北村有起哉「ひとりの人間として、この映画を“経験”できてよかった」

あの人と本の話 and more

公開日:2016/7/6

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、東日本大震災~原発事故に焦点を当てたジャーナリスティック・エンターテインメント『太陽の蓋』で、長編映画初主演を務めた北村有起哉さん。「時を経ても残っていく映画になってほしい」と語る、本作に込めた想いとは――?

「20歳そこそこの頃は何がいいのかわからなかったんですけれど、年をとるとともに深いなぁって思えてきたんです。描かれている夫婦の距離感とか、ラストに突然出てくる隣家の子ども、その子に対する2人の温かさとか」

 お薦め本に選んでくれた岸田國士の戯曲『紙風船』の味わいは、年月をかけ自分のなかで育ってきたものと語る北村さん。今回の主演映画『太陽の蓋』も、原発という重いテーマを持つだけに「じわじわと、ひとりでも多くの方に観ていただければ」と言う。

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「いつか子どもも観てくれる日が来るだろうし、日本だけでなく世界中の人にも観てほしいと思いますね。“フクシマってあの時、何があったの?”という、その真実を」

 内閣総理大臣・菅直人、官房長官・枝野幸男、副官房長官・福山哲郎――実名で登場する人々への丹念な取材、分析した資料……そのリアルをもとに描かれた官邸内の経過や対応、原発とともに生きてきた福島の人たちの葛藤、東京で暮らす人々の動揺――そのオムニバスを通して、俯瞰的に捉えられた人間ドラマは、あの日、私たちがメディアを通して見たものは真実だったのか?ということを問うてくる。

「あの時は原発だけじゃなかったじゃないですか。津波、帰宅困難者、計画停電……と、いろんなことで日本中が混乱していた。この作品は原発に焦点を絞っているので、ある意味、落ち着いて、その問題に向き合える。落ち着いて観られるけれど、ゾクゾクする、という映画になっていると思います」

 ラストに北村さん演じる新聞記者・鍋島が、福島第一原発のある福島県双葉町を歩くシーンがある。

「“原子力は明るい未来のエネルギー”って書かれた、あのゲートの前で撮りたいと、1~2分の限られた時間のなかで撮影をしました。ちょうどゲートを撤去するかしないか議論されていた時期で、その撮影の数週間後になくなってしまって。ですから記録としても、あのシーンは貴重なものとなりました。“あったよねぇ、あれ”って、この映画を観て思い出してほしいですね、このさき時間が経っても」

 内包されるのは割り切れるようなテーマではない。それだけに演者の覚悟も感じられる。

「こういう映画には出会おうと思っても出会えませんからね。本作への参加は、役者としてはもちろん、ひとりの人間として“経験”できてよかったと思っています」

(取材・文=河村道子 写真=干川 修)

北村有起哉

きたむら・ゆきや●1974年、東京生まれ。98年、舞台『春のめざめ』と映画『カンゾー先生』でデビュー。2007年の舞台『CLEANSKINS/きれいな肌』で読売演劇大賞優秀男優賞ほかを受賞。出演作に映画『駆込み女と駆出し男』、ドラマ『ちかえもん』など多数。7月9日より舞台『BENT』に出演、9月17日より映画『オーバー・フェンス』が公開。
ヘアメイク=石邑麻由 スタイリング=冨田しおり

 

『紙風船(一幕)』書影

電『紙風船(一幕)』

岸田國士 kindle

結婚から1年を経た夫婦の日曜の午後を描いた短編戯曲。家で休みたい夫とせっかくの休日だから外出したい妻──何気ない会話のなかに見え隠れするすれ違いと駆け引き、いつしか2人の空想は鎌倉のホテルへ……90年以上、脈々と演じられてきた戯曲には日本語の美しさと夫婦という人間関係の普遍が込められている。

※北村有起哉さんの本にまつわる詳しいエピソードはダ・ヴィンチ8月号の巻頭記事『あの人と本の話』を要チェック!

 

映画『太陽の蓋』

監督/佐藤太 脚本/長谷川 隆 出演/北村有起哉、袴田吉彦、中村ゆり、郭 智博、大西信満、神尾 佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦ほか 配給/太秦 7月16日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 
●東日本大震災に伴う福島原発事故発生後の5日間を、官邸内で対応にあたった者たちと東京、福島の人々を対比させて描く人間ドラマ。事故に迫る新聞記者の視点は“あの日”の真実、そして原発と日本人の姿を炙り出す。
(c)「太陽の蓋」プロジェクト/ Tachibana Tamiyoshi