本気で生きる、とは何か。チェスで“想定内の自分”を超えていく——第12回ポプラ社小説新人賞受賞作『エヴァーグリーン・ゲーム』
PR 公開日:2023/11/11

自分には命を懸けてでも成し遂げたい何かがあるだろうか——。
第12回ポプラ社小説新人賞に輝いた、石井仁蔵氏による小説『エヴァーグリーン・ゲーム』(ポプラ社)。世界有数の頭脳スポーツと呼ばれるチェスを題材に、4人の若者たちが命を懸けた戦いを繰り広げる、青春群像劇である。
●くすぶる4人の人生がクライマックスで交差
難病により、入院生活を余儀なくされている小学生の透。

チェス部の実力者だが、マイナー競技ゆえにプロを目指すかどうか悩む高校生の晴紀。

母からピアノのレッスンを強要される日々に嫌気を感じている全盲の少女・冴理。

そして、天涯孤独の人生をあきらめ、悪事を働きながら無欲に生きる釣崎。

育った環境や性格はまったく異なるが、いずれも人生のなかでくすぶっている若者たち…。
4人は、第一章から第四章にかけて順番に登場する。最初に登場するのは小学生の透。なかなか退院できない苛立ちをどこにぶつけていいのかわからず、母親に向かって癇癪を起こす…といった場面では、少年の幼い目線から見た理不尽な世界が克明に表現されている。
少年の心情を描いた純粋なテイストのまま物語は進んでいくのか…と思いきや、4番目に登場する釣崎のターンでは、アメリカに舞台を移し、マフィアを絡めたハードボイルドな場面が展開する。四者四様の物語が綴られ、読む者を飽きさせることがない。
くすぶった人生を送る彼らは、チェスに出会い、チェスと向き合っていく。チェスは特段、彼らに寄り添うことも、彼らを勇気づけることもしない。ただ彼らを傍観し、時に「お前の人生はそんなものか」と彼らを突き放しているようにも見える。
チェスに翻弄されながらも、人生の駒を進めていった彼らは、チェスの猛者たちが集結する、とある大会で顔を合わせる。多くの言葉を交わさずとも、駒を通じて対話し、お互いの存在を確かめ合う4人。そして、予想だにしない衝撃のクライマックスが訪れる。本気で生きる、とは何か。そんな疑問が頭をよぎり、心を大きく揺さぶられた。
●チェスの中に人生を見出す
この勝負に勝てば、自分の人生は変わるのだ——。命を懸けるようにしてチェスにのめり込んでいく彼らの姿は、切羽詰まっているようで、羨ましくも目に映る。
なぜ、それほどまでにチェスは人の心を惹きつけるのか。チェスでは、将棋のように取られた駒が復活することはなく、盤上の駒は、競技を進めるうちにどんどん減っていく。作者の石井氏はチェスの魅力を「ルールがシンプルなだけに奥深い。駒がどんどん減っていき、わずかに駒が盤上に残ったチェックメイトに美しさすら感じる」と語っている。
手元に残ったわずかな駒で、自分はどんな手を打てるのか。何も持たない自分は、これからどう生きていけばいいのか…。そんなふうに彼らは、盤の上にいる駒に自分の人生の道筋を見出したのかもしれない。
醜くてもかまわず、盤上に自分の人生をさらけだしていく、愛すべき登場人物たち。彼らは、自分の限界を超えていく。これこそ、頭脳スポーツたるチェスの醍醐味なのだろうか。
4人の様子が鮮明に頭に浮かぶ情景描写を含め、新人とは思えないほど完成度の高い一作。日本ではまだまだ認知度が少ないチェスだが、ルールがわからなくても存分に楽しめる。極上のエンターテインメントをお試しあれ。
文=吉田あき
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