吉本興業を創った姉弟、『わろてんか』モデル吉本せいと林正之助の愛と勇気の言葉

小説・エッセイ

公開日:2017/10/26

『吉本せいと林正之助・愛と勇気の言葉』(坂本優二/イースト・プレス)

 朝の連続テレビ小説『わろてんか』(NHK)が10月2日にスタートし、お茶の間に新たな朝の時間を届けてくれている。タイトルの通り「笑い」に人生を懸けた人々を扱った物語である。「わろてんか」とは、「笑ってください・笑ってほしい」という意味の大阪の魔法の言葉だ。葵わかなさんが演じる主人公の藤岡てん(幼少期役は新井美羽さん)のモデルとなった吉本せいをご存じだろうか?

 吉本興業の創業者である吉本せい。“笑いの女王”と呼ばれながら、波瀾万丈の生涯を生き抜いた彼女の言葉が詰まった『吉本せいと林正之助・愛と勇気の言葉』(坂本優二/イースト・プレス)が発刊された。今や日本一のエンターテインメント企業へと成長した吉本興業を創り上げた姉弟、吉本せいと林正之助の遺した数々の言葉を手がかりに、生き方のヒントを私たちに教えてくれる一冊だ。

 明石家さんま、ダウンタウン、小籔千豊、ナインティナイン、ノンスタイル…、挙げたらキリがないほどのお笑いスターたちの所属事務所である吉本興業。そんなお笑い帝国を築き上げた姉弟の生き方を少し覗いてみたい。

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花と咲くか、月と陰るか、すべてを賭ける。-吉本せい

 なんばグランド花月(大阪)、神保町花月(東京)、よしもと祇園花月(京都)…よく耳にする、吉本の運営する劇場が冠する「花月」という屋号。実はそれには「花と咲くか、月と陰るか、すべてを賭ける」というせいの覚悟が込められている。花(成功)か、月(失敗)か、どちらに転ぶか分からない寄席経営の世界ですべてを賭けて奮闘した彼女は大阪の寄席業界を制圧。東京にも進出し、日本有数の芸能プロダクションへと成長させた。今を生きる私たちが、自分の信じた道を突き進んだ彼女の姿勢から学ぶべきことは実に多い。

ええもん食え、ええ服着ろ、ええ家に住め。-林正之助

 「芸人は借金してでも、ええもん着なあかん」正之助はよく芸人たちにこう説き、ときには自分の選んだネクタイや服をプレゼントしたり、一流の店の寿司を振る舞ったりしたという。一流の衣食住に触れることにより、人はそれにふさわしい自分になりたいと思うようになる。彼はそんな「引き寄せ」の考え方をよく理解し、一流芸人の卵である三流芸人たちに実践させていた。ワンランク上の体験を得ることで自分を成長させるという考え方は芸人のみならず、全ての「高みを目指す人」にとって非常に重要なことではないだろうか。

芸人にちゃんと自尊心を持たせてやりや。-吉本せい

 せいの時代の定期券というものは、エリートであるサラリーマンや学生だけが持つことの許される一種のステータス・シンボルだった。吉本は阪急電鉄と阪神電車の定期券を大量に買い込んで、寄席までの交通費として芸人に貸し与えていたという。職業柄、日ごろ世間から軽視されていた芸人たちも、定期券を持つことで自尊心を保つことができたのだ。芸人たちが社会の中での生きづらさから僅かでも解放されるようにという、彼女の思慮深さがうかがえる逸話である。

 本書では見開きにつき1つずつ、計85の「愛と勇気の言葉」と著者による解説が綴られている。「お笑い」という人材こそが命である特殊なビジネスで成功した姉弟の考え方は、ストレートに彼女らの生き方を示している。それらの言葉は、自分の人生に行き詰まりを感じる人、部下の育て方に悩む人など、多くの現代人の生き方にヒントを与えてくれるのではないだろうか。一日の始まりの朝ドラ『わろてんか』とともに、毎朝1ページずつ本書をめくって姉弟の言葉を噛みしめてみるのも良いだろう。

文=K(稲)