モノマネ芸人が「ご本人」に頼まれて死体遺棄に協力。元お笑い芸人が描く、嘘と騙し合いが巧みなどんでん返しサスペンス
公開日:2023/8/14

作家の藤崎翔氏は、あっと驚くどんでん返しの小説で読者を楽しませる。特に、度肝を抜かれたのが、かつてない仕掛けによって物語の見え方が一変する『逆転美人』(双葉社)。ストーリーの全体像が見えた時、鳥肌が立ったのは、きっと筆者だけではないはずだ。
そんな藤崎氏が手掛けた『モノマネ芸人、死体を埋める』(祥伝社)も、数多くの伏線がちりばめられた、見ごたえある小説だ。練りこまれたストーリー展開に驚かされ、思わず感嘆の声が漏れた。
■廃業必至な状況を打開!モノマネ芸人が「ご本人」の殺人を隠蔽…
モノマネ芸人の関野浩樹は、日米で活躍した野球選手・竹下竜司のモノマネが唯一の持ちネタ。本人公認のもと、「マネ下竜司」という芸名で活動しながら客を笑わせ、順風満帆な芸人生活を満喫していた。
だが、満ち足りた日々は突如、終わりを告げる。ある夜、竜司に呼び出された浩樹は信じられない光景を目の当たりにした。なんと、竜司はクラブで出会った行きずりの女を殺してしまったのだ。
竜司が殺人罪で逮捕されれば、浩樹には仕事のオファーが来なくなる。そこで、浩樹は廃業を回避すべく、死体遺棄に加担。竜司と共に死体を森に埋め、殺人を隠蔽した。人として超えてはいけない一線を越えてしまった浩樹はその日以降、死体が発見されてしまうのでは…という恐怖に怯えるようになる。
やがて、その不安は的中。数ヶ月後、死体は発見され、被害者女性の身元も判明してしまう。おまけに犯行当日、竜司は被害者女性と性交しており、警察は遺体に残されたDNAと一致する人物を捜査し始めた。
誰がどう見ても、絶体絶命なこの状況…。しかし、浩樹はある作戦で、この危機を切り抜ける。そして、その後、浩樹は思わぬ幸運を掴んだことから、従順な態度を求める竜司との関係を改めようと決意。竜司を屈服させて、ペコペコと頭を下げ続ける日々から逃れるためある計画を実行する。
そんな浩樹の企みをハラハラしながら見守っていると、物語は予想外の方向へ…。これまでちりばめられていた伏線が徐々に回収されていき、読者はラストで思わぬどんでん返しを目の当たりにする。
笑いやスリルだけでなく、思いもよらない感動も与えてくれる浩樹の芸人人生。それを通して、自分の生き方を振り返る人はきっと多いことだろう。
なお、本作は元芸人という職歴を藤崎氏が思いっきり活かした作品でもあると感じた。浩樹と芸人仲間とのコミカルなやりとりや、ご本人の名前をユーモラスにもじった芸名など、いたるところに笑いの種があり、クスっとさせられる。こうした描写があるため、スリリングな展開であるのに、物語が重くなりすぎていない。気負いせずに深みのあるサスペンス小説を楽しみたい方に、ぴったりな一冊だと感じた。
また、個人的に痛感させられたのが、自分を偽らないことの尊さだ。本作では次々と登場人物たちの思わぬ本性も明かされていくのだが、嘘を重ね、本当の自分を見せられない彼らの姿が筆者には、とても苦しそうに見えた。
人は、馬鹿正直では生きていくのが難しいこともある。だが、自分の心を苦しめる嘘をつき、空虚な人生を歩んでいきたくはないと、強く思わされた。
たくさんの嘘と騙し合いが混在する、本作。あなたの胸には、どう響くだろうか。
文=古川諭香