「成長物語がしんどい時もある」『後宮の烏』原作者・白川紺子が新作で描く、不完全な自分を受け止める方法【インタビュー】
更新日:2025/1/20

累計130万部超えの人気作『後宮の烏』がアニメ化したことでも話題の白川紺子さん。そんな白川さんの最新作であり、初の単行本となる『龍女の嫁入り 張家楼怪異譚』が11月26日に発売された。
ダ・ヴィンチWebでは、発売を記念して白川さんへインタビューを敢行。作品に込めた思いや、作品が生まれるまでを伺った。
――『龍女の嫁入り』というタイトルから、恋愛ファンタジーの印象を抱きましたが、怪奇ミステリーの読み心地も強くて、大変わくわくさせられました。
白川紺子(以下、白川):いつか中華ホラーを書いてみたいと思っていました。もともと読み手としては、櫛木理宇さんや芦花公園さんのようなぞくぞくさせられるホラーやサスペンスが好きなんですよ。子どもの頃はオカルトブームだったので、幽霊やUFOの話に触れるのも好きでした。
でも書くのにはあんまり向いていないなという自覚があって、人間関係の描写に注力してしまう。ただ、結婚をテーマにすることが多いのは、恋愛小説を書こうというより、見知らぬ他者と出会って、互いを理解し、関係性を育んでいく過程を追うのが好きだから。
――とにかく病弱な、豪商の末息子・琬圭が、命を救ってくれた道士から縁談をもちかけられ、龍王の血を引く道士の娘・小寧と結婚することになる……という設定はどこから生まれたのでしょう。
白川:中国の怪奇小説に、龍女が登場する物語がいくつかあったんです。親の決めた許婚(いいなずけ)とか、お見合いとか、本来ならまじわるはずのない二人の出会い、というのも好きで。最初は反発している二人の距離が徐々に近づいていく感じを書きたいんですよね。
生活のうえであたりまえだと思っていることが違い、なじみのないしきたりを覚えていかなきゃいけないのは、現代の結婚でも同じですが、異類婚姻譚のかたちをとることで、いっそう他者との歩み寄りを描きやすくなるなと思いました。
――小寧の登場シーンからして、二人の生きてきた世界がまるで違うことが明らかですよね。
白川:彼女が雲に乗って嫁入りする場面は、最初に思い浮かびました。琬圭がおっとりした優男というのも決まっていたので、小寧はツンケンしていてはねっかえりな態度で、なかなかなじまない感じがいいなあ、と。でも書いていくうちに、意外と面倒見がよくて、なんでも助けてくれる子だなと思うようになりました(笑)。
――幽鬼(死者の霊)が見えるどころか呼び寄せてしまう琬圭を助けてくれるし、追い払うのに雷を落とすのは人間界ではちょっと……と言われれば守る。「人間と結婚するなんて時代遅れ!」と文句を言いながら、わりと素直なのがかわいいです。
白川:人間の血が入っている小寧は、龍でも人でもない半端者のような扱いを受け、ずっと孤独を味わってきた。琬圭との結婚に乗り気なわけじゃないけど、妻という立場を失ったら小寧は他に行き場がないんですよね。自分に面倒がふりかかるのもいやだし致し方なく、というところもあったとは思うのですが。

――琬圭もまた、家族のなかでは厄介者のような扱いを受けてきたからこそ、小寧に寄り添い、救うことができるというのが、いいですよね。龍女であり人でもあるということは、半端なのではなく、どちらの力も併せ持つのだと……その言葉は、自分には特別秀でたものが何もないと思ってしまう、私たちの心も救ってくれる気がします。
白川:私自身があんまりできた人間ではない自覚があるので、一途に頑張って成長する物語に触れると、しんどくなるときがあるんです。理想が高いぶん、追いつけない自分が情けなくて、足りない自分に悔しくなって。大人になるって、言葉は悪いですけど、身の程を知ることでもあるじゃないですか。自分にできることとできないことを見極め、等身大の自分を受け止めていくことができて、初めて自己肯定感を高めることができる。
小寧は、自分が完璧な龍にはなれないことにとらわれ、できないことにばかり目が向いていたけれど、琬圭との出会いによって、そういう自分だからこそできることがあるのだと自信をもてるようになったらいいな、と思いました。
――その、自信をもつための過程、琬圭との距離が近づいていくきっかけが、わりとおそろしい幽鬼にまつわる事件というのも、いいですよね。
白川:自分としては、あんまり怖くならなかったな、と思っているんですけど(笑)。悪人を書くのもあまり得意ではないのですが、生と死の境界を描くのが好きなんです。妖怪だと別の生き物になってしまうので、また話は変わってくるのですが、小寧が龍と人のはざまに立つ存在であるのと同じように、人であるのに人じゃないというところに惹かれるんだと思います。
――人としての人格を残しながら、幽鬼としての性のように人を襲う。何かが欠けてしまった、あるいは変容してしまった感じが、読んでいて切なかったです。一方で、琬圭たちの協力者となる蘭芳という、カラッとした性格の幽鬼もいるわけですが。
白川:恨みが強くてもするっと成仏する人もいるだろうし、うっかり事故死してしまっただけなのに、意識が残り続けて怨霊のようになってしまう人もいる。どちらに転ぶのか、明確な理由がないほうがいいなと思いながら書いていました。
私の身内に、レビー小体型認知症を患っている人がいて、幻覚や幻聴に襲われ、攻撃的になって、もともとの性格からは考えられない行動に出るんです。まさに、何かにとり憑かれたようで、自分もいずれそうならないとは言い切れない怖さがあるんですよね。
――人にせよ、龍にせよ、望んだとおりには生きられないのだということが、本作ではさまざまなかたちで、浮かびあがっていた気がします。一方で、蘭芳が未練を残す女性と、姿が見えないはずなのに今も通じあっていることがわかる描写にも切なくなりました。
白川:暗殺者である蘭芳の設定は、参考文献を読んでいて思いつきました。唐の時代には、暗殺を生業にする若者を詠んだ詩が多いんですね。いつ死ぬともわからないから、稼いだお金は勢いよく使ってしまう。お酒を飲んで、妓楼に行って、また暗殺をしての繰り返し。刹那的な生き方をしているからこそ、妓楼の女性と心を通わせることもあったかもしれないなと。女性に蘭芳の姿は見えないけれど、生と死の境目を越えて繋がりあうものがある、というのも書けてよかったと思います。

――『後宮の烏』も中華風の世界観ですが、もともと中国の文化にご興味があったのでしょうか。
白川:岡本綺堂が翻訳した『中国怪奇小説集』という作品に触れて、中国の不思議な話に興味をもつようになったんです。大学時代は第二外国語に中国語を選択して、中国文学も勉強したんですけど、なにぶん世界史音痴なもので(笑)。歴史的な背景は『後宮の烏』を書くときに一から勉強しました。
琬圭は成都随一の高級旅館を営んでいるという設定ですが、これは邸店と呼ばれるもので、ただの宿泊施設ではなく、遠隔地から商売にやってくる客商が主な宿泊客であるため、品物を預かる倉庫があったり、仲介業を行ったりしていたんです。蘭芳の設定しかり、調べて興味を惹かれた当時の文化が、作中に反映されています。
――さまざまな境界に触れながら、徐々に夫婦らしくなっていく二人の物語を描いて、改めて見えてきたものはありますか。
白川:夫婦って、不思議ですよね。コロナ禍で夫がリモートワークになったとき、四六時中一緒に過ごすことになったんですけれど、思いのほか、それがいやではなかったんです。生まれ育った環境の違う他人が、毎日、何年も一緒に暮らし続けることができるというのはすごいことなんだなと改めて思いました。誰とでもできることではないからこそ、出会いがかけがえのないものとなる。足りないところを補いあいながら理解しあう、寄り添いあうことの意味をこれからも書いていきたいなと改めて思いました。
――人としての見た目は少女に過ぎない小寧を、琬圭が尊重し、いきなり夫婦らしくなろうとするのではないところも、今作はよかったですね。
白川:いくら昔の話とはいえ、いきなり艶っぽい関係になるのはどうかなと思いましたし、琬圭も最初は子守気分にしかならないだろうな、と。でも、時間をかけてじっくり信頼を育んでいくことが、二人にとっては必要だったのでしょう。でも「あ、この人なんだ」と天啓がくだるように確信する瞬間って、人それぞれだと思うんですよね。二人とは違って、出会ったその日から恋が始まる夫婦がいてもいいし、恋愛とはまた違う感情で繋がる夫婦がいてもいい。いろんなかたちを描いていけたらと思います。
――個人的には、この先の二人も知りたい……というか、もっと二人が解決する幽鬼の話を読んでみたいのですが。
白川:あまり考えていなかったですが、そうですね……もし機会があれば。そして読者のみなさんが望んでくださるのならば、書くこともあるかもしれません(笑)。『後宮の烏』のアニメ化で、読者層が広がったのを感じる一方、それ以前からずっと私の作品を好きでいてくださる方もいて。
毎年、参加している星海社のミステリーカーニバルというイベントに、読者のかたがたくさん来てくださって感激したこともありました。みなさんのおかげで書き続けていられることを日々実感します。今作は初の単行本ということで、これまでとは形式も値段もやや異なりますが、変わらず楽しんでいただけることを願っています。

取材・文=立花もも、撮影=川口宗道