「いつも笑顔のお母さん」「子どものことが一番」——理想の母親像がこじれの原因だった!?

暮らし

2018/6/3

 親子の問題の中でも、特に母との関係に悩む娘は多い。身近な存在なのに、だからこそ分かり合えないときに深い悲しみに襲われる。なぜ、娘と母の間はこじれやすいのか? 精神科医として多数の毒親問題の臨床を手がけてきた水島広子先生に、毒母問題の特殊事情を伺った。

水島広子先生

■なぜ多くの「毒母」が告発されるのか?

——このところ毒親関係の本が増えています。特に「母と娘」に関する告発本が多い印象を受けますが、いかがですか?

水島広子先生(以下水島):実数として多いのかは根拠がなくてわかりませんが、告発本が多いのは確かですね。たとえば女性のほうが関係性を大切にするので、母親が不機嫌そうなときには娘がその理由を汲み取ってあげたり、母親が言ってほしそうな言葉をかけてあげたり、相手を思いやり、気を利かせてあげることが多いように思います。

 辛い目にあわされているはずの母であっても、関係性をよくしようとして相当自己犠牲を払っているわけです。毒親でも父と息子の場合は、息子の体力がある程度以上になると力関係が変わるので克服できる人もいたりしますが、女性の場合は娘が進んで気をつかって、自ら親を「毒母」にしてしまっていることも多い印象を受けますね。

——女性同士というのもありますが、根底に「理想の母」的な期待があるのでは?

水島:そうですね。どこか「母たるものはいつも笑顔で子どもをかわいがるべき」「どんな行動も子どもへの愛情を中心に行うべき」みたいなものがあるかもしれません。父親に対してはそのあたりがぐっとゆるくなりますが、母については「笑顔でやさしくあたたかく」というイメージを持っていて、余計に裏切られたと思うのでしょう。

 ただ、私が臨床で出会うケースでは、毒母問題の原因に母親の「発達障害」があることが多いんですね。発達障害があるとひとつのことにしか注意をむけられなくなるので、別のことに気を取られて子どものことが頭から抜けてしまったり、頼まれたことも記憶はしているのに抜けてしまったりということが起きてしまいます。実は「ただそれだけのこと」なんですが、そういう視点をどこからも与えてもらえないと、子どもは愛情不足と感じたり、なんで母は私に辛くあたるんだろうと思ってしまったりするわけです。

 さらに不用意な情報によって「これは母親のトラウマを反映したものだ」などと解釈してしまうので、それを信じてしまうこともある。「トラウマなら癒していけば、いつか変わってくれるんじゃないか」と不毛な努力を重ねる方も多いのですが、発達障害が原因の場合は治りませんから、その徒労感でまた裏切られたように感じてしまう。ダラダラとそこに依って自分の被害者意識を続けることに慣れてしまうと、そこから出るのがこわいみたいなことになることもあります。

■母の“発達障害”をどうするか?

——いまでこそ「発達障害」が世間で知られるようになりましたが、母親がそうだったという事実を娘さんはどう受け止めていきますか?

水島:すぐに「なんだか馬鹿馬鹿しくなった」と受け入れる方もいれば、「どうして自分ばっかりこんな苦労をしなくちゃいけないんだろう」と絶望する方もいます。でも「愛されていない」と思って生きるよりも、「この人はこういう人なんだ」と思った方がずっと気持ちが楽ですから、ちょっと気が抜ける感じはありながら、最終的にはほとんどの方が受け入れていきます。

 やっぱり「親から愛されていたい」というのは誰もが持っている願望なので、「愛しているのに、発達障害だからこうなってしまった」というほうが、最終的に健康的に受け入れられるんですよね。ただし、理解したとはいってもやっぱり相手をしているとイライラしたりしますから、患者さんには母親との接触の上限を決めてもらいます。48時間以上は一緒にいないとか、月に1回とか。上限を決めておくことでお互いに踏み外してはいけないラインがなんとなくわかりますし、短い接触でも「愛」を感じることはできますから。

 私の本に寄せられた感想を見ると「うちもそっくり」とか「驚いたり笑ったりしながら読んだ」とかいうものもあって、やっぱりここまでリアルに文字で書かれてしまうと、「ああ、それだけのことか」という感じがする方も多いのだと思います。

——発達障害ということで「保護者」である母と娘の立場が逆転するようなところはありますか?

水島:娘側が「自分が保護者にならなきゃいけない」と思ってしまう状態は避けなければなりません。むしろうんざりするのは当たり前の感情ですから、うんざりしていいんです。実際、発達障害の人と生きていくというのはすごく疲れることもあれば、いろいろ傷つくこともあります。だから接触の上限を設けて、おいしいところだけをなんとか摘もうとしたほうがいい。

「受け入れなきゃいけない」のではなく、そういうことを知った上で「自分が得をする接し方をしよう」という感じですね。最初は「引き受けなきゃいけない」と思っていた患者さんも、「接触を制限したりすることに罪悪感を感じる必要はない、それが必要なお母さんなんだから」とちゃんと伝え続けることで、徐々に理解してくようです。そこはちゃんと伝えていく必要がありますね。

■親離れ子離れが解決するケースもある

——子どもとの距離が近くて、自分の理想を重ねすぎる親という毒母のタイプもいそうですが。

水島:母親の愛着スタイルが不安定で、娘や息子が自分に応えてくれることでやっと安心する「愛着障害」のケースと考えられますね。ただ、この場合は親の自覚や子の親離れによって是正可能で、特に子の親離れは荒療治的ですが「子どもに甘える」という姿勢に気がつくきっかけになります。たとえば子どもが心の病気になったりすることで、初めて「子どもに親の役割をやらせていた」ことに気づいたり、私の本を読んで「この子を病気にしたのは自分だった」と気づいたりという親御さんも結構います。

 母親が自分の安定のために子どもによりかかってしまうということは珍しいことではないので、そこに気がついたなら意識的に親から子離れしていくべきでしょう。ちなみに私も子どもが2人いて、特に下は男の子なのですごくべったりだったのですが、今は苦しいけど頑張って子離れしようとしています(笑)。

——異性だと子離れも意識的に距離をとるのがやりやすかったりするのでしょうか。母娘だと、いつまでも仲良しがいい、というところもあるような…。

水島:異性の親子はすごく特別な仲の良さみたいなのがあるので、意識的に距離は取りやすいものの難しさはありますね。仲良し母娘の場合も、きちんと反抗期を通ってきたならおそらく問題ないでしょう。うちは上の娘が攻撃的な反抗期でしたが、それにうんざりしつつもおつきあいして自然に親離れ子離れできましたし、成人した今は逆に娘から近づいてきます。親として反抗されるというのは安心してもらえているということ。職業柄もあるでしょうが、子どもが反抗期になるのはさみしいけれどもちょっとうれしい。自分が親として信頼されているということですから。

——反抗期を通らずに成人してしまったケース、特に実家にずっといる娘さんの中には反抗期のタイミングを逃してしまう人もいそうです。

水島:そういう場合は、気がつき次第「なんとかする」ことが大切です。たとえば自分の「本心」を考えたときに、「お母さんに妥協してる」とか「違うと思っても同調している」という自分に気がついたなら、自分の思ったことを言っていくようにするとか。ずっと実家にいる娘さんの場合、親にしばられてというより、両親のことをおいていけないと自ら勝手に思い込んでいることもあって、親に聞いてみると案外「自由にやってほしい」と思っていたりするものです。ちょっと働きかけてみると、親も意外と物分かりがよかったり、過度な期待をしてなかったりするのがわかるかもしれません。もちろん親が本当に厳しすぎたり、本物の毒親だったりする場合は、そういう努力そのものが危険。距離をとって自分の人生からできるだけ消えてもらうしかありません。

■毒母の娘は毒母になってしまうのか?

——毒母まではいかないけれど、ちょっと親を重く感じている娘の場合、あまりそれをこじらせないためにはどうしたらいいでしょう?

水島:まずは「自分の気持ち」がわかるようにしておくことです。実はそれがわからなくなっている人が多いのですが「不快に感じる」とか「同意できない」など、自分の本音に気がついていきましょう。本音をしまい込んで自分の心がいい状態にない場合は、飲みすぎるとか食べすぎるとか眠りが悪くなるとか、自分の悪い癖が出てくることもあります。また親が何か言ってきたら、意見として聞いて「親の人生じゃない。私の人生なんだ」と常に理解しておくこと。これに関しては親の側も「これはひとつの参考意見であって自分のことは自分で考えていい」と常にメッセージを発していかないと、子どもは親の意見を聞いて当然みたいになってしまいがちです。

——毒母の娘は自分も将来、毒母になってしまうのではと不安に思うようですが…。

水島:不安をなくすにはメカニズムを理解することが大事なので、まずは冷静に自分の親を理解することが大切です。詳しくは、拙著『「毒親」の正体』に書いてありますので、参考になさってください。多くの方が「こう育てられたからこうなる」と思うようですが、似てしまうとすれば概ねそれは遺伝によるものであり、自分ではどうしようもないんです。

 特に発達障害は遺伝することがありますから、その場合は自分にもそういう特徴があることを理解した上で、自分の子どもに悪影響を与えないようにしていけばいい。たとえば「ママはひとつのことに夢中になると他が抜けちゃうから、何かあったらいってね」とちゃんと伝えながら育てるとか、自分の特徴を知って子育てすることがすごく大切ですね。「こうすべき」ではなく「自分はこれしかできない」とか「こういうのが苦手」というのを知ること。自分の現状というか、限界を知った上で子育てするのが大事だと思います。

——毒母問題はどう向き合うかが大事で、単に謝らせたから解決という問題でもないですね。

水島:何もわからないまま、ただ謝る親ほど不誠実なものはないですし、親にしても「自分のどこらへんがどうだったのか」をよく質問して理解したほうがいい。あるいは、この部分だけはちょっとわかってほしいと思うなら、「あの時はおばあちゃんにいじめられてて、お母さんも精神的にまいっていた」とか、ちゃんと説明したらいいんですよ。

 どこか母も娘も「完璧な母親」を理想にしすぎているのかもしれません。「何から何まで完璧に、おやつも手作りで!」と頑張りすぎてストレスがひどくなってしまうくらいなら、自分の弱点はさっさと認めたほうがよほど子どもが親切にしてくれますよ。私は自分の限界を認めて辛いときには「助けて」と素直に言っていました。母親だって人間なんですから、それでいいんだと思います。

文=荒井理恵

水島広子(みずしまひろこ)
慶応義塾大学医学部卒業、同大学院修了(医学博士)。摂食障害、気分障害、トラウマ関連障害などが専門。「対人関係療法」の日本における第一人者。2000年から2期5年間衆議院議員として活動。現在はアティテューディナル・ヒーリング・ジャパン(AHJ)代表、対人関係療法専門クリニック院長、慶応義塾大学医学部非常勤講師(精神神経科)、精神科専門医制度指導医(日本精神神経学会)などをつとめ、心の健康のために活躍の場を広げている。