「現実がふわっと揺らぐ瞬間がある」“怪談実話”の定義とその魅力を『怪と幽』編集長に聞く【選書5冊】
更新日:2020/8/11
夏といえば怪談シーズン本番! というわけで、“お化け好きのバイブル”的雑誌『怪と幽』(KADOKAWA)編集長の似田貝大介さんに、「怪談実話」の魅力について教えていただきました。怪談実話とは、その名のとおり実際にあった出来事をもとに執筆される怪談のこと。田中康弘さんの『山怪 山人が語る不思議な話』や松原タニシさんの『事故物件怪談 恐い間取り』のヒットであらためて注目されるこの分野をさらに楽しむコツとは? オススメ作品5作とともに、似田貝さんがその魅力を語ります。

怪談実話の出発点には、体験談がある
──今日は怪談のなかでも人気の高い「怪談実話」について、お話しいただこうと思っていますが、そもそも怪談実話とはどういうものですか?
似田貝大介さん(以下・似田貝) ざっくり言うと、怪談には大きく分けて創作と実話の2種類があります。前者は著者の想像力によって生み出されたフィクション。怪談実話は、実際に起こった出来事を、体験者への取材や著者自身の経験をもとに書いたものです。出発点に体験談があるところが、怪談実話の一番大きな特徴ですね。これは活字だけでなく、稲川淳二さんの怪談語りにしても、テレビドラマの『ほんとにあった怖い話』にしても、実話がベースにあるものは怪談実話に含まれると思います。
──よく「実話怪談」という言葉も耳にしますが、同じものと考えていい?
似田貝 そうですね。「実話怪談」も「実話系ホラー」も同じような意味です。ただ『怪と幽』では、前身となった雑誌『幽』の頃から「怪談実話」という呼び名を使っていたので、僕は「怪談実話」で統一しています。
──なるほど。怪談実話ならではの面白さはどんなところにあるのでしょうか。
似田貝 こちらの想像を超えてくる、予想外の展開ですね。実際に読んでみると分かるんですが、怪談実話には起承転結に収まる話が少ない。オチらしいオチがなかったり、前後で矛盾があったり。その放り出されるような感覚が、とっても生々しくて面白いんですね。オーソドックスな幽霊話であっても、怪談実話には語られない「余白」が大抵あります。そこにあるものを想像するのも、怪談実話ならではの楽しさです。
──小説と比較すると、怪談実話は2、3ページから十数ページほどの短い作品が多いですね。
似田貝 一般人の体験談を描くものですから、どうしても短めの作品が多くなります。だから短時間ですいすい読める。身構えずに楽しめるのも大きな魅力ですよね。でも油断して読み続けていると、ある瞬間ふわっと現実が揺らぐような怖さがやってきます。こうした怖さのグルーヴ感を味わえるのも、怪談実話の醍醐味。僕は怖がりなので、こうなったら一回読むのをやめるようにしています(笑)。

怪談実話はかなりテクニックが必要なジャンル
──書店に行くとたくさんの怪談実話本が並んでいて、どれを読めばいいのか迷ってしまいます。このジャンルの最近の動向について教えてください。
似田貝 怪談実話がジャンルとして確立したのは今から約30年前、木原浩勝さんと中山市朗さんが扶桑社から『新・耳・袋』という怪談集を発表して以降です。1990年刊行の『新・耳・袋』やその翌年に生まれた『「超」怖い話』(勁文社、後に竹書房)を第一世代、『新耳』『超怖』チルドレンの黒史郎さん、黒木あるじさん、松村進吉さんらを第二世代とするなら、現在活躍されている松原タニシさんなどは第三世代でしょうか。新刊すべてに目を通せているわけではないので、偉そうなことは言えないんですが、ここ数年個性ある書き手が次々に誕生していて、怪談実話の新しい波が来ているなと感じます。
──一口に怪談実話といっても、書き手によってかなりテイストが異なりますよね。とにかく怖さを追求している作家もいれば、奇妙さや不思議さを大切にしている作家もいて。
似田貝 怪談実話って、実はかなりテクニックが必要なジャンルなんですよ。情報提供者は一般の方々ですから、話が上手というわけではありません。それを分かりやすく再構成し、原話の雰囲気も残しながら、一編の読み物に仕上げるには文章力がいります。怪談実話を色々読んでいくと、「この人の書き方は好きだな」という作家が分かってくる。作家ごとの特徴に注目しながら読んでいくのも、怪談実話のひとつの楽しみ方です。
──私の知り合いに「本当にあった話は怖くて読めない」という人がいるんです。そこでズバリ聞きますが、怪談実話に書かれている逸話はすべて、本当にあったことなんでしょうか?
似田貝 うーん、どうでしょうね(笑)。もし大量に刊行されている怪談実話本が100パーセント事実だとしたら、日本はすでに幽霊だらけになっています。じゃあ作り話なのかといえば、そんなこともないと思います。少なくとも僕が知っている怪談作家の皆さんは、しっかりと取材をされていますよ。幽霊がいるかどうかは別にして、何か不思議な体験をした人たちがいるのは事実でしょうね。超常現象の研究をしているわけではなく、あくまで怖い話を娯楽として楽しむわけですから、そこはあまりこだわり過ぎなくてもいいのかなと。読んだ怪談実話が、怖過ぎて死亡したという話も聞いたことがないので、安心してください。
ジブリやディズニーと怪談実話には共通点がある
──そもそも怖いもの全般が苦手、という人もいますよね。そんな人でも怪談実話を楽しむことができますか?
似田貝 本当に怖いものが駄目な方は、無理して読むこともないんじゃないでしょうか。ただし食わず嫌いはもったいない。『怪と幽』のスタッフには「怪談やホラーは避けて生きてきました」という人もいるんですが、そのくせジブリやディズニーが大好きだったりする。僕に言わせれば、どっちも立派なお化けの話ですよ。そう言うと「一緒にしないでください」と拒絶されるんですけど(苦笑)、見えない世界を扱っているという点では共通している。怪談って意外とあなたの好きな世界に近いかもよ、ということは伝えていきたいですね。

──ジブリもディズニーも怪談! そう思うとぐっと身近な気がします。この夏、怪談実話を読んでみようかなという読者にメッセージをお願いします。
似田貝 自分は幽霊なんて信じないという人に、「本当にそうですか?」と問いかけたいんです。「いる」「いない」という次元の話ではなく、日本人の多くは神社で手を合わせたり、困ったら神頼みをしたりするじゃないですか。みんな心のどこかで見えない世界への畏敬の念を抱いている。怪談実話を読んでいると、そんな普段忘れがちな「あの世」との繋がりがふっと浮上してくることがあります。ちょうどお盆シーズンですし、怪談実話をきっかけに、そんな気持ちを思い出してみるのもいいんじゃないでしょうか。
怪談や妖怪を楽しもうという気持ちは、心の余裕の表れです。目の前に命の危険が迫っている人が「怪談を読もうかな」とはならないですからね、たぶん(笑)。そういう意味では、心のバロメーター的なところもある。怖くて面白いのはもちろん、想像以上に広くて奥の深いジャンルなので、騙されたと思って読んでみてください。きっと「あなたの知らない世界」が広がるはずです。
【似田貝編集長が薦める怪談実話本5冊+α】

(1)黒木あるじ編『四十九夜 鬼気』(竹書房怪談文庫)
自分好みの怪談作家を探したければ、競作集を読むのがおすすめです。この『四十九夜』は、中堅・実力派と新世代作家のバランスがいいですね。初めて読んで気になったのは、冨士玉女さん。これからも追いかけていきたい才能に出会えました。大勢のシェフが腕を振るった自慢の料理が食べられる、そんなお得な一冊。髪の毛にまつわるエピソードが何作か入っていて、そのリンクも面白いです。
(2)清野とおる『東京怪奇酒』(KADOKAWA)
幽霊が目撃された現場に行ってお酒を飲む、という企画のコミックエッセイです。読んでいて感じるのは、清野さんのまじめな人柄ですね。怖がりたい、幽霊を見たいというストイックな気持ちがあふれているんですよ。ふざけているのに不謹慎じゃない、というバランスが絶妙です。ディテールも細かくて、リアルな怖さがあります。笑えるシーンも多いので、マニアから怪談実話初心者まで楽しめるんじゃないでしょうか。
(3)深津さくら『怪談びたり』(二見書房)
第三世代の注目株、深津さくらさん初の単著です。文章が読みやすくすいすい頭に入ってくるんですが、油断しているとふっと怖くなる。説明のつかないエピソードも多く、怪談らしい怪談を堪能しました。松原タニシさんの「怪談と結婚した女」という推薦コメントもインパクト抜群。版元の二見書房は松原さんの『恐い間取り』以来、怪談実話に力を入れていますが、もともとは中岡俊哉の『恐怖の心霊写真集』などで昭和のオカルトブームを牽引した出版社。そこがまた怪談実話でベストセラーを…という展開も熱いですね(笑)。
(4)高田胤臣著、丸山ゴンザレス監修『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)
タイ在住の著者によるルポルタージュです。タイに根づく民間信仰や古典怪談、心霊スポットなどが詳しく紹介されていて、近いようで遠い東南アジアの怪談文化に触れることができました。特に「ピー」と呼ばれる精霊について詳しく触れられている部分は、妖怪好きとして大興奮でした。自由な旅行が憚られる時代ですから、読書で異国情緒を味わってみてはいかがでしょう。世界各国の怪談実話を、もっと読んでみたいと思いました。
(5)東雅夫編『泉鏡花〈怪談会〉全集』(春陽堂書店)
文豪・泉鏡花が友人知人を集めて開いた怪談会の模様を、当時の記事を復刻することで再現した貴重な本です。旧字旧かな遣いですが、話し言葉で書かれているので意外と読みやすいですよ。現代の怪談実話に比べてやや素朴な味わいですが、中にはおっと驚くようなエピソードも。泉鏡花と聞くと格調が高いような気がしますが、この本では「おばけずき」の面がフィーチャーされていて、親しみがわきますね。巻頭の東雅夫さんと京極夏彦さんのスリリングな対談も見逃せません。

『怪と幽』第5号(KADOKAWA、2020年8月31日発売予定)

『怪と幽』でも毎号、旬の怪談実話作家3名の作品を掲載しているので、ぜひチェックしてみてください。第5号には、松原タニシさん、郷内心瞳さん、背杉よいさんに寄稿していただきました。第1特集は「次世代の探究者」と題して、この数年に面白い成果を発表した書籍と著者をフィーチャーしています。第2特集は小野不由美さんの「ゴーストハント」。こちらもお見逃しなく。
文=朝宮運河
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