「BOOK OF THE YEAR 2022」ランキング1位 編集者インタビュー/小説部門 『マスカレード・ゲーム』担当編集・田島悠

小説・エッセイ

更新日:2022/12/8

『ダ・ヴィンチ』2023年1月号の特集は、本年の「本のランキング」を投票で決める「BOOK OF THE YEAR 2022」。ダ・ヴィンチWEBではこの特集に連動し、ランキング1位に選ばれた作品を担当する編集者へのインタビューを実施。
 小説ランキングで1位を受賞した『マスカレード・ゲーム』(東野圭吾)の担当編集、田島悠さんにお話を伺った。

(取材・文=阿部花恵)

累計495万部突破「マスカレード」シリーズの魅力とは?

 BOOK OF THE YEARの上位常連、いや“1位”の常連と言っても過言ではない東野作品。2022年の小説ランキング1位に選ばれた『マスカレード・ゲーム』では、警視庁捜査一課の係長となった新田浩介が、3つの殺人事件の謎を追って再びホテル・コルテシア東京での潜入捜査に挑む。

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「ガリレオ」シリーズ、「加賀恭一郎」シリーズなど、人気連作を多数抱える東野圭吾だが、累計495万部を突破した「マスカレード」シリーズならではの魅力とはどんなところにあるのだろう。

「まずは、さまざまな人が行き交う華やかなホテルを舞台に謎を解く、という設定が大きな魅力だと思っています。私が東野さんの担当を引き継いだのは昨年からですが、『マスカレード』シリーズに関しては『ホテルを舞台にしたミステリーを書きたい』という東野さんの言葉から始まったと前担当陣からは聞いています。弊社としてもとても大切に育てているシリーズです」

東野圭吾が描く潜入捜査&男女バディ

 もうひとつ、シリーズに共通する大きな魅力は「潜入捜査」だ。

「主人公である警視庁刑事・新田浩介が、ホテルマンの格好をして殺人事件の潜入捜査を行う。潜入捜査ならではのスリリングな展開と、高級ホテルの裏側が覗ける新鮮さ。これもまた他のシリーズにはない『マスカレード』シリーズだからこその見どころではないでしょうか」

 シリーズ最新作となる4作目では、まったく無関係に見えた3つの殺人事件それぞれと接点がある持つ人物たちがホテル・コルテシア東京に宿泊予定であることが明らかに。次なる事件を未然に防ぐべく、新田率いる合同捜査班の刑事たちがホテルマンとして潜入捜査を開始する。

「東野さんの担当になってすぐの頃、『マスカレード・ゲーム』の第1稿があがってくる前に、ホテル・コルテシア東京のイメージモデルであるロイヤルパークホテルを自分でも体験しなければと思い、個人的にこっそり宿泊してじっくり観察してきました。もちろん、東野圭吾さんの担当編集だなどとは一切告げずに。ある種の潜入取材の気分を味わえました(笑)」

 主要キャラクターの魅力も大きい。捜査一課の刑事である新田と、ホテル・コルテシア東京勤務の山岸尚美。異なる立場の男女2人が今回もバディを組み、それぞれの仕事にプライドを持ちながら事件の真相に迫っていく。

 さらに今作では新田を悩ませる強烈な新キャラも登場。シリーズに新鮮な風を吹かせている。

東野圭吾の担当編集になってわかったこと

 これまでも文芸編集者としてキャリアを積んできた田島さんだが、東野圭吾の担当になってあらためて気づいた魅力もある。

「東野さんの小説ってあまりにもスムーズに読めてしまうので、たまに読者に『これなら自分でも書けそう』と思わせてしまうことがあるらしいんですよ。でも実際は言葉選びひとつにしても常に的確かつ平易な表現を用いて、引っかかりがないように読める文章を東野さんがかなり意識しているからこそ、読者にそう感じさせることがあるのかと。そうした文章・文体も、実は東野作品の隠れた魅力だと思っています」

「とにかく読者に楽しんでもらいたい、本を手に取ってくれた人が読み終えたときに面白かったと思ってくれるような物語を作りたい。東野さんとお話をしていると、そうした強い気持ちを持っていらっしゃることを毎回実感します。『マスカレード』シリーズもミステリーとしての疾走感を保ちつつ、どの程度のボリュームであれば最も読みやすいのかまで含めてしっかり計算されていますから」

 では当代一の人気作家と向き合っていくにあたり、担当編集として意識していることは?

「自分が面白い、好きだと感じた小説や映画、ドラマなどに関しては、『この作品のここが面白かったです』と本音でどんどん伝えることは結構意識しています。打ち合わせを重ねていく中でも、やっぱりお互いの好きが共有されているほうが話し合いが進みやすくなりますから。

 東野さんの場合、第1稿ですでにとてつもなく精度の高い原稿なので、修正をお願いした部分はありませんでした。でも今回はラストのあたりで本作のテーマにもなっている“罪の意識”をどの人物にどう語らせるか少し迷われている部分があったので、こちらの意見もお伝えしつつやり取りしました。

 作家さんに物語の方向性に関する提案をするときは、やはり結構勇気がいるんですよ。私はいまだに慣れません。それでも、そこはしっかり本音を伝えなければならないので、『私としてはこういう展開のほうが好きかもしれません』といった伝え方をするように心がけています」

 最後に、田島さんが個人的に好きな東野作品とその魅力についても教えてもらった。

「『容疑者Xの献身』と『白夜行』はどちらも掛け値なしの名作だと思っています。2作とも読んでいる最中に『この人が犯人だろう』『こういう展開になるのでは?』と予想が思い浮かぶのですが、どちらも思いっきり裏切られる。もちろん、いい意味で。『こんなラストは絶対に誰も思いつかない』と確信できる結末まで連れて行かれますよね」

 クライマックスにおける衝撃という意味では、本作『マスカレード・ゲーム』も読者の期待を裏切らない。シリーズ総決算と銘打ってはいるが、この結末の先が気になって悶える読者も続出するはずだ。

「どうやってもネタバレになってしまうためあまり言えないのがもどかしいのですが、とにかくラストまで読んでいただければ、“シリーズ総決算”という言葉の意味が伝わるはずだと思っています。4作目ではありますが、この1冊だけでも間違いなく楽しめるエンターテインメントに仕上がっていますので、ぜひここから手に取っていただいても。映像化も含めたこの先の展開についても、現時点ではお答えできませんが東野さんとさまざまな打ち合わせを重ねている最中です、とだけお伝えさせてください」

(次回、マンガ部門は9日(金)公開予定です)