NHK朝ドラ『虎に翼』主人公のモデル・三淵嘉子の伝記小説。女性初の弁護士、そして裁判所長となった彼女の生涯を描く
公開日:2024/8/9

「わたしがこの手で、この国の司法を内側から変えていきます」
この言葉の力強さに胸が熱くなった。
『裁判官 三淵嘉子の生涯』(伊多波碧/潮文庫)は、連続テレビ小説『虎に翼』の主人公である猪爪寅子のモデルである女性初の弁護士、そして裁判所長となった三淵嘉子の伝記小説だ。
三淵(旧姓武藤)嘉子は1914年(大正3年)11月にシンガポールで父貞雄と母信子の間に生まれる。父貞雄は、卒業後は結婚し家庭に入るのが一般的だった女学校に通っていた嘉子へ進学する選択肢を提示し、家庭に入ることをしなくてもよく、女性の自立をしたほうが良いと説いた。貞雄は台湾銀行に勤めており海外赴任が多く、当時の日本人としてはとても柔軟な思考を持っていたことから、嘉子の将来についてとても理解のある父親だったことがわかる。
一方で母・信子は良妻賢母こそ女の目指す道と信じていて、若い頃に養女に出され苦労した信子は家族に対する思い入れが強い女性であった。
もちろん、そんな信子が法事で家を留守にしている間に貞雄が嘉子に進学の話をしたのはドラマと同じである。
本書の嘉子と父・貞雄とのやりとりはユニークで機知に富んでいて読みながら笑みが溢れる。貞雄は女性が男性と肩を並べて働くことを嘉子に「面白いぞ」と言い放ち、女性が自立する手段として専門職の資格を進めるが、そこで嘉子は「女性がなぜ弁護士になれないのか」と貞雄に問う。なぜ弁護士になりたいのかと貞雄に聞かれると、嘉子は「法律を武器に喧嘩ができるなんて面白そうだもの」と言う。そこで弁護士法の改正の話へと繋がり、戦前の法律では女性が法の下に平等ではなかったことが読者に知らされるのである。
戦前の国立大学では女性に門戸を開いている大学が九州帝国大学と東北帝国大学しかなく、私立でも同志社大学が特定の女子専門学校の卒業生に限り入学を認めているのみであった。東京では女性の入学を認めている国立大学は存在せず、唯一女性が大学に進学できるのは1929年(昭和4年)に女子部ができた私立の明治大学のみであった。学業でさえ女性の選択肢は限られていたのである。
戦後になると弁護士となっていた嘉子は裁判官を目指し担当官へ直談判する。歯に衣着せぬ物言いで国への怒りを職員にぶつけ啖呵を切るのだ。
時代は日本国憲法の施行前だが、同時に民法の改正も行われた。明治時代に制定されたこれまでの民法では女性は「法的無能力者」とされている。結婚すると女性は一定の法律行為をするには夫の許可を得なければならず、持参金も夫の管理下に置かれた。ドラマでも悪法として印象に残るこの夫婦の財産制度について、果たして嘱託として司法省に採用された嘉子は民事部でこの民法改正の手伝いをすることになる。
冒頭の「わたしがこの手で、この国の司法を内側から変えていきます」はこの直談判の際に発した言葉なのだ。
この怒りとその言葉の力強さに胸が熱くなった。
嘉子は1952年(昭和27年)12月に名古屋地方裁判所に異動となりそこで女性初の判事となる。そして1972年(昭和47年)には新潟家庭裁判所所長に就任。女性として初の裁判所所長となった。
“女性初の”という文言がことさら付け加えられる三淵嘉子の生涯ではあるが、本書のもっとも強く印象に残るのは、その根底にそれまでの日本社会での不自由さ、選択と自立を抑え込まれた女性たちの怒りが、三淵嘉子の行動と発言から強く感じることができることだ。ドラマ『虎に翼』に強く惹かれるのは、ドラマで描かれる主人公たちの苦悩と葛藤の遠因が、長くこの日本で続いていた抑圧された「怒り」であることを本書は教えてくれる。
文=すずきたけし
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