選択的夫婦別姓も同性婚も認められないこの国は、一体なにに怯えているのか。結婚をめぐる問題をエンターテインメントでくるんだ話題作【古内一絵インタビュー】
更新日:2024/11/8
夫婦同姓の強制は、人権に関わる問題

――作中では、「結婚や妊娠を、とにかく“おめでたいもの”にしておきたい流れが、大昔から脈々と息づいている」という一文がありました。「おめでとう」という言葉で、結婚や妊娠の本質を覆い隠すことについて、古内さんはどうお考えですか?
古内:結婚も出産も覚悟がいることですし、決しておめでたいだけではありません。それによって失うものもたくさんあります。ですが、そういったことに蓋をして、「結婚や出産はおめでたいものだ。みんなもそうしよう」と言うのは罠だと思うんですよね。
特に、結婚式の時だけ女性を持ち上げることが、私はとても嫌だなと思います。その時だけきれいな格好をさせて、絶世の美女のように褒めたたえて、式が終わったとたんに「うちの嫁」扱いしてくる。結婚経験のある方なら、きっと身に覚えがあるのではないかと思います。
――結婚すると夫婦ふたりの戸籍を新しく作りますが、言葉のうえでは「入籍」と言います。それも、女性を“嫁”扱いすることにつながっている気がします。
古内:そうですよね。特に女性は、苗字が変わった瞬間に「お前はこっちの家族」という扱いをされます。妻を「うちのもの」にしたいから、夫婦別姓を認めたくないんでしょうね。それが本音だと思います。
――その一方で、作中では「今が過渡期」とも語られています。古内さんも、現在は選択的夫婦別姓制度が認められるまでの過渡期だとお考えでしょうか。
古内:そうですね。人間にはいろいろな感情があり、「これが正しい」と思っても、すぐにそこに行けるわけではありません。この小説にも秀夫という年配の男性が登場しますが、彼は夫婦別姓も同性婚も本心からは認められないでしょうね。でも、理解できなくても、他の人の自由を邪魔しなければいい。そうすれば、世の中は変わっていくと思います。
私は、日本がディストピアになるのを見たくありません。より良い方向に変わるためにも、みんなで話し合い、意見をぶつけ合う時だと思います。
――その一方で、夫婦別姓や同性婚について話すと「フェミの人」扱いされることがあります。20代の瑠璃も、「私はフェミの人ではないのだし」と議論を避けようとします。その温度差については、どう感じていますか?
古内:女性が少しでも選択の自由について話すと、フェミニズムの問題にすり替えられるのはおかしな風潮ですよね。ただ、「まあ、いっか」と割り切ろうとする瑠璃も、そうやって目をつぶっていては大切なものを見過ごしてしまうことにも気づいていきます。
彼女自身はあっけらかんとしたもので、別に苗字が変わることに抵抗はありません。だからと言って、他人の自由を阻害することもしない子です。こうして、いろいろな自由が認められて、その人たちが幸せになることを邪魔しない世の中になるといいですよね。
――選択的夫婦別姓制度も同性婚も、選択肢を増やすことにつながります。より多くの人たちが生きやすくなる制度だと思いますが、なかなか議論が進みません。達也は「令和の世になってさえ、選択的夫婦別姓も同性婚も認められないこの国は、一体なにに怯えているのだろう。そうまでして首根っこを押さえておかなければならないほど、俺たちは愚かしい存在か」と考えますが、ここには古内さんの意見が反映されているのでしょうか。
古内:そうですね。一体なにに怯えているんだと思いますね。みんな同じ方向を向いていないと、そんなに不安なのか、と。未婚率の高さや少子化を憂いているのなら、もっと自由にさせてもらいたいですよね。
――涼音の祖父は、「そうやって、家族単位で助け合わせておいたほうが、国の偉い連中は楽なんだよ」とも語っていました。
古内:実際そうなんじゃないかと思いますね。同じ方向を向かせておけばまとめるのが楽だし、介護や子育てを女性に押しつけてしまえば、福祉に力を入れる必要もありません。こういうからくりに目を向けて、みんなもっと怒ったほうがいいですよ。「私たち女性は、花嫁衣裳を着せられてちやほやされて喜ぶほどバカじゃない」って。
――今、怒ったり批判したりすることを良しとしない空気があります。そんな中、「私たちは本当は、もっと本気で怒っていい」と語られることに、勇気づけられました。
古内:女性が怒ると、すぐに「フェミだ」って言われますよね。でも、そうではありません。自由を阻害されている人間がいるのだから、これは人権の問題です。今の日本では、夫か妻のどちらかが改姓しなければならず、改姓したくない人の自由が損なわれています。現状では、改姓するのが圧倒的に女性側なので、フェミニズムの問題に置き換えられているだけ。もっと声を上げてしかるべきだと思います。
スイーツは、特別な祝福とともにある

――結婚に際して直面する問題を描くと同時に、前作同様、スイーツの描写にも力が入っています。今回は、達也が涼音とともに新しいパティスリーを立ち上げますが、執筆にあたって取材をされたのでしょうか。
古内:前回に引き続き、鎌倉の人気パティスリーのシェフ・パティシエールに取材させていただきました。そのお話がとても面白くて。普通、ホールケーキは偶数に切り分けますよね。ですが、ウエディングケーキは偶数で割り切れないように作るのだそう。奇数に分けられるようにデザインして、絞り飾りも絶対に偶数にしないと伺い、「そこまで気を遣うんだ」と驚きました。
前作にも書きましたが、お菓子の歴史って面白いんですよね。お菓子は、食事と違って必要不可欠なものではありません。ですが、西洋、東洋どちらのお菓子も、歴史をたどると宗教が関わってくるんですね。修道院やお寺で作ったお菓子が、レシピとともに広がっていく。実際、日本でもお彼岸におはぎやぼたもちを、雛祭りには雛あられを食べますよね。お菓子は、特別な祝福、神や仏のご加護とともにあるものなんです。今でも、私たちはうれしいことがあった時や何かのごほうびに、甘いものを食べます。お菓子に関する興味はまだまだ尽きないので、次もスイーツに関する小説の準備をしています。
――この作品の手ごたえはいかがでしょう。『最高のアフタヌーンティーの作り方』を書き終えた時は、「続編を書けそうだ」と思ったそうですが、シリーズ第3弾もあり得るのでしょうか。
古内:これに関しては、この2作で終わりだと思います。でも、『最高のウエディングケーキの作り方』は、本当に書けてよかった。政治家も、選択的夫婦別姓制度に前向きに取り組むと言っていたのに、また慎重な姿勢に戻っているじゃないですか。本当にいい加減にしてくれと思いますね。ぜひ、この小説を皆さんに読んでもらい、話し合うきっかけにしてください。エンターテインメントとして楽しめるように書いていますので、身構えずに読んでいただけたらうれしいです。