第9回「私の青春は間違ってなかった」前編/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑨
更新日:2024/5/31
りぼんちゃんと私

高校の頃に仲良かった、りぼんちゃん。
その娘も、推しの先輩の名前を消しゴムに書き込み、机が摩擦ですり減ってしまうのではと思うスピードで消しゴムをゴシゴシとすり減らしていた。
床に散り積もった大量の消しカスが異常さを物語っている。もはや、呪いみたいなおかしさがあった。
私とりぼんちゃんはクラスも塾も同じ。
そして、彼女の推しの先輩も同じ塾に通っていた。
私とりぼんちゃんは、お互い帰宅部だったので、イトーヨーカドーのポッポでメガ山盛りサイズのポテトなんかを買って、塾の休憩室で過ごすことが日課になっていた。
休憩室で過ごした時間のほうが、放課後の教室で過ごした時間よりも果てしなく長い。
休憩室で若気の至りのポテトや小腹満たしの納豆巻きを食べながら、一緒に先輩が来るのを待ち続ける。
先輩は一つ上の学年で、柑橘系のシーブリーズが香りそうな爽やかさ。
ポメラニアンのような愛嬌とまあるい黒い瞳。夏でも白い肌が、彼の可愛らしい顔立ちを引き立たせていた。
学ランの下に着込んだベージュのカーディガンがとてもよく似合う。
いつもリプトンの四角いパックのミルクティーを飲んでいた。
飲み終えて塾の入り口のゴミ箱にぽいと空になったパックが捨てられると、りぼんちゃんはしばらくゴミ箱の中を尊そうに眺めていた。
ゴミ箱の中に愛しい眼差しを向けている人間を見たのは、はじめてだ。
向井理に似ていたので、勝手に「理-おさむ-」とニックネームをつけて、生意気にも下の名前で呼んでいた。
ずっと「理!理!」と騒いでいるから、塾の先生が向井理のファンと勘違いして、買ってきた江ノ島のお土産。
向井理の写真がプリントされた下敷きで、なんか気まずかった。
塾に来て永遠に向井理の話をして、ゴミ箱に張り付いたりと奇行を繰り返す私達の姿を、虎視眈々と見ていた奴がひとりだけいた。
そいつは、小悪魔みたいな悪い笑みを浮かべて接近し、声変わりのしていない甲高い声で叫んだ。
「ゴミ箱にずっと張り付いてるくっせえババア!」
「ポテトなんか食ってデブだ!」
変な奴を見て見ぬふりができないお年頃。
散々な悪態をつく小生意気なクソガキが現れたのだ。小中高一貫の塾では、こんなことが起こるのか。
「うっせえぞ! クソガキ!」と品のない応酬を数ターン繰り返し、塾とは思えない光景。
理を待っている間に、クソガキとの攻防を繰り広げるまでがルーティンに組み込まれていった。
誰もが塾に勉強をしに行ってるはずなのに、勉強どころじゃなかった。
ときどき殺意は湧くけれど、とにかく放課後のこの時間が、愛しくて仕方がなかった。
