あの頃の日本は熱気にあふれていた─ 1964年東京オリンピックの壮大な準備譚

新刊著者インタビュー

2016/5/6

親族しか知りえない生の声を取り入れたい

 執筆に際しては、膨大な資料をあたった幸田さん。東京オリンピックに関する書籍や池田勇人の評伝は多数あるが、自分が書くからには独自の視点が欲しい。そこで血縁者にも取材し、身内しか知り得ないエピソードを取り入れ、内容にリアリティと深みを持たせた。

「実は、以前からの知人が池田勇人さんのお孫さんだったんです。そうとは知らず、共通の友人と『今度は池田勇人さんの小説を書いているんです』なんて話していたら、『あの人は池田さんの孫だよ』って。そのご縁で池田さんのお嬢さま方やご親族にもお会いし、貴重なお話をうかがうこともできました。これまで表に出てこなかった宝物のようなエピソード、池田さんの生の声や暮らしぶりを取り入れ、私なりの小説にしています」

 中でも胸に刺さるのが、総理大臣に就任したばかりの池田勇人が3人の娘のために着物をあつらえたエピソードだ。総理就任を祝して晴れ着をプレゼントしたのかと思いきや、畳紙の中から現れたのは喪服。池田勇人の覚悟を感じるシーンである。

「昔は、テロやクーデターが多かったでしょう? 高橋是清は2・26事件で亡くなりましたし、池田内閣時代には社会党の浅沼稲次郎も演説中に刺殺されました。政治家が国を託される重み、背負う覚悟は今とは別だったように思います。こちらも、お嬢さまからうかがった実話です」

 歴史的事実をたどりながらも、その背後にいる人間がくっきり浮かび上がるのが幸田作品の魅力。資料を渉猟し、身内への取材を重ねることで、池田勇人という人物の体温まで伝えている。

「私は小説家なので、人間を描きたいんです。池田勇人さんは、人間的魅力にあふれた方。愛すべき朴訥さがあって、何事にも一生懸命です。『僕は馬鹿ですから』『赤切符(出世コースを外れていること)ですから』なんて、普通の政治家は言いませんよね。政治家としてのストラテジーはあったと思いますが、人間としての優しさ、誠実さのある方だったと思います。総理大臣に就任してからは、お酒はこれだけしか飲まない、大好きなゴルフもやめるときっちり決めていたそうです。高潔ですよね。挫折を知り、努力の大切さを知っているからこそ、国を託されることの重みもずっしり感じていたのだと思います」

 2020年には、2度目の東京オリンピックが56年ぶりに開催される。64年当時と現在を引き比べて、幸田さんはどんな思いを抱いているのだろうか。

「前回は、国民一人一人が参加意識を持っていましたよね。しかし今は、『デフレだからなんとかしてください』『賃金が上がらないから助けてください』とすべて他人頼み。国に頼るばかりでなく、自分自身でもなんとかしようと変えていくべきだと思うんです。安倍首相は一億総活躍時代を提唱し、反発も受けていますが、実はこの考え方はとても大切。自分は何が貢献できるか、何がしたいのか誰もが考えるべきでしょう。一人一人が自分にできることを見つけて行動を起こせば、力を結集することで国家行事も成功するし、一時代が築かれていくんです。20年の東京オリンピックでも、みんなが参加意識をもって64年のようなエネルギーが結実したら素晴らしいし、それを見た子どもたちが次世代に伝えてくれたら、なおうれしいですね」

 熱く語る幸田さんの真摯な姿は、どこか池田勇人や高橋是清と重なって見える。そう告げると、幸田さんは慌てて否定した。

「いえいえ、恐れ多いです。でも、他人とは思えないところも確かにありますね。私は人間が無謀にできているので、大変な仕事ほど燃えるんです。この作品は新聞小説という形で発表しましたが、締切に追われて大変な思いをしました。その一方で、連載中から大きな反響をいただき、読者の方々に背中を押されているような気持ちで書き続けることができました。ぜひ多くの方々に読んでいただき、当時を知る方はあの時代を懐かしみ、若い方には『日本にもそういう時代があったんだ!』と知ってほしい。政治家のみなさんにも読んでいただき、池田勇人の生き方を参考にしてほしいですね(笑)」
 

取材・文=野本由起 写真=臼田尚史

 

紙『この日のために 池田勇人・東京五輪への軌跡』(上)
 (下)

幸田真音 KADOKAWA 各1600円(税別)

水泳指導に情熱を傾ける新聞記者の田畑政治は、戦後まもない東京にオリンピックを誘致しようと奔走する。一方その頃、池田勇人は大蔵省を経て、政治家として新たな一歩を踏み出していた……。1964年の東京オリンピックは、いかにして実現し、日本に何をもたらしたのか。二人の人生を通して描く、知られざる東京オリンピック物語。