『あん』で再注目されるドリアン助川氏、自身の人生を下敷きにした“新宿ゴールデン街”小説が生まれた背景とは?

文芸・カルチャー

2019/1/12

あの頃のことをどこから語るべきなのか、ボクは今、ばらばらに並んだ思い出を前に立ち止まっている。

 詩的な一文から始まる小説『新宿の猫』(ポプラ社)。著者は、映画化もされた著書『あん』がフランスの「読者が選ぶ文庫本大賞 2017」に選ばれるなど、国内外を問わず注目を集めているドリアン助川さんだ。ご自身の思い出のつまった新宿を舞台に書かれた最新小説は、いかにして生まれたのか。お話を伺った。

■新宿ゴールデン街界隈で得た、かけがえのない出会いや言葉を物語にして再構築しました

――放送作家の卵である青年・山ちゃんが、新宿ゴールデン街にほど近い居酒屋「花梨花」で出会った店員の夢ちゃんとの交流を通じて再生していく本作。ところどころ、ドリアンさんご自身のお話なのかな?と邪推してしまう部分もあったのですが……。

ドリアン助川(以下、ドリアン) 高校の先生が「東京組は上京したらここで飲めよ」と黒板に新宿ゴールデン街と書いた、というのは実話ですね(笑)。山ちゃんと同じように僕もそれがきっかけで上京してすぐ友達と新宿にくりだし、場所がわからずに歌舞伎町の交番で聞いて、行ってみたらあまりに“すごい”場所なので驚いた。僕より人生経験の豊富そうな方々ばかりだし、それこそ作中にも書いた女装している男性がいたり、日本刀もっているような人がいたり……。

――今よりもっと、場の雰囲気が濃そうですよね。

ドリアン もっと猥雑で、もっと乱暴でした。それから時期によって濃淡はあれど、この歳になるまでずっとあの場所で飲み続けています。実をいうと今週、2回もあのあたりで飲んだあと、転んで腰を強打しました(笑)。あの界隈が僕にとって特別な場所であるのは確かで、あそこで出会った人たちのことをいつか描きたいとも思っていたんですが、長いこと、どう物語にしていいか思いつかなかった。だけどあるときふと思ったんですよね。なんだ簡単じゃないか、これまであまり語らずにきた自分の人生を、今まさに新宿界隈で「これからどう生きていこう」と思いながら飲んでいる若者たちに繋がるものとして描けばいいんだ、って。だから、僕自身が胸をえぐられた言葉や、人との出会いから受けとったものを要素としてたくさん込めながら、フィクションとして再構築しました。

――その要素の一つが「色覚異常」ですね。山ちゃんは就職活動を始めてすぐ、自分が望むテレビや出版業界はその一点のみで受験することすらできないと知り、絶望します。

ドリアン そうですね、それは僕自身の体験が基になっています。出版業界もNGと知ったときはまさかと思いました。要するに、当時はものをつくる仕事は代理店も含めてすべてアウトなんですよ。売り買いする商社などは問題ないんですが。僕は大学時代に劇団を主宰していて、やっぱりつくる側に行きたかった。企業に入ってもそれなりにやっていけるだろうという自負もありましたし、高校の美術で内申最高点をもらったこともあって、才能がまるでないわけでもなかった。それなのに社会から一方的に「お前はだめだ」と突きつけられたんです。鉄槌をくらった気分でしたね。企業に属すことができないなら、一人で生きていくしかない。そう思い悩みながらアルバイトを続け、20代半ばで放送作家になったその過程は、山ちゃんに重ねています。

――その後、山ちゃんは花梨花に通い続け、夢ちゃんの存在をどこか心の救いにし、放送作家としての過酷な日常に耐えていきます。

ドリアン あの界隈は不思議な場所でね。バブルの時代でしたし、おいしい食事やお酒を提供してくれる場所はほかの町にもたくさんあったけれど、店主と胸倉つかみあうような状況になったり、永遠に忘れられないような厳しい言葉をくらったりしたのは、あそこだけ。赤裸々な言葉のキャッチボールがそこかしこにあったんです。会社という属性をもたない僕にとっては、それが社会と繋がる唯一の糧でもありました。そんな場所で、夢ちゃんのような女の子に出会ったら……たった一度のキスが一生の記憶に残るような、そんな恋を描けたら。そう思って2人を書きはじめました。

■大衆に向けて消費される言葉ではなく、誰か一人のために残り続ける言葉を紡ぎたい

――両親との縁がなく、人間を信用できず、猫の絵と詩ばかりを描いている夢ちゃん。彼女は、どんなふうに生まれたんですか。

ドリアン 新宿の女の子、といって思い浮かぶ何人かが溶け合っている気はします。そのうちの一人に、雑踏に立ち「私の詩を買ってください」と掲げている子がいて、詩を書くことしかできないと言っていた彼女の姿も印象深いです。作家の勝手を言わせてもらうなら、こういう女性と恋をしてみたかったという理想もありますね。

――どういうところが理想なんですか。

ドリアン ズレちゃっているところ。ズレているというのは、自分をもっているということだと思うんです。みんな、まわりといかにあわせて生きていくかに苦心するわけだけど、とりわけそれができずにいる。そういう女性に僕は惹かれるんです。

――放送作家として理想と現実の壁にぶちあたっている山ちゃんと、詩を書くことでしか自分を表現できない彼女が、「言葉」をよりどころにしながら互いに支えあっていく関係に、読みながら自分も救われていくような気持ちになりました。

ドリアン 放送作家として書いた言葉って、読んだ端から捨てられていくんですよ。それを見続けているのが当時、何よりつらかった。もちろんテレビにはテレビのよさがありますし、某局のプロデューサーに言われた「たいていの人は仕事から疲れて帰ってきて、テレビを観ながら酒を飲んで寝るんだ」というのも一つの真実。だからこそ大量消費が求められるわけですが、僕は、使い捨ての言葉ではなく、何年も経ってからまた出会いたくなる言葉で紡がれる作品でないと、人生は懸けられないと思った。そういう思いが反映されているのかもしれませんね。

――山ちゃんの師匠である永沢さんの「自分というものを一度捨てなきゃいけないときがあるんだぞ。もともと大した自分じゃないんだし」というセリフは、序盤からグサッときました。

ドリアン それは、そのプロデューサーに言われたことですね。音楽番組の構成を練っているとき「演歌とロックを同じ番組で扱うなんて無理がある」みたいなことを言ったら、「このやろう!」って食べていた丼をいきなり投げつけられて。よけなかったら顔面に直撃して大怪我。パワハラとかそういうレベルじゃないですよ(笑)。その夜、西麻布のバーに呼び出されて延々と叱られたあと言われたのが、「大衆に向けてつくる番組に芸術なんて高尚なものは必要ない」ということ。永沢さんは、その人をはじめとする何人かのプロデューサーや先輩たちが入り混じって生まれています。

――むちゃくちゃだし、ひどい人だなと思うんですけど、山ちゃんに対してどこか愛があるので憎めませんでした。

ドリアン テレビの人たちって、すごくひねくれた愛をもっているんですよ。そんなに気に食わなければクビにすればいいだけなのに、わざわざバーにまで僕を呼びだしてずっと叱り続ける。それでもクビにはせず一緒に働き続けるんですから。もちろん半分はフラストレーションなんでしょうが、そこには確かに、何かしらの愛があるんだと思います。ただね……テレビ業界ってどこか暴力的だなと思うことも多々あって。これだけリテラシーが叫ばれている世の中で、平気で検証しないままの嘘を流すでしょう。この間も僕が三宅島で関わっているトマト農家について番組で特集されたんですが、台本段階で「事実と違うから直してください」と言ったのに、了承の返事をしておきながら無修正で放送された。いったん放送されたら事実を訂正するのはすごく大変なのに、責任をとらないんですよね。まあ、そういうところも含めて、僕はテレビ業界で働き続けることに向いてなかったんだと思います。

――対する夢ちゃんのセリフも印象的でした。「大勢の人って、本当にいるんですか。いるかどうかわからない大勢の人に向けて語ろうとして、結局、なにも語れていないんじゃないですか」という。

ドリアン 何十万人に向けて発せられる言葉もあれば、そうじゃない言葉もあるんだなというのは僕自身の体感で。カンボジアや東ヨーロッパの取材を経て誰かに伝えたいと思ったことが、そもそもテレビで発信しづらいことだった、というのもあるんですが。たとえば地雷を踏んじゃったお父さんの歌とか、悲惨すぎてメロディにも乗せられない。だから僕はパンクバンドのようないでたちで「叫ぶ詩人」を個人的にやるようになった。それがいつのまにかお客さんの間で広がってデビューすることになったわけですが、ライブでお客さんが泣いているのを見ているうちに、マスに向けるものばかりが必要とされるわけではないんだと気づかされた。だから今は、深夜放送のパーソナリティをするときも、小説を書くときも、どうか誰か一人に伝わりますように、という思いで向き合っています。

――ドリアンさんの朗読ライブにうかがったことがありますが、本当に打たれて泣いている方が、必ずいらっしゃいますよね。“たった一人”が集まって“みんな”になっているのだと強く感じます。

ドリアン 山ちゃんと夢ちゃんのように、誰かに向けられたパーソナルな言葉であるがゆえに、他者にも響くことがある。そういう意味でこの作品は、言葉とは何か、が大きなテーマだったのかもしれません。

■ハンデだと思った自分の環境が、人生を切り開いていく大事な武器となる

――山ちゃんと夢ちゃんがそれぞれ書く詩が物語のキーになっていきますが、小説ではなく詩であることは、ドリアンさんにとってどんな意味をもつのでしょう。

ドリアン 小説であれ写真であれ、酔っぱらい同士の会話であれ、ポエムのないものはだめだと僕は思っているんですよ。人は日ごろ、誰かに何かを伝えるときになるべく理路整然と話すようにしますよね。その過程で僕たちは、心で感じていることの大半を切り捨てているんです。だけどその切り捨てている部分こそが大事なんじゃないかと思っていて。たとえば夜道を歩くとき、眼鏡の度を変えたら久しぶりに月の中のうさぎが見えた。美しいなあ、嬉しいなあ、って感じると同時に、誰もがあのうさぎを連れて歩くことができたら、仕事帰りで疲弊している人たちもみんな笑顔に変わるのにな、なんて妄想をする。そうすると、本当に道行く人々がみんなうさぎを抱えているように見えたりするんだけど、そんな心の風景をふだん、言葉にしたりしないでしょう。それを拾い上げるのが詩であり、僕はそこにしか映し出されない心を必ず小説の中に入れたい。僕の作品が、小説と詩を行ったり来たりするのはそういうわけで、フランスであれほど『あん』がウケたのも、翻訳者の方いわく、小説のなかにポエジーがあるものを読者が求めているからだそうです。

――実際に、2人が書いた詩だけでなく、ドリアンさんの小説は一文一文が詩のような美しい響きをもっていますね。夢ちゃんの焼くピーマンを「ピーマンは熱のなかで薄皮を脱ぎ捨て、裸ん坊の緑となる」と表現するところとか。

ドリアン あのピーマンにもモデルがあって、本当においしいですよ。作中には食の描写も多いですが、そこでも僕はジャンクフードのようにマスに向けられたものではなく、誰かのためにつくられたものを描きたい。どこかでおいしいと喜んでくれるだろう“一人”のために農家の人たちはピーマンを育て、お店の人は、それを待っている人の前で丁寧に転がしながら焼く。僕の小説もそういう存在でありたいな、と。

――ドリアンさんの小説はいつも、一般から少し外れてしまった人たちを通じて、いかに自分だけの人生を生きていくか、を描いています。それは、同じ悩みをもった“誰か一人”にきっと突き刺さる気がします。

ドリアン 僕自身、今も手探りで生き続けていて、何かが完成したことなんて一つもない。というかね、誰しも人生を完全な円として描くことはできないんですよ。迷い、悩み、苦しみながら線が揺れ、端と端がうまく繋がらず、円を閉じることさえできない。それはつまり、開かれているということだと僕は思います。永遠に何かを閉じることができないまま、常に自分はこれでいいのかと考えながら生きていく。それが人生なんじゃないでしょうか。

――山ちゃんと夢ちゃんが、それぞれのハンデを抱えながら、自分の人生を生きたように。

ドリアン 人は誰しも、さまざまな環境のなかで運命という川を泳いでいかなきゃいけない。平等なのは、生まれることと死ぬことだけで、まずどんな肉体をもって生まれ落ちるかさえも選ぶことができません。もうちょっと鼻が高かったら、病気もちじゃなければ、僕の場合は色覚異常でなければ……。そのコンプレックスは確かにハンデですが、一方で運命を大きく転換させてくれるものでもあるんですよね。デンマークの哲学者・キルケゴールが、虚弱体質の早死に家系だったがゆえに、思考という大海原を旅して大哲学者になったように。就職試験の門戸を叩けなかった山ちゃんが、それゆえに放送作家として苦しみ、言葉の大事さを知ることができたように。まわりと比べて一見得じゃなさそうな自分の環境が、人生を切り開いていく要となることもあるんだと僕はこの小説で伝えたかったような気がするんですが、これは理路整然と言いすぎていますね(笑)。

――社会によりどころのなかった山ちゃんと夢ちゃんが、言葉を通じて最後、“家族”となれたことが読んでいて何より嬉しかったです。

ドリアン ああ、そう言ってもらえると嬉しいですね。必ずしも恋人同士や結婚という形に着地しないかもしれない、それでも永遠の理解を得たあの瞬間は、かけがえのないものだったのだという関係を、僕は書きたかったので……。色々言いましたけど、僕の思惑とは関係なくこの作品をまずはぜひ読んでみてほしいです。そこにはきっと、“あなた”の心に触れる何かがあるはずだと思います。

取材・文=立花もも 撮影=海山基明