職場、学校…特定の場面で話せない。「場面緘黙(かんもく)症」とは?【インタビュー】

暮らし

2019/2/26

『私はかんもくガール:しゃべりたいのにしゃべれない 場面緘黙症のなんかおかしな日常』(らせんゆむ/合同出版)

 場面緘黙(かんもく)症。多くの場合、職場や学校など特定の場所で言葉が発せられなくなる症状だとされるが、周囲からは「人見知り」などとしか理解されず、思いを吐き出せないことに悩んでいる人たちも少なくない。

 書籍『私はかんもくガール:しゃべりたいのにしゃべれない 場面緘黙症のなんかおかしな日常』(合同出版)の著者・らせんゆむさんもその一人。現在は5歳と7歳の子を持つ母であり、フリーランスの漫画家やイラストレーターとして活躍しているが、幼少期から思春期にかけては、学校などでコミュニケーションを図れなかったという。

 かんもくを経験しながら、どのような人生を歩んできたのか。ご本人へお話を伺った。

 なお、場面緘黙症といっても人によりさまざまな症例がある。よって、本稿のエピソードは全ての方々に当てはまるのではなく、らせんさん一人の経験談として受け止めていただきたい。

■出版によって過去の経験がスッキリと消化された

――書籍では、生まれてから社会人になるまでのらせんさんの人生がまとめられています。なぜ一冊の本にまとめようと思ったのでしょうか?

らせんゆむ(以下、らせん):場面緘黙症を知っている人が少ないのではないかと思ったからですね。じつは、昔からいつか「漫画として描きたい」と思いながらアイデアを書き溜めていたんです。具体的に考え始めたのは、5年ほど前に次男を出産したあとでした。

 当時は寝不足や疲労から色々と考えるようになってしまい、その中でふと「自分の存在価値とは何だろう」と思い始めて。自分ができることは何かと考えていたところ、やはり過去の経験が誰かの役に立つのではないかと思い、強く「場面緘黙症について知らせたい」という気持ちが芽生えたのも大きな理由でしたね。

――実際に本としてまとめたことで、どんな変化がありましたか?

らせん:自分の中で、過去の経験をようやく消化できた気がします。心のどこかでモヤモヤしていたものを、表に出すことでスッキリしたような感覚でしたね。

 また、本の中で解説を担当していただいた「かんもくネット(場面緘黙症児支援のための情報交換ネットワーク団体)」を通して、お医者さんや当事者の方々と知り合う機会ができ、実際に自助グループへ足を運ぶことで、似たような症状でも向き合い方が人それぞれ異なるというのも知りました。

■幼稚園時代に味わった自分の“三面性”

――らせんさんの場合、幼稚園へ入る前に自分から“しゃべらない”という決断をしたというのが本の中でも描かれています。当時を振り返ってみて、自分はどんな子どもだったと思いますか?

らせん:今思うと、本当に「なんでそんな決断をしてしまったんだろう」と思うばかりですね。幼稚園の中では普通に会話する友だちを見ながら「周りの子はなんでこんなにしゃべれるんだろう?」と思っていた気がします。でも、自分で決断してしまった以上は変えようにも変えられないし、どうしたらいいかともどかしさをずっと抱えていました。

――教室ではどのように過ごしていましたか?

らせん:幼稚園では、教室の隅っこで独りで過ごしていました。自由帳でひたすらお絵描きをしていて、誰かが「上手いね」と声をかけてくれるときもあったけど、そのあとの会話が続かないのでみんながサーッと別の場所に引いていってしまったり。時折「なんでしゃべらないの?」と聞かれても答えられず、むしろ「なんでそんなことを聞くの?」と腹を立ててしまい友だちの輪に入れずに葛藤もしていました。

 自宅では普通に話せてはいたものの、心の中では“三面性”があったような気もするんです。表に出ると話せなくなる自分と、家の中で親の機嫌をうかがうための自分。それから、自分が本来こうありたいと思う自分がいた気もします。

■心の内にある芯の部分を溜め込んでいた

――幼稚園から小学校に上がっても、しゃべれずに思いを伝えられない生活は変わらぬまま。当時、学校生活の中でどんな思いを抱いていたのでしょうか?

らせん:幼稚園より生徒同士で関わる機会も増えて、自分が話さないことを責め立てられているような感情もありました。周りのみんなも、幼稚園の頃よりは少し大人になってくるじゃないですか。だから、気を遣われる場面が増えたのも自分なりの葛藤だったのかもしれません。

――しゃべれないことで、困った場面はありましたか? 例えば、教室内では授業中に指されて何かを発言しなければならない場面もあったのではないかと思います。

らせん:先生から指されたときは、どうにかしゃべることができたんですよ。決まったことを言えば済むので、自分にとっては気持ちが楽でしたけど休み時間が辛かったですね。自由にコミュニケーションを取らなければいけないので困ってしまい、同級生の中にはふざけながら「しゃべってみろよ」とけしかけてくる子がいたり、反論できないのをいいことに勝手な噂を流されたりもしていました。

 また、体育や修学旅行などではグループ分けもあるので、先生から「このグループに入りなさい」と言われて。おそらく「おとなしい子」「内向的な子」くらいのイメージだったのではないかと思います。

――お話を伺っていると、しゃべれないというのは表面的で、本質にあるのは「自由に自分の思いを吐き出せない」ということではないかとも思えました。

らせん:そうですね。思いがあるのに言えない、話せないことで他人からは誤解を受けてしまうというのは、実際に場面緘黙症の集まりでも言われることですね。大人になってしゃべれるようになっても、本音が言えず辛さを引きずったままの人たちもいるんです。

 子どもの頃の自分も、自宅ではしゃべれてはいたものの、表に出たときよりはマシな程度で自分の内にある思いや悩みを打ち明けることができずにいて。芯の部分をずっと心の中で、溜め込んでいるような感覚でした。

――その後、中学校に入ってからは、吹奏楽部に入ることで学校生活を乗り切れたそうですね。

らせん:幼稚園は途中で辞めてしまったり、小学校では不登校になってしまった時期もありましたが、好きな音楽に打ち込めたことで自分の居場所を作れたのかなと思います。ただ、人間関係ではやはり苦労していました。

 同級生が優しく接してくれても、心のどこかで「本当は自分のことを変に思っているのでは?」という思いがあったんですよ。大人になってから、その頃からの友だちには「そんなに困っているとは思わなかった」と言われました。

■しゃべれるようになっても“こじれていた自分”を実感

――中学卒業後、遠く離れた美術系の高校へ進学することで周囲と徐々に話せるようになったようですね。

らせん:知り合いのいない場所を選んだのは、大きな転機だったかもしれません。入学式後に、同級生と初めて顔を合わせるときから「勇気を出してしゃべってみよう」と思っていて。ただ、会話を交わせるようになった一方で、それまで気づいていなかった“こじれていた自分”を痛感する時期でもありました。

――当時は具体的に、どのような場面で困ったんでしょうか?

らせん:考えの凝り固まっている自分に気が付く瞬間が多かったんですよ。自分がAだと考えていることでも、周りがBだと思っていることが受け入れられないような感覚で。言わなくてもいいことまで友だちに伝えてしまうときや、かえって誤解されるような場面もありました。

――本来であれば、そうした他人との関わりは幼少期からの積み重ねにより培われていくことなのかもしれませんね。

らせん:そうですね。だから、幼少期から学ぶべき経験を高校生になってから味わったような気持ちです。おそらく自分がしゃべってこなかったことで、色々な考え方があるんだということに、当時はまだ気が付いていなかったんですよね。友だちの遅刻が許せない自分がいたりと、コミュニケーションに慣れていなかったのか、自分なりのルールや正義感みたいなものが強かったのかもしれません。

■本人にとっての「幸せとは何か」が大切

――その後、進学した美術大学ではゲームセンターで接客のバイトをしながらの生活が始まったとありましたが、自分なりに変化はありましたか?

らせん:ようやく素に近い状態で友だちと打ち解けられるようになりました。ただ、それでもまだ本音を隠していた気もします。相手との距離感が上手くつかめずにいて、自分の就職が決まっていたときに内定が取れていない子に「決まったの!」と平気で口にしてしまうような場面もありました。

――大学卒業後、イラストレーターとして就職した会社で出会ったご主人とは「いままでだれかとしたこともない仕事観や人生観を語り合った」と本の中で書かれていました。それはやはり、人生の大きな転機だったのでしょうか?

らせん:そうですね。夫と出会ったことで、本音を引き出してくれる人がいるんだと心から思えるようになったというか。こじらせながら考えの凝り固まっていたはずの自分がようやくやわらいできたような気がしました。

――最後に、場面緘黙症に悩む当事者の方々やその親御さんに向けて、ご自身の経験を通して伝えたいことはありますか?

らせん:克服するしないではなく、本人にとっての「幸せとは何か」を考えてみてほしいですね。しゃべれないからといって「こういう場面では話さなければ」と常識を当てはめるのではなく、それぞれの接し方というのを尊重してあげてほしいと思います。

 また、私自身は話せない代わりに内面で気持ちを反すうした経験から、他人の気持ちを汲み取れるようになった気もします。物事が「なぜこうなるんだろう」と深く考えられるようになったのは、今でも日々の生活で活かされています。

 特定の場面でしゃべれないという場面緘黙症。しかし、今回のインタビューを通して、本質にある辛さはやはり「思いを吐き出せない」という部分が大きいことが分かった。らせんさんの思いがまとめられた一冊は、必ずや誰かの背中をそっと押してくれるはずである。

文=カネコシュウヘイ