料理家・リュウジ「“雑メシ”に市民権を与えたい」初心者に成功体験を与える『虚無レシピ』に込めた想いを語るインタビュー

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公開日:2024/1/3

虚無レシピ
虚無レシピ』(リュウジ/サンクチュアリ出版)

発売から2ヶ月半で8.4万部突破(2023年11月時点)と大ヒットしている料理研究家・リュウジさんの著書『虚無レシピ』(サンクチュアリ出版)。調理のハードルが超低い&なおかつ猛烈に美味しいレシピをまとめたレシピ本だ。

「パックご飯に食材を載せるだけ」の料理まで掲載する本書には、「まずは料理の成功体験を掴んでほしい」「『こんな雑メシ出すの?』と言う人がいる世の中に終止符を打ちたい」という狙いがあったそう。そんな料理への愛と、「全人類に料理の楽しさを知ってほしい」という熱い想いが伝わる、リュウジさんのインタビューをお届けします。

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「ケチャップだけで超うまいナポリタン」誕生の背景

虚無リタン
筆者が作ってみた『虚無レシピ』掲載の『虚無リタン』。

――『虚無レシピ』のレシピを10種類ほど作ってみたんですが、特にナポリタン(虚無リタン)は「一生おいしく作れるレシピを学べたな」と感動しましたし、ケチャップだけでめちゃくちゃ美味しいナポリタンが作れることに驚きました。どうやってこのレシピにたどり着いたのでしょうか。

リュウジ:食材や工程を削ぎ落としていく虚無レシピでは、「ナポリタンって、何をもってナポリタンなのか」みたいな哲学的な問いにぶち当たるんですよ。その回答として生まれたのが、この本の「虚無リタン」です。結局、ケチャップが入っていればナポリタンだし、カルボナーラも「カルボナーラと名乗るにはベーコン要らねえな」と気づきました。

――以前にリュウジさんは「料理においては手間をかけるより省くことの方が難しい」と仰ってましたよね。今回の『虚無レシピ』は手間も食材も調味料も極限まで省いたレシピばかりなので、レシピ開発が難しかったのでは?

リュウジ:『虚無レシピ』は一番大変でしたね。だって、武器が多い方が戦いやすいじゃないですか。僕はゲームをよくやるのでゲームでたとえますけど、虚無レシピは「初期装備のままで何時間で魔王を倒せるか」みたいな“縛りプレイ”なんです。

 だから、普通にプレイするのより何倍も難しいんですよ。カルボナーラもベーコン入れたらおいしくなるのは当たり前ですけど、「ベーコンを入れないおいしいカルボナーラ」にたどり着くのは大変ですから。

――しかもケチャップだけのナポリタンを作ると、ナポリタンのベースになる味が分かるし、そこから具材を足すのも自由自在ですよね。この本には「料理のベースの味を読者に伝えたい」という狙いもあったのでしょうか。

リュウジ:行き着くところまでいくと、虚無レシピって「レシピの原点」なんですよね。だから自然とそうなったのはあります。

 最初は単純に「雑メシ」を作ろうと思っていたんですけど、その過程で「削ぎ落としたレシピって結構おもろいな」と気づいたのもありました。たとえば「麻婆豆腐ってどこまで削ぎ落としても麻婆豆腐でいられるのかな」と試してみると、実は豆板醤とか要らないし、それでもうまいと分かるんです。「虚無レシピ」にはそういう発見があるんですよね。

家庭料理は飲食店の料理よりおいしい。その明確な理由とは

リュウジ:「うまい」ということについては、多くの人が勘違いしていることがあります。「飲食店の料理の方が家庭料理よりうまい」と思っている人って多いんですけど、僕は家庭料理の方が全然うまいと思っています。なぜかというと、人間は家庭料理の方が一生で食べる回数が多いし、本当においしい外食の味は絶対に家庭料理に組み込まれていくからです。

 その代表例が日本のカレーライスです。カレーライスはもともと主にレストランで食べられていた料理だと思いますが、なぜそれが日本の家庭の味になったかというと、カレーライスがめちゃくちゃうまかったからです。オムライスなんかもそうですよね。だから家庭料理って、めちゃくちゃうまかった外食の料理を家庭に取り込んだものなんですよ。

――確かに、考えてみればそうですね……。

リュウジ:もちろん、たまに食べる外食は超うまいです。でも、それは「たまに食べるから」であって、僕は毎日食べられるものの方がうまいと思っています。そして、毎日食べられる家庭料理の骨組みさえ分かってしまえば、少しの手間で飲食店の味を作れます。この本の虚無パスタにトリュフをかけたらレストランで出せちゃうし、どんな料理も「多少のスパイスや特別なフレーバーを足せば飲食店の味になる」というのは一つの法則です。

 外で食べるご飯は「付加価値のあるご飯」なので、まあ当たり前のことなんですけどね。こんなこと言うとグルメの人に怒られると思いますけど、僕は世の中の全てをひねた目で見ている人間なので(笑)。そして家庭料理は、「手間暇をかけるよりも、ただただおいしさと手間の省き方を追求した方が完成度が上がる」というのが僕の考えです。

「リュウジだから許される」状況を生かし、雑メシに市民権を

リュウジ:あと、「料理研究家として売れている俺」がこういう雑メシをやることによって、全てが許されるのもあると思います。

――笑っちゃう話ですが、確かにそうかもしれません(笑)。

リュウジ:でも、それって超大事なことで。なぜかというと、この『虚無レシピ』に出てくる料理をフツーに家で出したら、「こんなヒドい料理を出すのか!」って怒る人がいると思うんですよ。でも、「このレシピ、テレビでリュウジがやっていたのよ」と言われたら、食べてくれる人もいる。そして虚無レシピは市民権を得るわけです。だからこの本のレシピを「これは料理です」と言い切って提示するのは大事だと思っています。

虚無ガーリックライス
書籍の写真通りパックご飯にのせて作ってみた「虚無ガーリックライス」。レンチン&混ぜるだけで超うまい!

――この本では本当に「パックご飯に何かをのせただけ」のレシピもありますもんね。「世の中の料理に対するハードルを下げよう」という狙いも本書にはあったのでしょうか?

リュウジ:それもありますね。料理のハードルが高くなりすぎたので、一回リセットした方がいいとは思っています。

 あと、パックご飯にバターのっけただけのレシピとかは、栄養バランスは最悪です。でも、そこに野菜とか肉を足せばいいんです。パックご飯のレシピに野菜炒めを添えて出したら、もう栄養バランス的にもOKですから。だから僕は「こんな雑メシ出すの?」という人がいる世の中に終止符を打つためにこの本を出しました。

――リュウジさんの本を読んでいると、家庭料理のあり方も時代に合わせてアップデートしていくことが大事なのかなと感じます。時代に合わせたレシピ本を作ることは意識していますか?

リュウジ:食の多様性は大事にしたいと思ってますね。僕は飲食店も超好きだし、家庭料理もめちゃめちゃ好きなんですよ。だから飲食店の料理も勉強するし、家庭料理も勉強しているので、結構ハイブリッドでやっていると思います。

 でも、そういうことをする人は、「やっぱり飲食店のレシピの方が高尚」となりがちなんですよね。特に男性ね。「あの店のこの料理こそ最高!」みたいなの、あるじゃないですか。でも僕は性格がひねくれているんで、それも違うかなと思うし、全てをニュートラルに持ってきたい。だからこそ「雑メシ」が市民権を得られるようにしたいと思ってきました。でも、20年前に僕みたいな人がこんな雑メシを作っていたらボコボコにされましたよ。

――「料理研究家がこんな料理を作っていいのか!」と言われたでしょうね。

リュウジ:今もたまに言われていますけどね。でも「雑なメシも至高のメシも両方楽しもうよ」というのが僕の提案で、だからこそ『リュウジ式至高のレシピ』というシリーズも出しています。あっちは飲食店の味なんですけど、『虚無レシピ』はその逆で、「家でしか食えないメシ」なんです。どっちもおいしいし、どっちがおいしいかはその日の気分にもよる。雑メシの方がうまい日なんて、腐るほどあります。

――この記事を読んでいる読者に特に作ってほしい『虚無レシピ』の料理は何ですか?

リュウジ:虚無チヂミは誰に食べさせても「やべえ」って言うし、実際うまいですね。豆腐と調味料だけで作れるし、あれこそ虚無レシピの真骨頂です。もちろんパックご飯に何かを載せるだけのレシピでもいい。まず成功体験を覚えてほしいんですよ、「俺うまいもん作れるじゃん!」となったら、料理へのモチベーションも湧いてくるはずです。でも、はじめの一歩が難しいレシピだと心を折られちゃうので、手間のかかるハードモードなレシピには慣れてきてからチャレンジしてほしいです。

「コンビニの料理の旨み」をベンチマークに最大公約数を狙う

――リュウジさんは味の素がテーマの本(『料理研究家のくせに「味の素」を使うのですか?』)も最近出版されましたし、この本のレシピでも味の素をよく使われていますね。僕は最近になって味の素を使い始めた人間で、確かに使うとおいしいと感じた一方で、「味の素を入れるべき料理と入れるべきでない料理」の区別がつきません。リュウジさんはどう判断されているのでしょうか?

リュウジ:僕は舌の味の乗り方で、旨味のパーセンテージが大体分かるので、それをコンビニやファミレスなどのチェーン店と同じレベルにしています。

 なぜかというと、コンビニやファミレスの料理は日本人に一番食べられていて、それが日本人の旨味の最大公約数だから。だから味の最大公約数を探していくと、チェーン店とかコンビニの味になるんです。コンビニの食品とかって、できるだけ多くの人に食べてもらうためにめちゃくちゃ労力を使って開発されていますから。

虚無エビマヨ
なんと冷凍えびシューマイを使って作る「虚無エビマヨ」。簡単で超おいしいこのレシピにも味の素が一振り入る

 それでもコンビニやチェーン店の料理を「まずい」と言う人はいます。なぜかというと、料理というのは突き詰めると「好み」の問題になるから。これは本気で料理に取り組んでいる人は絶対に分かる話だと思いますけど、100人中100人がうまいという料理は存在しないんです。

 その中でも世間的に「うまい」と言われる料理が何かというと、最大公約数が高いもの。「100人のうち80人がうまいと思う料理」です。そして、そういう最大公約数が高い料理が世の中に残っていくんですよね。

 そして僕が最大公約数の味を狙うのは、みんなに料理をしてもらいたいから。だから「チェーン店の料理なんておいしくねえよ」って人のことは気にしません。なぜかというと、そういう人たちは僕が何も言わなくても自分でおいしいものを探すし、自分でおいしいものを作るからです。

『虚無レシピ』のターゲット読者は「全人類」

――では今回の『虚無レシピ』を届けたい人は、料理をしない人、料理をしたいけれど上手くできない人なんですね。

リュウジ:いや、まったく違います。僕はこの本を全人類に向けて作っています。ただ、「これならアンタにもできるよ」と、初めて料理をする人に与えるために買う……という使われ方はよくしているみたいですね。

 この『虚無レシピ』は、めちゃくちゃちゃんと料理している人にも読んでほしい。多分、すごく怒ると思うから(笑)。「リュウジふざけんなよ!」と。ガチでボコボコに叩いてほしいし炎上してほしいです。

 でも、そういう人は『虚無レシピ』に出てくるようなレシピを自分で考案できないと思うんです。だって豊富に食材があって、豊富に調味料がある世界に慣れすぎているから。だからこそ読んでほしいし、こういう世界があると知ってほしいと思います。

――一方でリュウジさんが『虚無レシピ』のようなレシピを考案できたのは、「自分の一人メシ」として実際にこうした料理を作ってきた経験があるからなのでしょうか。

リュウジ:それもあると思いますけど、僕は「料理の中で触れていないジャンル」を作りたくないんですよ。まだ「弁当」だけは触れられていませんけど、それもやろうと思っています。

『虚無レシピ』は「節約をしたい人」や「一人暮らしをはじめて料理をしたい人」が興味を持つ本です。『至高のレシピ』は「外食みたいに美味しいものを食べたい人」向けの本です。そうやって色々なジャンルのレシピを作って、僕は料理研究家としてやりたいことをやりきっちゃった人間なんですよね。

 僕には「自分の料理を見せたい・広めたい」みたいな自己顕示欲は微塵もないんです。僕にあるのは「みんなに料理をやってほしい」という気持ちだけ。料理という楽しいことを共有したいだけなんですよ。だから料理をしてくれるなら俺のレシピじゃなくてもいい。

 この『虚無レシピ』から一歩を踏み出してもらって、ミシュランシェフの料理とか作れるようになってほしいし、俺を踏み台にしてもらって構いません。でも、最終的には絶対に俺に戻ってくると思います。

「料理研究家としてやりきった状況」でも死ぬまでモチベーションが続く理由

――リュウジさん自身も「めちゃくちゃ本格的な料理を作るようになったけど、最終的にはシンプルな家庭料理に戻っていった」という感じなのでしょうか?

リュウジ:若い頃はウナギを軒先で焼いたりとか、トムヤンクンで使われるパイマックルって葉っぱまで仕入れてタイ料理のコース料理を作ったりとか、凝った料理をよく作ってましたね。でも今は、家に来た友達に何を振る舞うかといったら、自分のレシピなんです。気兼ねなく作れるし、ウケが超いいから。

 もちろんグルメの人には少し別のものを作りますよ。でも、グルメの人って10人に1人もいないんです。「この店、何となくおいしいよね」という人が世の中の大多数なので、そういう人たち向けに僕は料理をしているし、レシピを作っています。

――「料理研究家としてやりきった」との言葉がありましたが、今リュウジさんの料理研究家としてのモチベーションはどこにあるのでしょうか?

リュウジ:僕が死ぬまでに世界の人口の100%を、料理をする人間にできないことですね。これは料理以外でも同じで、「世界の識字率100%」とかも絶対に達成できないじゃないですか。でも僕は、やれるとこまでやりたい。そして目標達成は不可能だから、モチベーションが落ちることもないんです。「料理をする人って人口の何%になったかな。このくらいまで増えたのか。じゃあ死のう」って感じで死にたいですね。

文・料理=古澤誠一郎


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