『キャプテン翼』の運命を切り開いた、第4話の“オーバヘッドキック”――高橋陽一が語った、誕生秘話【インタビュー前編】

アニメ・マンガ

2018/9/12

 今から37年前、日本に空前のサッカーブームを巻き起こし、誰よりも早く「ワールドカップで優勝する」という大きな夢を掲げた『キャプテン翼』の連載が始まった。週刊少年ジャンプ1981年18号の巻頭カラーを飾る華々しいキックオフ。

 だが、弱冠20歳の青年マンガ家・高橋陽一の握るペンが、日本サッカーの未来を切り拓き、やがて世界中の子供たちをとりこにし、ミラクルシュートに憧れて育った「翼チルドレン」たちが実際のワールドカップで戦う日が来ようとは、誰が想像できただろう。

 時は流れ、『キャプテン翼』はシリーズ通巻100巻(2018年7月時点で103巻)を達成し、全世界での累計発行部数8000万部以上、4度目となるテレビアニメシリーズも絶好調――いまや世界的人気マンガ家となった高橋先生が、満を持して書き下ろしたのが、自身初となる自伝『キャプテン翼のつくり方』(repicbook)だ。

 マンガという夢を抱いた東京下町の少年が、サッカーに出会い、いかにして『キャプテン翼』を生み出したのか? これまであまり語られることのなかった翼誕生秘話とともに、本書に込めた思い、そして『キャプテン翼』の今とこれからについて――高橋先生に語っていただいた。

 前半:大空へはばたけ、キャプテン翼誕生秘話! 運命のオーバーヘッドキック
 後半:打ち切りからのライジングサン、アニメ、最終回構想!? 夢に向かってシュート!
 4500文字ハーフの前後半・全2回でお届けしよう。さあ、前半戦、キックオフ!


■夢を持ち叶えるために~マンガ家・高橋陽一誕生への道程

 まずは、自身初となる自伝への思いをうかがった。「ジャンプ」を主戦場として熾烈に戦ってきた人物とは思えないほどに、高橋さんの言葉は穏やかで優しい。

「以前から何度か、“自伝を書いてみないか?”というオファーはあったんですけど、まだそんな……という感じでお断りしていたんです。でも、年を重ねて60歳に近づいてきたこともあって、そろそろ自分の人生を語ってもいいのかな、と思うようになりました。東京オリンピックの開催される2020年に60歳になるので、いい節目かな、と。

 自分の人生……自分がどうやってマンガ家になってここまで来たかを記すことで、子供から大人まで、将来なりたいものになろうとしている人たちの参考になればいいな、という気持ちがありました。

 まえがきにも書いたんですが、『キャプテン翼』を読んだときと同じように「夢を持つことの大切さ」を感じてもらいたいと思っています」(高橋陽一先生、以下同)

 幼い頃より絵を描くことが好きで、『毎日小学生新聞』の絵画コンクールで入賞するなど、自分の中に絵描きとしての才能を感じていた高橋少年。娯楽の限られた時代。テレビアニメや少年マンガに夢中になり、『巨人の星』や『ウルトラマン』などを「まねて」マンガを描き始めた。同級生たちからの「次はまだ?」に喜びを感じる自分がいた。

「まねる」ことは「学ぶ」ことでもある。野球少年でもあった高橋さんは、水島新司先生の『ドカベン』の大ファンで、自らもオリジナルの野球マンガを描くようになった。高校受験後に、中学3年生の高橋少年は初めて、ジャンプの新人賞に作品を投稿する。結果は落選――

「投稿作品は返却しないという規定だったので、処分されてしまって『幻の作品』になってしまいました。あの野球マンガには、拙いなりに自分の原点やエッセンスが詰まっていると思いますし、もう一度読んでみたいですね(笑)。作品は自分の子供のようなもので、反応もなく処分されるのはもう嫌だったので、以後は編集者と直に会って読んでもらえる“持ち込み”をするようになりました。

 野球好きで『ドカベン』好きなのに、チャンピオンではなくジャンプだったのは“新人を育ててくれる環境がある”と感じたからです」

 高校球児として3年生の夏を終えたとき、高橋さんは自分の中にある「マンガを描きたい」という「夢」に気づき、人生を懸けて2本の読切作品を描き上げた。夢を仕事にするために、考え抜いて向かった先は、集英社・週刊少年ジャンプ編集部だった。そこで出会った当時の新人編集者・鈴木晴彦さん(現・常務取締役)と二人三脚で「プロ」への挑戦が始まった。

■大空へはばたけ、キャプテン翼誕生秘話!

 連載デビューするには、まず「月例新人賞」を獲らなくてはならない。読切の短編を描くにあたって高橋さんが選んだ題材は、野球ではなく――サッカーだった。

「1978年のワールドカップ(アルゼンチン大会)をテレビで見て、サッカーというスポーツの面白さを感じたんです。日本では野球が人気で、子供たちもプロ野球選手にあこがれていましたが、サッカーは南米やヨーロッパ、世界中で人気があって、競技人口も多いし、プロ選手も多い。世界規模のスケール感が面白いなと。

 野球マンガが人気の時代に、サッカーで人気が取れるのかな、という不安もあったんですけど、野球マンガは水島先生が描き尽くしている感もあったし、逆に「誰も描いてない分野」だったので、そこには新しいネタの鉱脈が眠っているぞ、お宝が見つかるぞ、という気持ちもありました」

『友情のイレブン』をはじめ、月例新人賞で4度の佳作を受賞した後、「佳作止まりの日々」を打ち破るべく、いま一度、サッカーマンガに挑む。生まれたのが『キャプテン翼(読切版)』だった。

 幼なじみである南葛中のキャプテン・翼太郎と修哲中の天才キーパー・若林源三が、中学の全国大会地区予選決勝でぶつかる。サッカーだけではなく、幼なじみのアキちゃんへの恋のライバルとして。雨の中の決戦――試合終了間際にFKのチャンスを得た南葛。これまで一度も源三に勝ったことのない“タロちゃん”は、怪我の痛みをこらえ、源三の守るゴールへと渾身のシュートを放つ。果たして、勝負の行方は?

「あだち充先生の『タッチ』がヒットしていた頃で、“これからのマンガは恋愛要素がないとヒットしないぞ”と思ったのと、普通の中学生なら恋愛しても不思議ではないだろうということで、三角関係を盛り込んでみました。

 翼太郎がアタッカーで、若林がGKという設定は、野球マンガの影響があったと思います。ピッチャーとバッターの『投げるvs.打つ』と同じで、『シュートvs.防ぐ』という構造は分かりやすいし、クライマックスを描きやすいだろう、という感覚がありました」


 狙いは的中。三人の恋のドラマは、サッカーというスポーツを「戦いの舞台」に、最後のFKに向かって収束し、さわやかなラストシーンで結実する。結果、5度目の挑戦でついに高橋さんは「月例新人賞」を獲得した。

 その後の連載版でも、「松山光と藤沢美子のハチマキに白い糸でI Love you」や「日向小次郎と赤嶺真紀のコーラで間接キス」といった少し照れくさい、淡く初々しい恋愛が描かれ、作品のアクセントとなっているように、高橋陽一作品のひとつの「色」がここで生まれた瞬間でもあった。

 こうして、高橋さんはついに少年ジャンプ誌上での連載への挑戦権を得た。編集会議での審査には、作品の初回3話分が必要となる。あとは、読切版『キャプテン翼』をベースに再構成して、連載用に整えることができれば、念願の連載デビューだ。だが――

「編集会議に2度(別バージョン)出して、2度ともダメでした。1度目は、読切版の世界観をそのまま広げた感じのもので、2度目は翼太郎を“山奥で育った野生児”の設定にアレンジしたワイルドなものでした。会議を通すには絵がキレイなほうがいいという話もあって、下絵まで入れていたので、それぞれできあがるまでに数ヶ月かかりました。

 途中で『キャプテン翼』ではない作品のほうがいいんじゃないか、他の読切を描いてみようかという話もあったんですけど、そっちも上手く行かなくて……試行錯誤の続く苦しい時期でしたね」

 それでも、高橋さんの心が折れることはなかった。

 高校時代、野球部で「先発メンバーに選ばれながら、緊張から直前の練習でミスを連発し、試合で外される」という経験をした。決して忘れることのないにがい「悔しさ」が胸にあった。

 自分にはマンガしかない。そして今、そのチャンスの女神は目の前にいる。

「目前でチャンスを逃すのはあの時だけにしよう」と決めていた。

 ヒントは、初めてのサッカーマンガ『友情のイレブン』のネームを読んだ後の、鈴木さんの言葉にあった。

「高橋くんには少年をうまくとらえる感覚があるし、男の子の純粋さをきっちり描く力がある」

「2度、中学生で没になったのならと、思い切って翼たちを小学生にしてみたんですけど、今までの2回よりも、筆がよく進んだ感覚がありました。キャラクターが動き出したように、スラスラと3話分ができたんです。名前も、元気な小学生らしく、大空翼に変更して、1話は丘の上からのロングキック、2話は走るバスの下を通すボレー、3話は翼と若林の対決という見せ場を盛り込んで……三度目の正直で連載を勝ち取ることができました」


■運命のオーバーヘッドキック! 大逆転の第4話

 1981年4月――『週刊少年ジャンプ18号』で、巻頭カラー31ページを飾った『キャプテン翼』は、1話目こそ読者アンケートで速報7位・集計完了後9位とまずまずの出だしだったが、3話の時点で15作品中12位と苦戦、打ち切りへの黄色信号が灯ってしまう。

「第4話を描き終えたとき、迫力が足りないと感じて……締切までまだ数日あったので、思い切って描き変えることにしました。翼にゴールを奪われた若林が怒って去った後、翼が街をドリブルしながら他の選手たちと出会う展開にしていたんですが、そこをカットして、『どうせなら自分自身も驚くようなプレー』を入れようと、グラウンドでロベルトがオーバーヘッドキックを見せ、翼もそれを真似するという流れにしたんです」

 高橋さんがテレビで見た海外の選手のオーバーヘッドキックには、ダイナミックさと未知のかっこよさがあった。「人のもつサッカー技術はすべて自分のものにしないと気がすまないヤツ」=翼の強烈なキャラクター性と、ワールドクラスのスーパープレーが読者の心を一気につかんだ。アンケート順位は上昇し、10話打ち切りの危機は去った。

 大空翼の十八番オーバーヘッドキックが『キャプテン翼』の運命を切り開いた瞬間だった――

「修哲小との対抗戦が始まると人気は安定してきました。試行錯誤を繰り返しながら対抗戦を描き終えたとき、初めてサッカーマンガの描き方を“つかめた”という感覚がありました」

 高橋さんが「サッカーマンガ」をモノにした瞬間、『キャプテン翼』が日本の空に羽ばたいた。その先に続く、世界を目指して。(後編へつづく)

【インタビュー後編】高橋陽一「翼はロベルト本郷と一緒にブラジルへ渡らせるつもりだった」打ち切りからのライジングサン、最終回構想は…


取材・文=水陶マコト 写真=岡村大輔