「鈴木おさむが引退すると聞いて、新しくて面白いなと思った」秋元康が考える“引き際”とは?【インタビュー】

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公開日:2024/3/17

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年4月号からの転載になります。

秋元康さん
©kurigami

 発売中の『ダ・ヴィンチ』2024年4月号では「鈴木おさむと拓く、新しい道」と題した特集を掲載している。その特集のなかから秋元康さんのインタビューを公開する。

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 高校・大学時代から放送作家として活動を始め、作詞家、プロデューサーとして多くのヒットを生み出している秋元さん。鈴木おさむさんとも交流が深く、彼の生き方にも多大な影響を与えてきた。中でも大きかったのは、秋元さんが47歳でAKB48を立ち上げたこと。ブレイクしたのは秋元さんが50歳の頃だったため、「50代をどう生きるか」について考えるようになったという。とはいえ、秋元さん自身は年齢に無頓着。ただ走り続けてきただけだと話す。

「高校2年生で仕事を始めてからずっと、僕は目の前に好奇心という名のニンジンをぶら下げられた馬のように、ただ全力で走ってきました。ですから、年齢を意識したことはありません。おさむに言われて初めて、『AKB48を作ったのは47歳だったのか』と気づいたくらい。今65歳ですが、僕が生きているうちに完成するかどうかわからないようなプロジェクトをいくつも手掛けています」

 その原動力は、湧き上がる好奇心。興味を惹くことを求めて、意識的にアンテナを張ることもしないという。

「食べ物を摂る際、ビタミンCやβカロテンといった栄養素を気にして、体にいいから食べるという人もいるかもしれません。でも、僕らの仕事はそうじゃない。好きなものを食べていたら、結果的に健康に良い栄養素も良くないものも体に摂り込まれていくんです。ですから、自らアンテナを立てて女子高生や大学生に『今、何が流行っているの?』と聞くこともありません。自分の好奇心をつなぎとめようとする行為は、逆に好奇心がなくなっていることの表れだと思いますね」

 常に世の中をリードし続けてきた秋元さんだが、時代を読むこともしないという。

「時代に合わせようとしても、そこはもうレッドオーシャンですから。例えば今K-POPが流行っているからといって、K-POPみたいなグループを作っても市場は飽和状態。でも、自分が面白そうだなと思うことはブルーオーシャンです。すべては、自分の好奇心から生まれた卵が孵化するかどうかだと思います」

 秋元さんのもとには、日々さまざまな仕事のオファーが持ちこまれる。どの仕事を受けるかという判断基準も、「好奇心が動くかどうか」とシンプルだ。

「お金にこだわる拝金主義者のように誤解されることもありますが、実際はまったく気にしません。それよりも大事なのは、面白いと思うかどうか。テレビの深夜番組なんて低予算でギャラなんてないようなものですが、それでも面白そうだなと好奇心が動けば引き受けます」

日常に気づくことが好奇心の源泉

 とはいえ、年齢を重ねて人生の経験値が増えるにつれ、好奇心は目減りしていかないだろうか。

「確かに年をとれば、“初めて”が少なくなっていきます。初めてフグを食べる、初めてハワイに行く、初めてキスをする。若いほうが初めての経験はたくさんありますし、ワクワクすることも多いでしょう。でも、知らないことってまだまだある。僕もテレビ番組で初めて陶芸をした時には全然できなくて新鮮でしたし、人に教わるってこんなに面白いのかと思いました」

 わからないことを拒絶するのではなく、面白がる。そんな感性の柔らかさが、秋元さんには備わっている。

「今でいえば、メタバースやWeb3.0もそうですよね。ブロックチェーンとかメタバースなんて、何度話を聞いても僕にはまったく理解できません。でも、わからないからこそ面白いんです。僕らが若い頃、ATMでお金をおろすのにモタモタしている年配の方がいました。後ろに並んでいる僕らはイライラしたけど、今は自分がその立場。“日常に気づくこと”が好奇心だと思います」

 日常に気づくとは、どういうことを指しているのだろうか。

「例えば、僕は最近までスマホにSuicaを入れていなかったんです。使い始めたばかりの頃は、コンビニでSuicaを使って買い物をするにもすごく緊張して。スマホを顔認証するためにマスクを外して、モバイルSuicaのアプリを開いて……とレジの前で準備をしていたら、娘が『そんなことしなくても、ただスマホでタッチすればいいんだよ』と言うので『え、そうなの?』って。そうやって恥ずかしい思いをすることも含めて面白い。スターバックスでも、周りの人が『アイスカフェオレのミルクを豆乳にして、エスプレッソをダブルで』と注文しているのを聞いて、そんなカスタマイズができるのかと知ったりね。日常のひとつひとつが面白いんです」

仕事の引き際、生き方に尽きせぬ興味がある

 人の生き方、引き際にも、以前から好奇心を抱いているという。

「15年くらい前、『小説現代』の連載で『潮時』という小説を書きました。連載と言いつつ、1回で止まっているんですけど(笑)。それはタイトルどおり、潮時、引き際を書いたもの。友人が定年退職した時、サラリーマンには仕事の引き際に目安があっていいなと思ったんです。そのいっぽうで、僕らやスポーツ選手、政治家、ヤクザなんかは、いつ潮時を感じるんだろう、と。以前、中田英寿さんと話した時には『これ以上続けると、大好きだったサッカーを嫌いになる気がして辞めました』と言われましたし、文楽の人間国宝の方から『人形を遣う際、舞台下駄のかかとが上がらなくなったら辞める』という話を聞いたこともあります。人にはそれぞれ潮時があるし、僕は人の生き方に興味がある。だから今回、おさむが引退すると聞いた時には驚いたし、その発想が面白いなと思いました」

 鈴木さんとは、共著『天職』を刊行している秋元さん。その仕事ぶりには、以前から注目していたという。

「おさむの作品は、それが舞台でもドラマでもバラエティでも、すべてに“鈴木おさむマーク”が入っていますよね。『これ、おさむの仕事だな』と匂い立つものがあって、すぐわかる。場合によっては、番組会議が想像できるし、おさむの声が聴こえてくるくらい。それに、おさむはバイタリティがあるよね。僕なんかは忙しいとどうしても家にこもってしまうけど、おさむは会いたい人と会い、飲みに行き、子どもの世話もして……と、物理的にすごく動いている。あの熱量はすごいなと思います」

 そんな鈴木さんの放送作家業引退に、どんな感慨を抱いているのだろう。

「『仕事の辞め方』を読みましたが、おさむの場合、仕事が減った、体調が悪いといった外的な要因があったわけではなく、やりたいことをやり尽くしたんでしょうね。つまり、今の仕事に対する好奇心の総量が減ったんだと思う。辞めるという決断が新しくて面白いし、『おさむ、頑張れ』と思いました」

 秋元さん自身の引き際は、どのように考えているのだろう。

「そのまま前のめりに倒れたいけれど、その前に好奇心が尽きたら終わりでしょうね。『最近面白いものないよね』『なんか面白いことない?』って聞き始めたら、そこが潮時だと思います」

 最後に、秋元さんが影響を受けた本、仕事の辞め時に悩む人に向けた本を聞いてみたが……?

「僕自身、なにかに直接的な影響を受けることがないので難しいですね。それに、自己啓発書を読んで生き方が変わった、ケニアの夕日を見て人生観が変わったという人は信用ならないじゃないですか。例えば、僕が中学生の頃、チェーホフの『桜の園』を読んだ時には、登場人物の名前すら覚えられないほどだった。でも40歳近くなってハワイのプールサイドで読んだら、まったくの別物のように感じたんです。つまり、若い頃と年齢を重ねてからでは見えるものが変わってくる。そして、僕は『桜の園』や石川達三の『四十八歳の抵抗』や『青春の蹉跌』でブレない体幹が鍛えられたけど、人によってはそれがサマセット・モームやアーウィン・ショーかもしれない。人の勧めにしたがうより、それぞれが自分だけの人生のデータベースを残すことが大事だと思います」

あきもと・やすし●1958年、東京都生まれ。高校時代から放送作家として頭角を現し、『ザ・ベストテン』『オールナイトフジ』など数々の番組構成を手掛ける。83年以降、作詞家として美空ひばり『川の流れのように』をはじめ、数多くのヒット曲を生み出す。AKB48をはじめとするアイドルグループの総合プロデューサーも務める。

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