もし「偶然」が誰かの手によってつくり出されたものだとしたら――偶然を生み出す仕掛け人の物語
公開日:2019/5/22

世の中にはたくさんの偶然が存在し、ほんの些細な偶然によってその後の人生が大きく変わってしまうことがある。「あの時、あの道を通っていなかったら…」「あの時、風邪をひかなければ…」。そんな偶然が、もし誰かの手によって操作されていたとしたらどうだろう? 『偶然仕掛け人』(ヨアブ・ブルーム:著、高里ひろ:訳/集英社)は、「偶然仕掛け人」という人物が登場するファンタジー世界の物語だ。イスラエル人作家ヨアブ・ブルーム氏による本書は、人口約870万人のイスラエルで4万部を突破した話題の小説となっている。
物語の主人公は、新米の偶然仕掛け人・ガイ。彼の同期であるエミリーとエリックも重要な登場人物だ。彼らは、指令に基づいて偶然の出来事を引き起こす「偶然仕掛け人」で、さまざまな人たちの人生に関与していくことになる。たとえば、あるカフェでの出来事。ウェイトレスの女性と、常連の学生を結びつけるという指令のため、ガイはパズルを組み立てるように工作していく。カップをテーブルの端ギリギリの場所に置いてウェイトレスがカップを落として割るように仕向ける、彼女をクビにさせる、水道管を破裂させて交通渋滞をつくる、ウェイトレスと学生を引き合わせる…。といった具合だ。
(中略)彼は、シンプルな決断で、まさに起きようとしている変化を見極め、その変化を起こす。優雅に、静かに、ひそかに。たとえ人々がその変化に気づいたとしても、その裏に何があったかなんて、だれも信じないだろう。
またあるときは、作曲家の才能があるがそれに気づいていない男性を、現在の仕事をクビにさせ、音楽に触れさせ、作曲家に導くという任務も経験する。ただし、そのときはターゲットの男性の出勤時間を正確に計算していなかったせいで、他の従業員をクビにしてしまうという失敗をしてしまった。その後、他の偶然仕掛け人によって任務は無事に達成することになる。ガイにとって、同期のエミリーとエリックの存在は大きい。過去にはそれぞれ異なる仕事をしていた彼らだが、偶然仕掛け人になってからはお互いの悩みを相談できるよき仲間となった。
彼らが偶然仕掛け人になったばかりの頃、長官から言われた言葉が偶然仕掛け人の存在を的確に言い表しているといっていいだろう。
多くの人間が、偶然を仕掛けることは人の運命を決定すること―できごとの力で人々を新たな境地に連れていくことだと考える。それは幼稚な考え方で、ヴィジョンを欠き、傲慢に満ちている。(中略)
われわれは火を点けることはしないし、境界を踏みこえることもないし、自分の役割は人々になにをすべきか教えることだと思うこともない。われわれは可能性をつくる者、ヒントを与える者、心をそそる方向を示す者、選択肢を見つける者だ。
要するに、偶然仕掛け人とは決して神様ではないということ。自分の思うように他人の人生を操るなんてことは言語道断、それはとても幼稚な考えだと長官もはじめに強調している。望ましいあるべき姿に物事を整えるための「手助けをする」存在とでもいえばいいだろうか。仕事や恋愛、人間関係など、あらゆる悩みに直面する人々の人生をよりよくするために働くのが偶然仕掛け人なのだ。一方、他人の人生を操ることができる偶然仕掛け人だが、こと自分自身のことになるとなかなかうまくいかないらしい。自分や自分の周りの人に偶然を仕掛けることにためらいを感じてしまうという。本書では、同期エミリーの恋の行方も気になるところだ。
ある日、ガイのもとに不思議な指令が届き、物語が急展開することになる。指令には一文だけ「失礼ですが、あなたの頭を蹴飛ばしてもいいですか?」とだけ書いてあったのだ。この指令は何を意味するのか? 続きはぜひ本書でお楽しみいただきたい。
私たちの日常に起こるたくさんの偶然は、もしかしたら仕掛け人たちによるものかもと思わせてくれる作品だ。読後には、日常で起こる一つ一つの偶然を「特別なもの」として捉えることができるかもしれない。
文=トキタリコ