強面で口の悪い店主がいる焼鳥屋に突入してみた…。 飲兵衛が歓喜する酒の迷宮ガイド
更新日:2018/10/22

「これぞ酒場中の酒場」というような、味のある居酒屋や焼鳥屋。「自分のための1軒」として、そんな店を探している人に手に取ってもらいたいのが、『今夜はコの字で』(加藤ジャンプ:原作、土山しげる:画/集英社)だ。
原作を手がけたのは「コの字酒場探検家」であり、四半世紀で400軒(!!)以上のコの字酒場を訪れているという加藤ジャンプ氏。このマンガの元となった『コの字酒場はワンダーランド』の著者としてご存じの方もいるのではないだろうか。作画にあたったのは、『極道めし』や『勤番グルメ ブシメシ!』などを描いた食マンガの大家、土山しげる氏。本書ではふたりがタッグを組み、「コレが酒場の究極形!」という9軒のコの字酒場を挙げ、その魅力をマンガ仕立てで伝えてくれる。
■「コの字酒場」ってどういう飲み屋?
「コの字酒場」というのは、コの字型のカウンターが店内にデンと構えている大衆酒場。コの字の内側に店主や女将がいて、カウンターに座る客がそれを囲む形になるので、店主や女将の個性が出やすく劇場的。また、一文字やL字型のカウンターと異なり、コの字の対面に座った客とも、側面に座った客ともコミュニケーションがとりやすく、きっかけさえあれば知らない客同士でも一気に会話が盛り上がることもある。
“上座も下座もないそのカウンターは、誰がどこに座ってもフラットな関係。そんな空間が醸す「人のふれあい」と、その店でしか味わえない「極上の酒と肴」”
オビに書かれたこの1文が、まさに本書が伝えたい内容を伝えている。本書で紹介されるコの字酒場は、関東中心に全部で9軒。錦糸町や赤羽など、いかにもディープな街もあれば、自由が丘や横浜といった大衆酒場感の少ない街までカバーしている。作中では、コの字酒場初心者の主人公、吉岡としのり(30歳)が、大学時代の先輩で、コの字酒場にくわしい田中恵子(32歳)の導きを受け、1話ごとに酒場の魅力を知っていく流れのなかで、1軒1軒の店の雰囲気や名物料理、酒などを紹介してくれる。
■いざ、神楽坂のコの字ワールドへ
第1話で紹介されている東京・神楽坂の焼鳥屋「しょうちゃん」に実際に足を運んでみた。あるのは神楽坂通りから1本引っ込んだ細い路地。小さな店が軒を連ねているが、いずれも一見では入りにくい敷居の高さがある。白い高張提灯が目印の「しょうちゃん」も、そんな1軒だ。
「何だか入りにくそうな店だな…」という主人公の思いに自分も頷きながら引き戸を開けると、コの字カウンターが目に入ってくる。かつて蔵だったという白壁がいい感じに色づいた店内は、昭和を感じさせる雰囲気で落ち着いている。常連風のおじさんが数人、静かにグラスを傾けている。「いらっしゃい」という声のあと、どこに座ろうかと立ち尽くしていると、「つっ立ってねーで座んな」(店主)、「あ…はい」と席に着く。
「何にする?」(店主)という声に「ビ…ビールを」と答えると、しばらくして瓶ビールとキンキンに冷やされたビアタン(グラス)が目の前に。こうした流れはマンガに描かれたそのままで、思わず笑みが浮かんでくる。とりあえず喉を潤して、品書きから注文。本書が教えてくれたように名物の「皮」も忘れずに頼む。
店主のしょうちゃんは、一見強面なうえに口は悪いが、常連との会話の様子は実は普通のようだ。「ウーロンハイまだ?」(常連客)「うるせーな! 今作ってるよ!」(店主)などなど、慣れればかえって親しみや温かみを感じる。
さて、目当てにしていた皮が焼き上がったのは40分後。作中で主人公が「これが、か…皮っ!!」と驚いたように、時間をかけて徹底的に油を落とされた鶏皮は、一般のイメージとはまったく違い、カリカリとした独特の食感だ。「うまいよ! すごいよ!!」と絶賛していた主人公の感想に素直に頷くことができる。
頑固な職人気質のオヤジが切り盛りする居心地の良い居酒屋。それが、今回実際に行ってみて感じたコの字ワールドだ。本書は店や主人の雰囲気を的確にとらえ、それに合ったストーリーを盛り込んで紹介している。各店ごとの解説や取材の後日談もついているので、それぞれの街で暮らしたり働いたりしている方はもちろんのこと、酒場めぐりをしてみたいと期待している方々にも手に取ってもらいたい1冊。実際に足を運んでみれば、あなたもコの字ワールドの魅力にとりつかれてしまうはずだ。
文=井上淳