第15回「酒村ゆっけ、が死ぬかもしれない夏」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑮
公開日:2024/8/23
地元で伝わる「絶対に近づいちゃいけない場所」

まだ学生時代、夏休みに時間を持て余したわたしは、実家に帰ることにした。
かといって、地元に友達がいるわけでもなく、退屈だった。
そこで、ネットには上がっていないけど、絶対に近づいてはいけない場所があると、後輩から聞いていたので、早速興味本位で行ってみることにした。
向かおうと玄関で靴を履いていると、部活帰りの妹に遭遇した。偶然、妹もその場所を通りがかったことがあるらしい。
その時、一緒にいた友達が、「ここ、あまり良くないから走ろう」と言ってきたんだとか。
結局、行ってみて、雰囲気はずっと水の滴る音が聞こえてきたりと怖かったけど、何も起こらず写らずだった。
しかし、わたしが実家から自宅に帰ったその日の夜から、異変が起きたそうだ。
お母さんと妹からの鬼電話によると、家の中で何かが足を引きずっているらしい。
キッチン、洗面台、風呂場、寝室と次から次へと瞬時に移動し、影のようなものまで見えたとか。
犬もずっと吠えているそうだ。
あまりの恐怖で、一睡もできず、わたしがとんでもないものを置いて行ったに違いないと怒りの電話だった。
とはいえ、自分に何も起きていなさすぎて、全くもって実感がない。
そこから数日後、妹はお母さんと犬とおばあちゃんを守れるのは自分しかいない!ということで、キックボクシングを習い始めた。
ポケモン理論では、ゴーストタイプに格闘技は通用しないけど大丈夫なのだろうか。
数週間後に、異変は静まったそうだが、いまだにあの時一体何が起こっていたのかは謎に包まれたままだった。
そこで殺人鬼に、気付かぬまま、取り憑かれていたのだろう。にしても、残りの3体は何なのだろうか。
尋ねてみることにした。
すると「殺人鬼のうしろに、女の子と小さな猫と近所のおばちゃんが憑いていますね」と教えてくれた。
多様すぎないか。
というか、近所のおばちゃんに何かしたっけ。心当たりがなさすぎる。
日頃から見えない負荷がかかっていたなら、筋トレの効果として出てくれないと納得できないよ。
ぜんぶ悪霊のせいだ

そんなこんなで、聞き取り調査は終わり、最後の帰り際に、「殺人鬼の霊は呼び出して帰ってもらいました。ただ、憑きやすくなっているので、家を何とかしないとあまり意味がないです」と告げられた。
よくわからないけれど、感謝しかない。
なんてったって、殺人鬼がいなくなったんだから。勝てるに違いない。
その日の夜は、身体も気持ちも軽くなった気がして、どれだけ飲んでも大丈夫だとポジティブな確信があった。
沖縄の夜風を浴びながら、ストロングチューハイを飲んで海ではしゃぐ。
そのまま海外の人しかいないバーで酒をどんなに浴びても、体調不良にならず、むしろ楽しい。
バーにいた大型犬とカタコトの英語で会話まで試みる。
やっぱり、社交性が封じ込められていたんだ。
そして、大きな声で歌いながら宿に戻り、ソファですやすや寝落ちしてしまった。
次の日、朝9時にすっと目が覚めた。
壮大な二日酔いに叩き起こされたのだ。
不思議と、二日酔いが辛すぎて酒鬱になる余地すらなかった。ネガティブからは卒業できたならよかったのかもしれない。
仲間たちは朝から逆立ちをして血流を整え、元気にソーキそばまで食べていて羨ましい。
祓ってもらっても、二日酔い耐性が強くなることはないようだ。
それか、今は取り憑かれやすい体質らしいので、またもや酒に取り憑かれてしまったのかもしれない。
二日酔いのまま飛行機で家に帰り、ぐったりと畳の上に倒れ込む。
こんなに居心地がいい部屋なのになぁ…。
というか未来が危ないって、守護霊ぺらぺらだし、自分でなんとかするしかないじゃん。
倒れてる暇なんてないと思い、立ち上がって体内を塩で清めるべく、がっつり二郎系ラーメンをすすった。
そこから今日に至るまで、ニンニクでお腹を壊したり、歯に青のりがずっと挟まっていたり、息切れするような悪夢に追われ続けている。
窓ガラスにそっと手で触れただけなのに、バリバリに割れて家から出られなくなった。
有料課金すればタクシーが見つかるというので課金してやっとの思いで、乗車成功した矢先、途中で前の方がお産の荷物を一式忘れたので、すぐに戻らないといけないと言われた。
降ろされた場所が、全く知らない駅から遠く離れた神社兼お墓だったので、少し怖くなった。
仕方がないけれど、代わりのタクシーが来ることもなく、謎に彷徨った。
言えることばかりではないが、散々な日々を送っている。
ここまで書いてきたが、現在進行形でまだ不穏なことが起こり続けているので、オチが存在しない。というか思いつかないし予測できない。
これも悪霊のせいに違いない。
シャワシャワシャワシャワと蝉が、殴るような声で暴れている。
これを読んだあなた。どうか真相を暴いてください。
それだけが私の望みです。
<第16回に続く>