まれる。感情の起伏に乏しく何事にも淡々としている米田だが、乃亜に振りまわされていくうちに彼に変化が生じる。

 なぜ彼女はそんなにも異界に魅せられているのか。そして自分も異界へ行きたいと願っているのか。

 仕事でもない限り、相手について詮索するのは面倒だ。知ると距離が縮まるし、関係も深くなる。そういうのは面倒くさいと米田はずっと思っていた。しかし、なぜなのか乃亜のことを知りたくなる。知ることで彼女との距離を縮めたい、関係をもっと深めたいと切望している自分に気がつく。

 しかして乃亜から打ち明けられた“秘密”、オカルトライターである米田ですら信じがたいほど、不可思議なものだった……。

 ジャンルとしては“ホラー”に位置づけられるけれど、内容も文章もけっして恐怖を煽ってはこない。日常の中の些細な不思議が少しずつふくらんでいき、いつの間にか現実にまで食い込んでこようとしている……という感じの、不思議という形容がしっくりくる感覚だ。

 米田を通して語られる怪異についての論理的な解釈。それでいて原因や理由を断定しない姿勢。さらにオカルト系だけでなく“本当に怖いのは人間”系の怪異も出てきて、作者のサービス精神と怪異に対する真摯さが伝わってくる。その真摯さは、米田自身の内に潜んでいた真摯さでもある。乃亜と出会い、恋をしたことで自分でも気づかないまま彼は変わり、苦しみや悲しみや喜び、そして愛という感情を知る――。

 大切なことであるほど、失わないと気がつけないことも多い。だからこそ、いま隣にいる人の存在を大切にしたい。そんな含みを感じさせるラストの一文が、切々と胸に刺さる。

文=皆川ちか