累計30万部突破の人気シリーズ、待望の最新刊! 1日100円でなんでもおあずかりします──『あずかりやさん まぼろしチャーハン』
公開日:2020/12/23

大掃除をしていると、ため息をつきたくなることがある。着られなくなった洋服、はじめのほうだけ書きこんだノート、薄っぺらくなったタオル。無造作にゴミにすることができないのは、それらに思い入れがあるからだ。人に譲るわけにもいかず、捨ててしまう決心もつかず、そのままにしていては大掃除が終わらない……そんなとき、その品物を、タダ同然の値段であずかってくれる場所があるとしたらどうだろう?
「あずかりやさん」シリーズに登場する「あずかりや」は、まさにそんな商いをしている店だ。古ぼけた商店街にあるこぢんまりとした木造建築。そこにかかる藍色ののれんをくぐると、静かなたたずまいの青年が、分厚い紙の束をなでている。彼は、読書をしているのだ──目ではなく、その大きな手のひらで。あずかりやの店主・桐島透は、目が見えない。
桐島は、「あずかりや」をはじめて利用する客にこう伝える。
「一日百円で何でもおあずかりします。あずかり期限を決めていただき、料金は前払いとなります。期限を過ぎても取りに見えない場合は、こちらで処分させていただきます。期限より前に見えた場合は、差額をお返しできません。よろしいでしょうか」
店主の目が見えないことは、あずかりや稼業には有利なのかもしれない。あずかりやに来る客は、自分の顔も、品も見られず、あずけものをすることができる。そんな理由があるからか、はたまた、店主のていねいな仕事ぶりのおかげだろうか。「あずかりや」は、10年もの長きにわたって営業を続けてこられた。
これまでに桐島があずかったのは、記入済みの離婚届、生まれたての子猫、30年前に書かれた小説など、どこかにひとくせある品物たち。けれど、あずかりものに対する店主の態度は、あずかりやの日常を描く第1巻はもちろん、彼の青春時代が綴られる第2巻、時を経て伝わる想いをかみしめる第3巻に続き、最新刊の『あずかりやさん まぼろしチャーハン』(大山淳子/ポプラ社)でも変わらない。
たとえばある日は、女子中学生が、「半年後に引き取りに来なかったら投函して」と一通の手紙を託していく。別の日は、電話越しに、かたちのないものをあずかることになる。あるときは、店に迷いこんできた幼子を、またあるときは、河川敷で暮らす三人組の宝物を、さらにあるときは、名人の手による国宝級の盆栽をあずかる。店主は、それぞれのあずかりものを、平等に、真心をこめて扱う。
品物をあずけておくだけならば、コインロッカーやトランクルームを使うことだってできるのだ。ところが依頼人たちは、わざわざ店主と話す手間をかけ、あずかりやに物をあずけてゆく。おそらくは、あずけるものに、ひとりでは抱えきれない想いが入っているからだろう。それらの想いは、コインロッカーなどの無機物では持ちえない思いやりがあり、ちょっとした迷いや失敗もなくはない店主を通して、誰かに、たしかに、つながっていく。
栃木県にある「うさぎや書店」の推薦から累計30万部突破のベストセラーに育った人気シリーズ、待望の最新刊。ひととき心をあずけてみれば、その心は、読了後、じんわりとあたたまって戻ってくるはずだ。
文=三田ゆき