俳優兼YouTuberの新星・和田崇太郎『レーエンデ国物語』で感じた“人間の分厚さ”。作者・多崎礼と「創作におけるキャラクター論」を語る

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/2/27

多崎礼さん、和田崇太郎さん

このほど本屋大賞にノミネートされた『レーエンデ国物語』(多崎礼/講談社)。幅広い年齢層からの熱い支持を集め続け現在累計15万部の大ヒット中の本作について、著者の多崎礼さんと各界著名人とで語り合っていただく対談企画。今回は不屈の魂で我が道を突き進む若手代表として俳優・YouTuberの和田崇太郎さんがご登場。活躍ジャンルは大きく違うものの、話すほどにお二人の「熱き心」がスパークして――。

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●人間の分厚さがすごくいい!

――和田さんは「読書の醍醐味が詰まっている」と『レーエンデ国物語』の感想を寄せられていましたが、どんなところでしょう?

和田崇太郎さん(以下、和田):僕にとっての「読書の醍醐味」というのは、他人の人生を疑似体験できるってことで。その意味ではこの本は世界ごと違うし、他人の人生の疑似体験+アトラクション要素があるというか。実はファンタジーは「そんな世界あるかい」って気持ちが離れ気味なところがあったんですが、この本はめちゃくちゃ没入できて感情移入もしました。

多崎礼さん(以下、多崎):ファンタジーは読まない人はほんとに読まないので、そういう方が「面白い」って言ってくださるのは嬉しいです。実は私もファンタジー苦手で(笑)。

和田:えー。そうなんですか(笑)。僕は子どもの頃はよく読んでいましたけど、成長するにつれやっぱり「人間」にフォーカスして本を読むようになって、ファンタジーを読まなくなりました。いかに登場人物に共感できるかが大きいので、この本が「ファンタジーだろうが関係ないと」思えたのは人間がめちゃくちゃ分厚いからで。世界観推しじゃなく、ひたすら人と人との濃密なやりとりとか熱とかがあってすごく好きでしたね。

多崎:ありがとうございます。私の持論ではありますが、やっぱり「物語」って人間を書かないと面白くないじゃないですか。自分自身は煮え切らなかったり、いざというときに一歩踏み出せなかったりする人間ですが、物語ではちゃんと一歩踏み出して、躊躇してしまうような壁をブレイクしていく人を書きたいなって思っているんです。

和田:登場人物のまっすぐな強さにはシンプルに憧れます。僕も壁に当たった時に「でも、行くっしょ」みたいにはなるんですが、もっとブツブツ言っていたりするんで、そこは背中を押されるというか。子どもの頃から歴史の本にのるような「英雄」になりたいって思っているんで、ヘクトルには憧れます。人望があって決めるとこは決めるのに、娘に弱くてちょっとまごまごしたりする可愛らしさもあってめっちゃカッコいい。

多崎:ヘクトル人気だなあ。作者としてはヘクトルを「カリスマのあるリーダー」にしようというのは最初からありました。レーエンデという場所は、外の人間が嫌われる設定なので、レーエンデの人々がたくさん助けてもらった英雄にすれば受け入れてもらいやすいとキャラクターを詰めていったんですね。ごめんなさい、夢がなくて(笑)。

多崎礼さん

――多崎さんの物語の作り方はとてもロジカルですよね。和田さんもクリエイターとして映像作品を作られていますが、どんなふうに作られるんですか?

和田:僕の場合はYouTubeなんかにショート動画を出しているので、媒体の特性に合わせて「伸びる企画は何か」で考えて、そこから中身を決めていきます。この本とはだいぶ違う世界ですけど、たとえば「YouTubeでセフレものの恋愛がすごく強い」となるとテーマはそれにして、その中でどう描いていくかを考えるわけです。

多崎:確かに世界は違いますけど、「与えられたところで書く」というのは同じかも。ただ私は自分の好きなものしか書けなくて断ったりもするので、自由度は高いかもしれません。

和田:僕の場合はまだそれしか書いてない感じで、次もまた「不倫」で…ネットの世界はもうほんと、そういう汚い恋愛で溢れていますよ(笑)。

多崎:いやーそれは私には書けないわー(笑)。

和田:個人的には「どうでもいいわー人の恋路に口出すな」って思っていますけどね(笑)。具体的には僕の場合は「めちゃくちゃむかついた言葉」から作っていきます。たとえば実際に「あなたのために◯◯してあげたのに。どうしてそんなにひどいことできるの?」とか言われて、「別にしてほしいなんて言ってないし、欲しくないプレゼント渡されて喜べっておかしくないか?」って思ったこととか、そういう「一個ほんとうのこと」から作っていく感じ。そして非常に醜いものができるという(笑)。

多崎:私は他人からいろんなこと言われて、本当はこう言いたかったのに言えなかったみたいなことを登場人物に言わせたりします。「それは違う!」と思って腹が立ってもあまり表立って何かをするのはいやなので、ひそかに「復讐ノート」みたいに覚えておいて、それを書く(笑)。

和田崇太郎さん

●キャラの核にあるのは「自分」

和田:小説を読むたびに思うんですが、なんで作家さんはこんなにいろんな人間のことをまるごと分厚く書けるんですか?

多崎:うーん…自分の中にあるものが「核」になっていることが多いかな。自分がこうなりたいというものが核になっていたり、自分の弱いところとか悪いところが核になっていたり。それを肉付けしていく感じですね。

和田:自分の一部を付与してキャラが動いていくとして、どこで自分とは切り離された「こいつはこいつ」っていう距離が生まれるんですか?

多崎:作った瞬間に結構切り離してるかな…。自分の一部であるようでいて、全然別という感じです。

和田:僕の場合は書いているのが「自分」でしかなくて。たとえば4人出てくるとしたら、自分の違う側面が4枚立ったみたいな感じというか。ひとりの人間が4分割されて出てくるので、自分としては「薄っー」て感じなんですよね。

多崎:1/4になったとしても、たぶん何かを付加していると思いますよ。たとえばこの人間は自分の「目」だとして、でも目だけの人間はいないから体を作る。そうやってだんだん自分の一部を持った別人になっていくので、たぶん思っているほど薄くないんじゃないかな。

和田:めっちゃ人間を見てるとかありますか?

多崎:映画とかドラマとかを見て「このキャラクターはいい」と思ったらメモっときますね。人物の特徴とか癖みたいなものとか。そうやってメモしておいて、いつか自分の話に使ってやろうと。昔の上司とかそういうのも気に入らないキャラとしてメモしてあります(笑)。

 あとは人間観察もやりますね。実は祖母が「人間観察しろ」っていう人で、小学生の頃から電車の中で「前に座ってる人がどういう人か考えなさい」みたいに言われていました。「あの人はハイヒールを履いているからOLじゃない」とか祖母が言うのを、そのときは「そうなのかー」って聞いていて(笑)。

和田:面白い。そういうのってきっと役立っていますよね。僕の場合は小学生の頃からひねくれていて、同級生も先生も「ほんとは腹の中で違うこと思ってんだろう」って裏を考えていく感じだったので、それが今になってみるといい感じになってきたかもしれない。

多崎:すごく共感します! 私もほめられても「ほんとはそんなこと思ってないくせに」とかいまだに思っちゃう。「口で言うことと心の中で思うことはみんな違う」って最初から思っていた感じで、ひねくれたというより「そういうものなのだ」と思っていましたね。

和田:なんか似てますね。なんで今の僕は、全部剥がれてみんな「裸」って感じでいられるスナックが一番落ち着くんですよ。誰もよく見られようとしてなくて、そんな中で汚い変なおっさん見ると落ち着きます。

多崎:なんか今の、2巻あたりの傭兵っぽい! 腹の底は見せないんだけど…って感じで。メモしといて使わせてもらおうかな(笑)。

和田崇太郎さん

●好きなことをやり続ける覚悟

――和田さんは一度ホームレスを体験しても役者への夢を諦めずに進まれています。そういうタフさはこの物語の登場人物の持つ「情熱」にも通じるような。ご自身ではどう思いますか?

和田:19くらいで演劇を始めてから「一番やりたいのはこれだ」っていうのはブレていないので、多少は通じるところがあるかもしれません。とはいえシンプルに飯が食えなすぎていて心が荒みすぎて、一度挫折して就職もしたんですね。そのときの仕事自体はすごく向いていて結果も出せたんですが、結局、自分がどんだけやっても明日は何も変わらないというか、10年先が見える気がして辞めてしまった。貧乏でも芝居やっている人生がいいと最終的に思えたので、もう後悔はしないっていう。

多崎:私はずっと小説家には憧れてはいたけれど「特別な人」がなるものだと思って、一度、大学を卒業してから就職したんですね。仕事をしながら投稿を続けていましたが、すごく忙しくて小説を書く時間が作れなくなってしまって。だったらこれは仕事を辞めて小説家になろうと退路を断ったんです。結婚せず子どもも作らず、自分ひとりならバイトで生きていけるって。だから今のお話、「ああ、わかる!」って思いました。

和田:おお!

多崎:もちろん途中で逃げたくなったこともありましたけど。自分で選んだのに、半分くらい「なれるわけないや」ってやさぐれていたりして。でももうなげうっちゃったからどうしようもないっていう。

和田:ああ、めちゃくちゃわかります! 「こっちが好きだな」というのがわかったら、やるしかないんですよね。僕の場合はいろんな道を試した結果、ホームレスかじりの貧乏俳優でもこっちのほうが好きだったし、ほかの選択肢も試したんで迷いがない。

 だから今は「じゃあ、この中で売れるにはどうしたらいいか」しか考えない。「なんで俺は売れないんだ!」というのはめっちゃ悩みますし凹むこともありますけど、そういう時は海で叫びます。一回そうやって出して、そのあとはひたすら作る。

多崎:海! 私は「復讐ノート」ですね(笑)。もうダメかなって思うこともありましたけど、好きだから絶対それになりたいんですよ。理由はない一目惚れみたいなもので。だから諦めない。こういうとカッコいいですけど、反対にいうともうそれしか自分にはない。挫折して何かを引きずって生きるくらいなら、「◯歳までチャレンジしてダメなら死のう」まで考えていました。

和田:そうだったんですか。この本を読んで最後に思ったのは、命がまぶしいってことで。ほんとに強烈に生きている。全員が本気の本気でギリギリまでガツガツに生きているので、やっぱりそういうエネルギーの強さ、光のまぶしさにすごいって思ったんですよね。

多崎:自分の経験からそういうのが出ているところがあるのかもしれません。「小説家になりたい」みたいなことに人生を全振りしちゃうと人からなんか言われたりもして、「私の人生だよ、勝手にさせろ」って思った気持ちとかも色々(笑)。ここまでつきつめたら「こんなにカッコいいんだよっ!」て。

和田:だからグワっとくるのか…。全部を客観的に書いていたら、そういう熱は出てこないですよね。自分もやっぱりどれだけ必死に向き合っているかが大事だと思うし、必死な時は一番心がふるえるし、強烈な言葉が出てきますよね。

和田崇太郎さん

多崎:そうですね。たとえ一見、平凡に思える人生でも、何も傷つくこともなく生きてきたわけではないので、そこで「何を感じるか」なんですよね。なので色々苦しいこともありましたけど、やって損はなかったし元は取った。タダでは起きないぞって思うし、「忘れないぞ」って言葉に刻んでおこう、明文化しておこうと思います。感動したこともそうですけど、腹の立ったこととかも全部。

和田:わかります(笑)。めっちゃいやなことがあったら、ある種、頭のこのへんで「ラッキーきた」って思う。いつかネタにしてやるぞ!って。

多崎:そうそう(笑)たぶん嬉しさとかより、悔しさとか忸怩たる思いとかいうことのほうがネタになったりしますよね。今日お話しして、アプローチの仕方は違うけれど、和田さんとは根底にあるものがちょっと似ていると思えたし、私がやってきたことは無駄ではなかったともあらためて思えました(笑)。

 すごくしんどいこともありましたけど、「もう一度、この人生やるか?」って聞かれたらやるし、結局、自分が好きなことをやること、自分で自分の人生をコントロールしていることっていうのが一番大事なんだと思います。

取材・文=荒井理恵、撮影=金澤正平