第4回「アルコール・ピルグリム」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない➃
公開日:2024/2/23
同級生を豹変させた三人目
三人目は、注ぐとどこまでも透き通り凛とした姿の日本酒な彼だった。
透明な彼越しに見える世界は純粋でとても綺麗だった。
当時、透明な水が溶けたような彼をみんなに自慢したくてたまらなかったんだろう。大学の映画部の合宿に連れて行ったことが全てを狂わせるきっかけとなってしまった。
「うちの彼氏かっこいいでしょ?」と見せびらかすと、ひんやりとほのかに甘い彼のことをすぐにみんな気に入ってくれた。
合宿先に到着し、先輩である私たちが買い出しをし後輩たちが夕ご飯をつくる。各々で映画をつくる部活なので、全員がこうして集まるのは貴重な機会だった。
もともと廃部寸前の人数しかいない部活だったので、せめて新しく入ってくれた1年生とは仲良くしておかないとな…とお酒の力を借りず対等に勇気を振り絞って話しかけてみた。
すると1年生男子集団は、一瞥して俺らは俺らで楽しむんでと振り払われてしまい、同じ学年のメンバーで集まりしんみり飲み会が始まった。静寂に包まれていたのは束の間、私の連れて来た酒彼氏があまりに飲みやすく、彼はいつの間にか飲み会の中心にいた。
夜も深まって来た時、これまで一緒に酒を交わしたことがなかった同学年ひとりの様子が急変。
鬼のような形相で、「やっぱり合宿としてよくない!!! 後輩にもっと寄り添って一緒に仲を深める努力が足りない!!!」と説教をはじめたのだ。
響く罵声と事件の予感。二日酔いにもなっていないのに胃が痛い。立ち向かうほど強気なメンバーはいなかったので数時間にわたる説教に全員耐え続けた。ついには部屋に閉じこもっていた1年生男子集団も呼び出し、全員で説教を受けることに。まさに地獄。
「鬼ころし」と書かれた私の酒彼氏のパックは、鬼に金棒のように空っぽのまま地面に転がっていた。
そして物理的にも精神的にもほぼ眠れないまま起床し、相変わらず気まずい空気。説教をしていた彼だけ、けろっと朝ごはんのトーストにかぶりつきながら「おはよう、なんか空気重くない? どしたん?」とみんなの顔を見渡している。
何が一番鬼畜かって説教を続けた彼は次の日、何も覚えていなかったのだ。
一度入った亀裂はもう元には戻らず、追いコンと呼ばれている部活の卒業パーティーに後輩たちが来ることはなかった。透明で悪気のない彼はまさにサークルクラッシャーだった。
にごり酒で一駅でんぐり返し
四人目は、日本酒の親戚でもあるにごり酒だ。
マッコリのように半透明で白くにごっている。甘酒のように親しみやすい飲み心地だった。
彼とは一夜限りの仲ではあったが、共に楽しく過ごすというよりは乗っ取られたに近い。飲んだ瞬間に自分の体の主導権はにごり酒な彼に渡されていた。その間の記憶は全くない。
周囲の情報によると一駅分くらいボールみたいにころころでんぐり返ししながら転がって進行していたらしい。通りで体中に見覚えのない擦り傷と赤ぶどうを潰したみたいな青あざができているわけだ。
流石にバイオレンスすぎてちょっとついていけないなとそれっきり会ってはいない。
「ちょっとだけ」大人チックな五人目
五人目は白ワインでちょっと大人な彼。
蝋燭灯る暗めなバルやチーズとの相性は抜群で、私の知らない大人な世界に導いてくれた。
長い年月をかけ、ぎゅっと葡萄が濃縮された彼の人生は深みがあって魅力的だった。私もこんなワインのように年をとっていきたいと尊敬していて、いい関係だったと思う。
他のアルコールとデートをした後に会うと、きまって不機嫌でみぞおちを殴ったような胃痛を残して帰るところ以外は、月の光が似合う彼のことが大好きだった。
別れるきっかけになったのは夢の国。コースが揃ったレストランで待ち合わせをしていたのだが、夢の国で浮かれていた私はちょっとだけとビールや季節のカクテル、船の中ではテキーラなんかに浮気をしてしまった。なんなら骨付きソーセージ10本くらい食べてお腹もいっぱい。
「ちょっとだけ」は信用してはいけない言葉ランキングベスト3に入れた方がいいと思う。
レストランでボトル姿の彼を開けると、他の酒によそ見をしていたのがバレて胃の中で大喧嘩。アトラクションには何一つ乗れず、お土産どころかお目当ての餃子ドッグを食べる機会も損失し、二度と会いたくないほどの二日酔いが残る険悪な別れ方をしてしまった。
恋人とディズニーデートに行くと破局するというジンクスは本当なんだと思う。
六人目はストロングなあいつ
六人目のストロングな彼はまさに沼だった。
彼は本気で私を愛していないことはわかってたけれど、そこから抜け出すことができなかった。誰にでも分け隔てなく優しくて、彼といるときは幸福に包まれていて無敵の自分になれた。
彼のいない生活は空っぽだ。愛せば愛すほど勝手に私は苦しみ、心は雑巾のように使い古されていった。
嫌いになりたかったが、何度さよならを告げても夜中のセンチメンタルな魔物に襲われてまた会いに行ってしまう。
朝起きてかさかさになった唇の輪郭を優しくなぞってくれる彼が恋しい。
もう終わったはずなのに今でもほろ苦い檸檬の香りがすると、彼かもしれないと振り向いてしまう。
安定の七人目
最後のウイスキーな彼は、落ち着きがあって安定という二文字がぴったりだった。
ビールな彼のことが好きなまま別れてしまって、やさぐれていた私に声をかけてくれてずっとそばに寄り添ってくれていた最愛だった酒。
あまりスモーキーな香りと味はタイプではなかったけれど、飲みやすく安心感のある炭酸の抱擁で私を包み込んでくれた。おまけに太りにくいし、一緒にいて罪悪感を感じたり苦痛に思うことは一切なかった。
ただ優しくされればされるほど甘えてしまって、ハイボールを飲むと大嫌いな自分が姿を現す。
カラカラ〜なんて言いながら雑に飲んだり、体を気遣ってくれているウイスキーを無視してコーラで黙らせたりわがままで沢山傷つけてしまったね。本当にごめんなさい。
こんなに尽くしてもらっているのに、私の気持ちは宙ぶらりんでいつも揚げたての唐揚げを横目に元彼氏のビールの姿を追いかけていた。身勝手な私を二日酔いにすること、酒鬱にすることもほとんどなく、寂しそうに微炭酸な笑みを向けていつでも帰っておいでねと別れを受け入れてくれたのだった。
七人の酒彼氏を経て…

こうしてビールと私の今がある。
いろんなことが積み重なって結果、傷つけあって別れてしまったけれど元彼自体が悪い酒というわけではない。ただ自分との相性が最終的には合わなかった、自分が大人になりきれなかっただけなんだ。
『スコット・ピルグリム』でも、元彼が恋愛を阻む邪悪な悪役に一見見えるかもしれないが、彼らがどうして別れてしまったのかどんな傷を負ったのか、一人一人背景がしっかりと特にアニメ版では描かれている。
自分の恋愛を振り返りながら今の酒彼氏や酒彼女を片手にぜひ鑑賞してほしい。
<第5回に続く>