『デューン 砂の惑星PART2』が2024年3月に公開予定。毒針を耐え抜く試験の詩的描写から学ぶ、逆境を生き抜く知恵

文芸・カルチャー

更新日:2024/1/24

デューン 砂の惑星〔新訳版〕 (上)
デューン 砂の惑星〔新訳版〕 (上)』(フランク・ハーバード:著、酒井昭伸/早川書房)

 2021年、映画「DUNE デューン 砂の惑星」が公開され、2022年のアカデミー賞では同年度最多となる6部門で受賞を果たしました。続編の「デューン 砂の惑星PART2」は2024年3月20日に公開が予定されています。

 本記事では原作三部作のうち最初の1巻『デューン 砂の惑星〔新訳版〕 (上)』(フランク・ハーバード:著、酒井昭伸/早川書房)をご紹介します。「デューン(dune)」とは英語で砂丘を意味します。

 舞台は砂漠の惑星でありつつも抗老化作用を持つ希少な香料の産地・アラキス。西暦1万190年。アトレイデス家は、敵の罠の気配を感じながらも、一家の未来を背負うポールのためにアラキスにやってくる……

advertisement

 上・中・下、3巻に及ぶ大長編のためストーリーを詳しくご紹介することは本記事ではできませんが、本書にどのような面白みがあるかをご紹介できればと思います。

 本書はもともと1965年にアメリカで出版、日本では1972年から1973年にかけて出版されたため、約60年経っても読まれ続けている物語を味わうという楽しみがあります。

 そもそもSF小説を読むということは、私たちの日常生活からかけ離れた世界観に浸るということでもありますが、個別の比喩表現や作品全体を通して何か社会に訴えかけるものがあったり、日常的な事柄と通底する表現がなされていたりするところにも楽しみを見出せます。

 例えば、主人公のポールが「横暴な敵」を意味する「ゴム・ジャッバール」という特殊な毒針によって、いわば「勇者の試練」にかけられている冒頭の場面ではこのような描写がされています。

苦痛!
自分の世界から、ありとあらゆるものが消えた。あるのはただ、焼けつくように痛む手と、ほんの十センチほど離れたところから自分の顔を覗きこむ、齢老いた顔だけだ。
唇がかさかさに乾いており、開くこともできない。
(熱い! 手が燃えつきそうだ!)
炙られている手の表面で皮膚が黒焦げになり、めくれあがっていく。肉が消し炭のようになって剥離し、ついには黒焦げの骨だけが残った―気がした。

 もちろん私たちが「ゴム・ジャッバール」の痛みに耐え抜く試練と対峙する瞬間というのは一生待っても来ないとは思いますが、本書の裏表紙に「未来叙事詩」と書かれている通り、筋書き立った物語という側面とあわせて本書は、人の心の奥底を描く「詩」の側面が強い。逆境が来たとき、どのような心持ちでそれを人間は乗り越えられるのかを、この冒頭から始まる壮大な物語で著者は語ろうとしています。

 主人公・ポールだけではなく、アトレイデス家を守る戦士でありポールの師匠的存在のハレックも、ある場面でポールの成長に驚嘆しつつ「願いが魚なら、網をかけて漁っちまえるんだが……」という言葉を、海がなく魚もいない惑星に行く前のタイミングで呟きます。こうした詩的なセリフが、SFの物語を完全に浮世離れしたものではなく、日常に通底したものにしてくれています。

 また、各章の冒頭には架空の文献から引用がなされています。

飽くなき欲求の科学。そんなものがあっていい。人はつらい時、抑圧の時を経てこそ、“心の筋肉”を鍛えられるのだ。プリンセス・イルーラン
『ムアッディブ名言集』より

「ムアッディブ」とは「小さなネズミ」を意味する架空の言葉で、砂漠の環境にも適応していく自分たちの理想の姿を、主人公・ポールが表したものです。詩的表現を用いた深い描写で世代を超えて読まれ続ける物語から、現代社会を生き抜く勇気をもらいつつ、新作映画の予習をされてみてはいかがでしょうか。

文=神保慶政