累計14万部突破の大ヒットシリーズ第3弾!『活版印刷三日月堂 庭のアルバム』で語られる主人公・弓子の描く活版印刷の“未来”――。【ほしおさなえさんインタビュー】

文芸・カルチャー

2017/12/9

ノスタルジーではない、地に足の着いた物語を

 実体のある活字ならではの手触り、そこからたちのぼる温かさ……今、その人気がじわじわと広がる活版印刷。昔ながらの佇まいを残す川越の街で、活版印刷所を営む若き女主人公の物語『活版印刷三日月堂』は、登場人物と同様、読む人の胸の奥にある見えない“言葉”を次々と映し出してきた。そこに込めたほしおさなえさんがそこに込めた思いとは?

ほしおさなえさん

ほしおさなえ
ほしお・さなえ●1964年、東京生まれ。作家・詩人。1995年『影をめくるとき』が第38回群像新人文学賞優秀作受賞。2002年『ヘビイチゴ・サナトリウム』で、第12回鮎川哲也賞最終候補となる。『空き家課まぼろし譚』、「ものだま探偵団」「活版印刷三日月堂」シリーズなど著作多数。

 

 本というものは、誰かが文字というパーツを集めてつくっている――。その新鮮な驚き、喜びを感じたのは、印刷所へ見学に赴いた少女時代のことだったと、ほしおさんは、うれしそうに語る。「私が育ってきた頃の本は、みんな活版印刷で作られていたんです。そこで本が作られる工程を見たとき、“すごい! 本って、ひとつひとつの文字から作られているんだ!”と」

 鉛製の活字を並べ、できあがった“組版”にインキをつけて紙に刷るという、気の遠くなるような緻密な作業――かつて行われていた活版印刷に、ほしおさんが再び触れることになったのは、ツイッターで発表していた「140字小説」を“形にしたい”と思ったことから。名刺サイズのカードに刷られたその言葉たちは、温度の感じられる端正な佇まいで、活版印刷の美しさを体現している。

ほしおさなえさん
名刺サイズのカードに活版印刷の美しさを体現した「140字小説」。60枚すべて違うストーリーが綴られている

「1回に、5枚くらいずつ作って5年、今、60枚になったんです。活版印刷が若い人たちの間で新しいクリエーションになってきて、本はもちろん、政府刊行物から市井で使う事務的な書類まで、政治や経済、人々の生活を結び、担ってきた印刷業のこれまでを、その仕事に携わる様々な方から伺ってきました」

 祖父母の代で閉じた活版印刷所を、28歳の弓子が受け継ぎ、ひっそりと営業を再開したストーリーが語られていくシリーズ1弾の「星たちの栞」、彼女が営む“三日月堂”を訪れる、活字を紙に刻むことで、言葉にならない想いと向き合っていく人々との交流から、かつての印刷、その技術や役割についても触れていく2弾「海からの手紙」――そこには、ほしおさんが知り得てきた活版印刷の、“現在”“過去”がそれぞれ投影されている。そして最新刊、「庭のアルバム」で軸に置いたのは“未来”。

シリーズ第3弾

「ちょっとしたブームになっているという現状がありますが、ではこのあと、活版印刷がどこへ行くのか、ということを描いてみたかったんです。機械は残っているけれど、新たな部品はもう作られていないし、活字自体作っているところはあまりない。そこから何ができるのか、どういう仕事が成り立つのか、小さなものを趣味で作るのではなく、ある程度の人が食べていかれる商売として成り立たせるために、活版印刷にはどんな道があるのか、ということをこの巻では描いてみようと思いました」

 前作で、ついに大型印刷機を動かそうと決意した弓子。本巻の1話め「チケットと昆布巻き」では、そんな彼女の姿を見て、活版印刷という過去の技術に、なぜこれほどこだわるのか――“気に入らないな”と、自身の仕事に揺れを感じる社会人4年目の、旅行雑誌の編集者の視点から語られていく。

「“いい”と思ってくれる人だけ相手にしていたら、そこまでしか進まない。そう思っていない人にも届く魅力あるものにしていかないと、という意識を持ちたい、弓子にも持たせたい、という思いがありました」

 主人公ではあるけれど、三日月堂を訪れる人々の目線によってのみ、その人となりや想いが映し出されていく弓子。シリーズ1弾、2弾と巻を追うたび、重ねられてきたその目線によって、印刷の版のごとく、人物像が刷り出されてきた彼女は、この第3弾で、よりくっきりとした姿や意思を現してくる。三日月堂を訪れる人の迷いや悩み、つかみどころのない不安に寄り添いながら。そして2話目の「カナコの歌」では、弓子が3歳のときに若くして世を去った母・カナコのことが語られる。

「わりとはじめの頃から、カナコのことは書きたいと思っていました。なぜ弓子が、ここまで人のために頑張ろうかと思えるのか。その根っこの部分には、幼い頃、お母さんが亡くなっているということが大きいなと感じていて」

 凛とした佇まいが弓子の姿にも重ねられるカナコ。死の床につく彼女を最後まで見守っていた大学時代の友人・聡子の視点で語られる物語は、子供を持つ、持たないという人生の選択肢の相違から、すれ違ってしまった、もうひとつの友情、そして幼子を残して旅立っていくカナコの想いが、彼女が最期まで詠んでいた短歌によって綴られていく。

「私自身、詩を書いたり、連句を詠んだりしているのですが、友人とともにそれをしていると、それを媒介にして、普段、見えないものが、互いにふわっと出てくるときがあるんですね。形式にのせることで、自分の奥のほうにある扉が開く瞬間が」

 ほしおさん自身が抱く、そうした想いや感覚も織り込み、進んでいく連作。それは、編み物の目を拾うように、前の物語から次の物語へと美しく、そして意外性を持ちながら繋がっていく。

「次の物語へと繋いでいく部分は、直感としかいいようがないのですが、ひとつの方針として、たとえば出した手紙の直接の相手ではなく、間違って届いた、意図したところではない相手から次のストーリーを始めたいと。だからこそ、この三月堂で作るものは複数の印刷物でなければいけないんです」

「カナコの歌」で刷られた、あるものを見て、3話「庭のアルバム」で、弓子のもとを訪れるのは、学校での生活に戸惑いを感じている高校生・楓。植物をスケッチすることが好きな彼女との出会い、そして弓子とともにつくる絵ハガキは、三月堂の扉をも開けていく。

「ここでバイトをすることになる楓は、誰かと一緒に働くことの良さを弓子に気付かせていく。未来に繋げていくには、人が必要だということを彼女に知ってほしかったんです」

 多色刷りで刷られる絵ハガキは、“自分だけではない違うもの”が重なっていくことへの想いが込められている。そして4話「暗い川の光」で、弓子は、活版印刷の大型印刷機械を今も保存する、盛岡の印刷会社へ赴く。そこで働く人々から投げかけられるシビアな問いかけが物語を力強く動かしていく。

「“活版印刷が好きなのはわかるけど、このあと、どうしていきたいの?”と。それは弓子とともに、私もすごく考え、悩みました。実現可能ということで考えれば、今のように小さなものを作っていればいいかもしれない。けれど、できるかどうかは別として、“私はこれが作りたい”という志を、夢を、彼女には持ってほしかった。弓子の未来への答えが出てきたのは、この4話めを書いていた最中かもしれません」

『活版印刷三日月堂』は、当初から3部作で描くことを決めていたという。けれど、未来への視点を持つ第3弾は、3部作の前編、後編という形をとって、シリーズは全4作になる予定だ。

「第3弾を出した今は、乗り換えのためにちょっと待っているような気分なんです。物語が完結する次作の第4弾では、三日月堂のもうひとつの出発を書きたいと思っています。そして弓子自身の語りによる物語も。“過去”を軸にした前作の『海からの手紙』では、亡くなった人、いなくなった人への想いのようなものを中心に据えていたのですが、本作では、どうやって生きるか、ということを真ん中にストーリーを描いています。ただぼーっとして生きていくことは、人ってできなくて、生きるためにはやっぱり頑張らないといけない。では“生きるって何?”ということを共に考えられる巻になっていると思います」

取材・文=河村道子 写真=山本哲也