芥川賞受賞作『バリ山行』に先駆けて発表された松永K三蔵のデビュー作!『カメオ』で描かれるのは、サラリーマンの日常に押し寄せる不条理の連鎖
PR 公開日:2024/12/21

今年の夏、第171回芥川賞を受賞した松永K三蔵さんの新刊『カメオ』(講談社)が、このほど出版される。本作は、2021年に第64回群像新人文学賞優秀作を受賞した松永さんのデビュー作。平凡な日常のなかで主人公に押し寄せる「不条理」を描き、その世界観は芥川賞受賞作である『バリ山行』にも通じるクセになる面白さを持つ。
主人公は物流倉庫で働く高見。前任担当者が体調不良で休職したため、ある日、唐突に神戸の須磨に建てる倉庫の建設担当にさせられる。その案件は、本社からの命令で何としても年度末完工は必須というもの。「ちょっと近隣がうるさいらしい」とは所長から聞いていたものの、現場に行った高見はその原因を知って衝撃を受ける。前任者が参ってしまった原因は、現場の西隣に住む謎の男、貫井亀夫(おそらく長期間定職に就いていない)が、あれこれと文句をつけて呼び出していたことにあるらしい。高見も初日から2時間にわたり亀夫の苦情を聞き続ける羽目になった。その後は毎日のように亀夫から電話があり、高見が現場に行けばもちろん説教。亀夫のせいで工期は遅れに遅れ、本社からは激しくせっつかれ、高見は板挟みに苦しむ。
と、こうしたシチュエーションだけでも、サラリーマンにあるあるの「不条理」な悲哀が伝わってくるだろう。高見の本来の仕事は施設保全担当で、前職が住宅デベロッパーの現場監督だったからという理由だけで押し付けられた担当だったし、倉庫の使用目的は特に決まっておらず、建設目的は年度末の数字合わせ。クレーマーへの対応も会社からは「うまくやれ」の指示のみで、具体的なフォローは一切ない。一方、本来の仕事は溜まっていくばかり…この手の苦しみに覚えのあるサラリーマン諸氏、割といるんじゃないだろうか。
さて、物語は亀夫が急死してしまうことで急展開を迎える。工事は比較的スムーズに進みはじめたものの、亀夫が飼っていた犬をなぜか高見が預かる羽目になるのだ。亀夫の姉から「葬儀の間の数日だけ」と頼まれたものの、期日が過ぎても連絡はなく、連絡をしても間違い電話――結果的には高見は犬を押し付けられる形となる。
はっきり「ノー」と言えない高見の性格が招いた悲劇だが、そんな自分を呪いつつも、まじめで人のいい高見は懸命に問題に対処する。元の飼い主にちなんで犬の名前は「カメオ」。最初は対処に困るばかりだったカメオとの関係がよくなっていく様には心なごむが、そうはいっても飼っているのは高見の「ペット禁止」のマンションの一室で、こんどはマンション住民とのトラブルまで起こりはじめ…と、とにかく高見は踏んだり蹴ったりの目にあいまくるのだ。
松永さんの小説が面白いのは、こんな不条理の連鎖をとにかくユーモラスに描いてしまうこと。いかにも「笑わせよう」という気負いはないのに、自然に人というものの「可笑しみ」が伝わってきてつい笑ってしまう。なお主人公の高見はロードバイク乗りでもあり、走っている最中の爽快な実感はスカッと物語を引き締め、ストレスも発散(ちなみに松永さんもロードバイク乗りなので、描写はとてもリアルだ)。読後は思わず「高見、おつかれ~」と、肩を叩いてあげたくなる、人間くさくてオモロイ物語だ。
文=荒井理恵