「おばけのアッチ」や『魔女の宅急便』『かいけつゾロリ』はどう生まれた?角野栄子と原ゆたかの対談で見える、2人の創作スタイルの違い〈「角野栄子あたらしい童話大賞」スペシャル対談レポート〉

文芸・カルチャー

公開日:2024/5/2

角野栄子あたらしい童話大賞

 5~8歳頃の子どもたちは、絵本を読み聞かせてもらうところから、少しずつ「一人読み」を始める時期。そこで、子どもたちが夢中になってページをめくることができる新しい児童書の書き手を求め、ポプラ社が「角野栄子あたらしい童話大賞」を開催。審査委員長を務めるのは、ライフワークとして、低学年向けの読み物「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけ」や「リンゴちゃん」シリーズに取り組む角野栄子。特別審査員に就任したのは、「かいけつゾロリ」シリーズで子どもたちから絶大な支持を集める原ゆたか。それまでになかった新しい表現で子どもたちの心を掴んできた2人の作家が、自身の創作スタイルや過去の作品のエピソードなどについて語り合った。

●天才的と論理的。まったく異なる創作スタイル

“新しい表現”という共通点を持ちながらも、創作スタイルはまったく異なる2人。以前、まだ自分では物語を書いていなかった原が画家として角野の作品に絵を描いていた頃から、お互いの考え方や仕事の進め方の違いに気づいていたそう。

 原は「角野さんは、子どもの頃の空想の延長のように想像が広がってお話ができあがっていくので天才的。逆に、私は角野さんにいつも<理屈っぽい>といわれるように、作為的な書き方で、起承転結が決まらないと書き始められない。もともと絵描きだったので、お話を書くつもりはなくて。ところがお話も書かなければならない状況になり、お話の作り方を研究して書き始めたので、物語の型にそって、理屈で突き詰めて書かないと不安になる」と発言。

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 角野は「私は物語のうねりみたいなものが体に入っているから、主人公の動きに半歩後ろくらいからついていくと、結末がわからないまま書いていても必ず終わりに辿り着く。ちょっと歩き方が遅いから早足にしてみたら、などと主人公と会話しながら」と自身の創作スタイルについて吐露。あまりの創作スタイルの違いに、原は「今回、角野さんの賞を私が手伝っていいものか(笑)。ただ、同じ作品を違う目線でジャッジするのも面白い」と、同じ賞の特別審査員を務めることについて言及した。

角野栄子あたらしい童話大賞

 創作スタイルは違っていても、児童書はこうであってほしい、という気持ちにはお互いに通ずるものがあるようだ。角野は「本をたくさん読んでいる人ほど“童話らしいものを書かなくちゃいけない”と形から入ることが多く、それはつまらない。ただ、私も初期はそう思っていて、7年間も作品を発表しないまま1人で書いていた。その後、心が自由になってから書いた作品で、やっと出発できた感じ。自分が楽しいと思ったことを書けばいいの」とのこと。

 原が「それは私も同じ。私は映画が好きだから、自分が子どもの頃にワクワクしたり驚いたりしたシーンを分析して、そういう展開に新しいお話を乗せられないかと考える。やっぱり自分が楽しかったものしか相手に伝えられないと思う」と同調すると、角野は「そうじゃないと、ご迷惑よね(笑)」のひと言。

角野栄子あたらしい童話大賞

●創作はラストシーンから始まってもキャラクター造形から始まってもいい

 今回の募集では、角野が創作で大切にしていることを掲げた「角野栄子の創作10か条」が応募者への応援コンテンツとして公開されており、トークは「創作で大切にしていること」について語り合う時間に。原の場合は「ここで驚かせようとか笑わせようとか、子どもの想像をこえ、予想を裏切る展開で、飽きさせずにラストまで連れていく。私の創作は、だいたい面白いオチを思いついたところから始まるから、途中でキャラクターが動き出して途中の話が変わったとしても、たどりつく最後はほとんど変わりません」とのこと。

 そんな原に対し、角野は「書く前にキャラクター造形に力を込めるの。いたずら書きで絵を描いているうちに、この人面白そうだから書いてみようかな、と思ったりして。この人のおうちはどんなところだろう…と想像しているうちに、そこから物語の文章が吹き出してくる。試しに書いてみて、それが思わぬ方向に発展してもいいの。お話のラストはそのキャラクターが決めてくれる」と物語が展開していく流れについてコメント。

 キャラクター造形の話から、2人が2003年に制作した『ネネンとミシンのふしぎなたび』(福音館書店「おおきなポケット」に連載)の話が展開。このお話が掲載されていた雑誌は休刊になってしまったが、連載は約2年続いたとか。原が「角野さんが毎回のように新キャラを出してくるから、びっくりしちゃって。どんな結末に行き着くのかなと楽しみにしていたのですが……。休刊になった時はまだ、旅の途中だったよね」と話すと、角野は「最初はずっと書き続けていいって言われていたのよ。でも、いろんなキャラクターを考えるのは面白かった」と当時を振り返り、同じように別雑誌で連載していた作品『魔女の宅急便』についても、「毎月、キキがひとつお届けものをするショートストーリーを書いて、その連載をまとめたものを書き直して単行本にしたの」と思い出話が語られた。

角野栄子あたらしい童話大賞

●嫌だったことでもいいから、今までに経験したものの形を変えて書く

 角野の本には「ぞびぞびぞ~」「ドララちゃん」「パン・パン・パンケーキ!」(「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけシリーズ」ポプラ社より)などの面白いネーミングや擬音などがポンポンと多数出てくることから、その人が書く物語には、それまでの人生で経験したことが自然と出てくるのだ、という話が展開。原は「当時は想像もしていませんでしたが、以前家出をした経験が、放浪するゾロリの姿に反映されていたりして、人生に無駄はない、と最近考えることが多い」とのこと。角野は「ある本に“思い出はこれからのあなたを待っている”と書いたけど、今までの経験や読んだりしたものがひとつひとつ形で残っているというより、自分の中に腐葉土みたいにごちゃごちゃになって残っているものが、ある日、泡のようにポカっと物語の中に出てくる」のだとか。

 最初から作家になることを望んでいたわけではなく、依頼を受けて30代から書き始めたという共通点を持つ2人。原は「いつから書き始めてもいい。まったく同じ人生を歩んだ人はいないから、その人の人生から出てくる楽しいことでも、子どもの頃に嫌だったことでもいいから、それをお話にして提出してもらって、次の世代が面白いと思ってくれるのが理想」と発言。角野は「自分の経験や思い出をただそのまま書いちゃいけないのが難しいところ。それを咀嚼して、物語として発展させてほしい」とコメント。

 ここで角野は、自身が初めて執筆した作品『ルイジンニョ少年、ブラジルをたずねて』の例を挙げ、「ただの思い出話って人が読んでも面白くない。私はそれをこの本を書いたときに編集者から言われ、初めて読者の存在を感じた。それまでに書いた300枚の原稿用紙を70枚になるまで何度も書き直すうちに書くのが大好きになってしまった。書き直すときは必ず最初から。そうすると、思いがけない発見に出会えた。思い出は大事だけど、それが姿を変えて1つの物語として立ち上がったときが一番面白い」と持論を提示。

 原はもともと画家であるため、「崖から転げ落ちるといったような描きたいシーンが先に浮かんで、そこに文章をつけて膨らませていく」こともあるという。また、「子どもにわかりやすい文章になるように意識するけど、ストーリーは大人が読んでも面白いように仕上げたい。構成としては、ハリウッド映画を1本観たくらいの面白さにしているつもり。子どもの本の作家は大人なので、子どもたちに伝えたいことが溢れてお説教が入って、子どもたちの読みたい気持ちを削いでしまうことがある。でも、まずは、自分が子どものときにワクワクした遊びや楽しいものを今の子どもたちに物語で伝えて、本の楽しさを感じさせてあげるのが児童書作家だと思う」と制作への想いを語った。

角野栄子あたらしい童話大賞

●物語のテーマ、「あたらしい」物語とは?

 普段、本のテーマについて聞かれると、「テーマはありません」と答えるという角野。「89歳まで生きてきて自分の中にテーマがないわけがないんだけど、それを言葉にはしません。キャラクターの中に自分のテーマを染み込ませることができたらいいと思っているし、できると思っている。読む人が私の物語をどう感じるかは自由。読む人の自由を私の気持ちでは縛れない。読んだ人、ひとりひとりにテーマがあるんですよね」。この発言に原も「物語が作家の手を離れた後は、物語からなにを受け取るのかは読者次第」と同調。角野は「自分が書くんだから、人がどう言おうと自分勝手に書こうっていうくらいの気持ちの自由さがないと、いいものは書けない。私たちがあっと驚くようなものを冒険するつもりで書いてほしいですね」とコメント。

 作家を長く続ける上でのコツについては、角野が「お話を創り出すこと、書くことが好きじゃないと続けられない仕事ね。それから、私は小さい人の感性をとても信頼しているの。自分の中の子どもの感性も大切にしてほしい」と発言。最後に、応募者へのアドバイスとして、原は「本は娯楽。勉強になると楽しくない。おもしろいから読みたいっていう本の入り口になるような作品が増えるといい」と語った。角野は「この本と一緒に歩いていきたいと思うような物語を読みたい。この前見かけた男の子が、すぐそばを通っているのに顔も上げないで本を読んでいて、感動した。ほっぺたが真っ赤になるほど夢中になる読書、それが大人になった今の私にはもうありません。あの時代、本当に本を読むのが楽しかったと思い出させてくれるような作品と出会いたい」とエールを送った。

角野栄子あたらしい童話大賞

取材・文=吉田あき、写真=金澤正平

本対談は「角野栄子あたらしい童話大賞」への原ゆたかさん特別審査員就任を記念して、特設サイトで公開するクリエイター応援コンテンツとして2024年4月に行われました。

角野栄子あたらしい童話大賞」特設サイト
https://www.poplar.co.jp/award/kadonoeiko/

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