【第2回】ちゃんもも◎『刺激を求める脳』/??#1
公開日:2018/8/26

もう真夜中だというのに、人がまばらに道を埋めている。
朝方まで始発の電車を待つ者。時間などは忘れてしまい、もはや朝が来るのを拒んでいる者。それぞれが別々な目的のために彷徨い続けている。
その大半が問題なく次の朝を迎え、数時間前の自分に後悔の念を抱き、何事もなく、またその日を生きはじめる。
広い、この東京という街の、たった一人を除いて。
高いビルの屋上に、一人の若い女が屈託のない笑顔で何かを喚いている。
まばらになった人波の一部がそれに気づきはじめて歩幅を緩める。
「なに、あれ?」
「なにか叫んでるよ」
「ヤバイクスリでもやってるんじゃない?」
「あの女の人、どっかで見たことあるかも……」
さして珍しくもない光景を各々に解釈しながら、決して自分には関係のない対岸の火事のように、興味本位そのままに目を向ける。
女は、尚も何かを喚き続ける。
「佐藤……幸正……」
高いビルの屋上から叫ばれる声は、地上の人々には届いていなかった。
やがてまばらだった人だかりはその密度を高め、ある種、導かれた救いを求める人々のように集まっていった。
「きゃっ」
声が上がったのは、ビルの屋上から女が飛び降りた瞬間だった。
そこかしこから悲鳴が上がる。
ぐしゃっと鈍い音を立て、女は地面に叩きつけられる。
一部始終を観ていた者、事が起こってから人だかりに加わった者が入り乱れ、更なる人だかりを増殖させていく。
やがてパトカーか救急車か区別のつかない、入り乱れたサイレンが鳴り響き、遠巻きに観ていた者が少しずつ落ち着きを取り戻しはじめる。
「ねえ、さっきあの人、飛び降りる前に『佐藤幸正』って言ってなかった?」
「え?『佐藤幸正』って、もしかしてあの『佐藤幸正』だったりして」
「なにか関係あるのかな?」
「だとしたら、事件だよね」
「そうだって。絶対そう言ってたよ」
「俳優の『佐藤幸正』だったとしたらショックなんですけど」
「私も……」
写真モデル=シイナナルミ
撮影=飯岡拓也
スタイリング=TENTEN
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