第13回「友達がどんどん減っていく酒飲み独身女と深夜の焼きそばパン」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑬

文芸・カルチャー

公開日:2024/7/12

修学旅行といえば、恋バナをするとか、抜け出して好きな人に会いにいくとか、肝試しをしたり、消灯時間後の夜が本番といわれている。

消灯時間が過ぎ、部屋が真っ暗になって先生の足音もなくなった15分後。
「ねえ、起きてるよね?」と、ひそひそ声でルームメイトに話しかけた。

なんと、真面目すぎたルームメイトはもうすでに眠りについていたのだった。
かといって、ひとりで外に出歩く勇気もなかったので、青春したい衝動を抑えて寝ることになった。

次の日、朝食会場で、みんな眠たそうな顔をしながら、目の奥がきらきら輝いているではないか。

「夜ってどうしてた?」と聞くと、
「部屋のテラスから抜け出して、男女集まって人狼オールナイトしてたから寝不足(満足)」
「こっそり海に行って、くだらない話で盛り上がっていたら、先生に見つかったけど暗いから走って逃げたらバレなかった(笑)」
と教えてくれた。

なんだ、なんだ、みんな楽しい夜を過ごしてるじゃん。

消化不良の気持ちを抱えながら、ちまちま鮭の骨を取ってを食べていると、
校長先生が「昨日、自由行動で男女が手を繋いで歩いていたのを発見しました。けしからんです。今日から男女一緒の行動は禁止です」と言っていた。

それだけが、「やーい、ほらみろ!」と不満のはけ口にできる救いだった。

ノックバック

日中の自由行動で、パイナップルのソフトクリームを食べている時に、寝つき抜群のルームメイトがぽつりと呟く。

「わたし、今夜告白しに行きたい」。

暑さでソフトクリームが、たらりと汗を流しているのにも気付かないくらい、時が止まった。
きゅんの音が聞こえた気がした。

だって、いつでも真面目で提出物も忘れたことない彼女が、覚悟を決めたんだから。
もちろんGOだ。

すぐに、彼女の好きな人がいるグループの男子に連絡を取り、その日の夜はみんなでトランプでもしようぜという話でまとまった。

なにこれ、もうどうしようもないくらい青春じゃないか。

最終日だったので、リゾートホテルではなく、空港の近くのビジネスホテルが本番の舞台。

薄暗くて、あまり青春感はないけれど、重要なのは恋が生まれる瞬間に立ち会えること。

消灯時間後に、ひっそりと抜け出し、合流することに見事成功。
同部屋の仲間がひとり、「沖縄の夜風を浴びて曲を作りたい」と出ていったから、空いてる部屋があるというので、みんなでそこに集まった。

昼間より、わくわくするこの時間。

ババ抜きの罰ゲームは、恋バナの暴露にもってくることまではできた。
好きな人からカードを引き抜くときに、指先がぶつかって、赤面する彼女を見てニヤつきながら、お土産に買ったタコライス味のじゃがりこを、ぽりぽり食べる。

一方で、わたしは重要な点を見落としていた。
そう、この部屋の隣が担任の先生の部屋だということを。

盛り上がってくると、わたしの隣に座っていた男子が携帯を覗き込んで「あいつ、先生に見つかったから、そっちもやばいかもって連絡来た」と予告編を告げてきた。

詰んだかもしれない。
考える暇もなく、トントンと響くノックの音。

「みんな、風呂場に隠れろ」。

一人用の狭いバスルームの中に、部屋の主以外全員でおしくらまんじゅうのように隠れる。

息をすることすらバレてしまうのではないかと怖かった。

扉の方から、いつも優しいはずの堺雅人似の担任の先生の声が聞こえる。
圧迫面接のように、問い詰める声に背筋がひゅんとした。

がんばって追い返してくれ!
あと少しで先生が帰りそうなとき、捨て台詞のように「まさかここに隠れてたりしないよね?」と、私たちがいるお風呂場をノックしてきた。

どくんどくんと緊張感が走る。

「そんなわけないか」と立ち去ろうとする気配を感じる。

よっしゃ!帰る!と思った次の瞬間、
お風呂場のドアの最も近くにいた天然の男子が、扉をノックし返したのだ。

「なんで?」

その場にいた全員の気持ちが通った瞬間だったに違いない。
後に聞いたら、扉をノックされたら、返したくなっちゃったらしい。

鬼の形相をした先生に見つかり、深夜に会議室に連行され、全先生が集まる。
会議室には、夜風を浴びて曲作りしていた男子や、同じクラスの男女達もいた。

堺雅人似の担任の先生が、わたしの前に来て、胃薬を掲げる。
「わかる?胃が痛いの」と弱弱しく吐き捨てた。

女性の先生は「お母さんの気持ちにもなってみなさい」と泣き崩れ、
曲作りをしていた男子は「矢沢永吉だったらこうするんだ」と己の信念を貫いてる。

はたまた、漫画「NARUTO」を例に挙げて、先生の言ってることはナルトを否定することになると指摘する子もいれば、ひろゆきのように「抜け出したことは悪いかもしれないが、先生の言っていることは間違ってますよね?」と論破する子も現れた。

議論はヒートアップし、数時間が経過。

いつのまにか、説教部屋は朝方4時のディベート会場になっていた。

会議でも口を挟むのが得意ではない自分は、最初のうちは面白がっていたものの、途中から眠くて眠くて仕方がなかった。

あくびをするわけにもいかないし、鼻の穴を広げてグッとあくびを飲み込む。
その度に目尻にたまる涙。ついに、右目から涙がつーっと流れてしまった。

すると、告白するんだと張り切っていた彼女は、わたしが泣いているのかと思ったらしく、
立ち上がり「もういい加減にしてください!」と大声を上げたのだ。
「全部、わたしが悪いんです…」と、ついに泣き始めてしまった。

わたしは、どうしていいのかわからず、その場で固まり地蔵になってしまった。
眠気は100%吹っ飛んだ。

場が静まりかえり、しばらくすると、彼女が告白しようとしていた男子が「悪いのは僕です。責任は全部、僕が取ります」と初めて声を上げ、彼女を庇ったのだ。

わたしのしたことは、たくさん迷惑をかけてしまっているとわかっているけれど、この眩しすぎる瞬間を見るためには十分価値があったと、今でも思う。

彼女は、その日に告白はしなかったけれど、放課後にみんなで集まってあの日の反省文を書いているとき、心なしか二人の距離は近かったように感じた。
同時に、これが仲間なのかなって思ったりもした。

いつまでも、こんな時が続いたらいいのになぁ…。

わたしは、しんちゃんにはなれなかった

酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない

永遠の5歳児のしんちゃん率いる春日部防衛隊は、ずるいなぁと思ってしまう。

なぜなら、彼らは永遠の5歳児だから、離れ離れになったり、環境の変化で理解することが難しくなったりすることがないから。

けれど、花の天カス学園の風間くんは違った。

一人だけ6歳の未来を見ていた。
いつかみんなバラバラになってしまうと恐れていた。

そんな風間くんの想いを正面から受け止めて、永遠の絆を信じさせてくれるしんのすけ。
わたしは、しんちゃんにはなれなかった。

結局、離れたくないなと思った仲間たちとも、「また会おうね」なんて言ったっきり、散り散りになってしまった。

久しぶりに、テレビでアニメの方のクレヨンしんちゃんをなんとなく流していると、「えええっ!?」と声が出た。
父・ヒロシの兄・せましが結婚したのだ。

結婚かぁ…。
そういえば、あの時の仲間たちは、今どうしているんだろう?

数年間、放置していたSNSにログインしてみると、みんな苗字が変わっていたり、子どもがアイコンになっている。いつの間に結婚したんだろう?

綺麗な思い出は、いじらないで元の形のまま残しておくべきだと、知る3秒前。

結婚式の写真をスライドしていくと、あの時の仲間たちが、しあわせそうに、みんな笑っている。

あれ、わたし、呼ばれてない…。

早く帰って、永遠の親友、レモンサワーを飲みながら、焼きそばパン食べよう。
カエルの鳴き声に合わせて、ぎこちないスキップをしてみる。

よし決めた。
家に着いたら、しんちゃんを見て夜更かしするんだ。

ひとりだけの時間をそっと抱きしめて、また明日。

<第14回に続く>

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さかむら・ゆっけ、●酒を愛し、酒に愛される孤独な女。新卒半年で仕事を辞め、そのままネオ無職を全う中。引っ込み思案で、人見知りを極めているけれど酒がそばにいてくれるから大丈夫。たくさんの酒彼氏に囲まれて生きている。食べること、映画や本、そして美味しいお酒に溺れる毎日。そんな酒との生活を文章に綴り、YouTubeにて酒テロ動画を発信している。気付けば、画面越しのたくさんの乾杯仲間たちに囲まれていた。