大江千里「リスタートに恐怖はなかった」――47 歳でNYジャズ留学、そしてたったひとりで起業したその裏側

エンタメ

2018/2/18

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 ポップスターとして第一線で活躍されていた大江千里さんは、現在はNYを拠点に自ら会社を立ち上げレーベルを主宰するジャズピアニストだ。2008年、高校生の頃にレコードをジャケ買いして以来、ずっと心の奥で憧れていたジャズの世界に挑戦。単身NY留学に飛び立った大江さんが、このほど新刊『ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス』(KADOKAWA)を上梓した。渡米当時のこと、そして「現在」を聞いた。

●人生は一回だから、憧れのジャズに挑戦

――渡米から10年。当時のことはどう思い出されますか?

大江千里(以下、大江) 1983年にデビューしてからずっとノンストップで走り続けていたんですが、40代半ばから人生のクライシスみたいな状況が起こったんですね。同世代の仲間が亡くなり、母が亡くなり、飼っていた犬が二匹とも亡くなり、そんな喪失の数年間が過ぎ、頭ではわかっていたつもりだけれど「人生は、泣いても笑っても一回しかない」ってことを痛感して。それまでもどこかでアラートはチカチカ鳴っていたんでしょうが、目の前の仕事はやりがいがあるし、新たなチャンスももらうしで聞こえないふりをしてひたすら走ってました。

 でも「このまま続けて還暦で赤いちゃんちゃんこを着て『格好悪いふられ方』を歌うには覚悟がいるだろうなぁ」とか、どこか“大江千里”っていうパブリックなイメージに「よいしょっ」と自分をあわせていくみたいな感じもありました。もちろんそれはそれで楽しいことだし、本質は僕自身に違いないのですが、もう少しメロウな素の部分の自分が「ジャズやりたいな~」って。「でも果たしてできるんだろうか」と調べてみたら、以前ニューヨークに住んでいたときに憧れてた「ニュースクール」(THE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSIC:マンハッタンにある質の高いジャズ教育を誇る大学)の実技試験に海外からチャレンジできるのがわかって、「よし、それならばチャンレンジしてみよう」と。

――学んでいるときの目のキラキラした感じは前著(『9番目の音を探して 47 歳からのニューヨークジャズ留学』)から伝わってきました。

大江 キツイこともたくさんありましたけど、それをどこか楽しんでやっていましたね。自ら学びたくて来ているわけで、誰かに頼まれて無理やりじゃないというのが基本にありましたから。「どうやったらジャズの響きになるんだ!」って悩んで、同級生の弾くピアノの指使いをひたすら写真に撮らせてもらって家に帰ってから自分のピアノで分析したり…。そういうのがミルフィーユのようにひとつひとつ積み重なっていって、2年ちょっとすぎくらい経ったときにふぁーっと花開くような感覚があったんですよね。

――もともとポップスの第一線でやっていたキャリアもあって、「俺ってこんなだったし」というのを捨てるのは大変じゃなかったですか?

大江 いろいろやりきったっていう自負もあったし、全身全霊でポップの世界を走ってきたのでひとつも後悔というものがなかった。だから学校ではバカになれたし、なんでも吸収してやるっていう気持ちで素直に「わからない」って言えました。たとえば「次の授業だから教室から出て」って先生に言われても短い休み時間粘って質問したり(笑)。

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●リスタートに恐怖はなかった

――ニューヨークに渡ったのが47歳。人生後半にリスタートしていくのに怖さはなかったですか?

大江 年齢のことは不思議と考えなかったし、リスタートの怖さもありませんでした。それよりショーウィンドーに映った自分の顔を「あ、何か違う。50になったときに、底抜けに笑う自分でいたい」って。信号が青のときに思い切って進んだら、次々に青になるってあるじゃないですか。あの時は自分の中のエネルギーが「青」になって、どんどん前へ進んで行ったんですよ。渡辺美里さんに伝えようと食事に呼び出したのですが、「あ、そう」って驚かない。しかも甕焼酎を頼んでくれて、柄杓で「乾杯」ってニッコリ。

――素敵ですね。

大江「あ、祝福してくれてるんだ」って。大阪に住む父も「全部やっただろ、行きなさい!」って言ってくれるし、「え、誰も止めないんだ?」(笑)。出発直前にたまたまどこかの駐車場でギタリストの佐橋(佳幸)さんにも会ったのですが、「俺も学びたいっていう気持ちがいつもあるけど、なかなかできないんだよね。がんばっていってこいよー!」と抱き合って別れたんですが、そういう人たちの気持ちも一緒に持っていったようなところもありました。

――そして52歳でレーベルを立ち上げ、アメリカで起業。そのチャレンジもまたすごいです。

大江 卒業間際になると帰国するのかどうか決めなくてはいけないのですが、僕はアメリカに残ることに決めたんです。大変でしたが起業するのも楽しくて、無我夢中、徹夜で走り続けましたね。たとえば1日30食しか出さない定食屋があってもいい。お客さんが絶対に戻ってくるような「場」を作れば意味があるし。ひとりのビジネスは、フレキシブルで本能のまま転がっていけるし、そのスピードも自分で調節できる。なんでもやりますよ。赤字だなと思ったら、ブルックリンまで歩いても帰ります。それで節約できるのはたかが2ドル75セントですけれど、そのお金で買った人参の葉っぱをきちんと切って冷凍庫で保存し、あとでフライドライスに使ったりしていると、なんかこれはこれでワクワクするんですよね。「今週は節約できてるからこの分を次にまわせる」とか。そうこうしているうちまた小さなチャンスが来て、そこからありがたい芽がピュッと出て、それに一生懸命水をあげていると、ある日ヌクッと伸びたりする。日々の生活とビジネスにそういうニュアンスがあるから、本のタイトルに「耕す」ってつけたんです。

●ジャズを弾くように文章を書く

――音楽をやることと、本を書くことは、どのような補完関係ですか?

大江 自分の中に澱みたいなものがあって、根気よく紐解いて書きしるし、それをスリムアップさせていくと何かしらメッセージが浮かびあがってくる。時にそれが文章だったり、音楽だったり、ひとふで描きだったり。やっぱり今も全身全霊楽しいっていうのが、僕がものをつくる原点、原動力なんです。年を重ねると気づかないうちに、ただ同じことを何度もくりかえすこととかあります(笑)。文章の場合はそこらへんをいかにシンプルにするかに気をつけました。削ることによってこそ本質が見えてくる面白さも渦中で学べたし、深いですよね。

――書くタイミングは決まっていますか?

大江「なんか書けるかも」っていう時がふっとあるんです。そのまま始めて袋小路に入っちゃうこともあるんですが、「あ!」ってどんどん書けるときがあるんですね。監督になったような気分でカメラを回して、誰かにセリフをしゃべらせる。すると、登場人物達が動き始めるんです。それをボンってまとめたのを、まずは編集の方に送って、そこから丹念に削っていく。この本も最初はすごい量だったのを本用にここまでスリム化したんですよ。

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――説明しながら動かした手が、まるでジャズピアノを弾いているようでした!

大江 ジャズのインプロビゼーション(即興演奏)って、最初から飛ばしすぎてもいけなくて、最初は♪トゥーパーリヤッパーッ♪って…(以下、口ジャズ)。徐々に様子を見ながらエンジンをかけていく。落ちないように注意深く飛び始め、最高の景色をみれたら、頃合いのいい場所を見つけて着陸するっていうような。そういう感覚は似ているかもしれません。

――そして『ブルックリンでジャズを耕す』のほうがジャズ度は増しているようにも…。

大江 かもしれません。ジャズってある意味実はすごく数学的なんですが、文章もそれと似ていて、シノプシスがあると逆に生き生きします。それこそ昔、『月刊カドカワ』で書いていた頃は手書きで、えんぴつが尖っているだけでもう書けなかったりしたんです。ぐわーって腕のあたりがまっくろになるくらい、エモーションに突き動かされて書いていたし、あの頃は曲もそうやって書いていました。ジャズ理論を学んでからは、「このコードで終わったら、この3パターンが考えられるし、逆算して違うキーから半音降りる手もあるし」と公式をうまく使って、切り抜けることもできる。

――この本は千里さんのジャズのようでもあり、とにかく「現在」がよく現れているんですね。

大江「音楽は突き上げてくる気持ちやから!」と思っていた昔と、「気持ち」という面じゃ今も同じ。ただ、「コーヒーにもデカフェとか色んな選択肢があるように、バリエーションが増えると楽しい」よね。音をスリムに抜いてみたり、ダウンビートを強調させたりもしながら、文章も気がつかないうちに“スイング”しているのかもしれないですね(笑)。

取材・文=荒井理恵
写真=奥西淳二

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1月20日(土)に行われたイベントではミニライブも

【プロフィール】
大江千里/Senri Oe

1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。2008年ジャズピアニストを目指し、NYのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICへ入学。2012年7月、ジャズピアニストとしてデビュー。2013年には自身が率いるビッグバンドで東京JAZZに初参加。2016年夏、4枚目にして初の全曲ヴォーカルアルバム『answer july』を発表。現在、ベースとなるNYのみならず、アメリカ各地、南米、ヨーロッパでライブを行いながら、アーティストへの楽曲提供やプロデュース、執筆活動も行っている。2017年12月『「9番目の音の探して」~大江千里のジャズ案内』をリリース。2018年2月14日にDVD「Answer
July~Jazz Song Book~JAPAN TOUR2016」が発売。