南米風の近未来世界を舞台に美形AIと性悪悪魔が大暴れ!『DEVIL’S DOOR』東山彰良インタビュー

小説・エッセイ

2019/7/5

 主人公ユマ・ロリンズは、マニピュレイテッドと呼ばれる人間型のAIだ。凄腕の悪魔祓い師である彼は、今日も相棒アグリとともに、人間に取り憑いた悪魔どもを退治してゆく。いつの日か、魂を手に入れるために――。直木賞作家・東山彰良さんの新作『DEVIL’S DOOR』は、AIと悪魔のコンビが奇妙な事件に巻き込まれてゆく、という刺激的でスタイリッシュなミステリー長編。

著者 東山彰良さん

東山彰良
ひがしやま・あきら●1968年台湾生まれ、福岡県在住。2003年『逃亡作法 TURD ON THE RUN』でデビュー。09年『路傍』で第11回大藪春彦賞、15年に『流』第153回直木賞、16年『罪の終わり』で第11回中央公論文芸賞をそれぞれ受賞。他の作品に『ブラックライダー』『夜汐』『僕が殺した人と僕を殺した人』などがある。

 

「人間そっくりに作られながらも魂を持たないAIと、人間を堕落させようとする悪魔。魂について並々ならぬ関心を抱いている二者が、バディを組んだら面白いんじゃないかというのが出発点です。編集者と遊んでいる時にふとアイデアが浮かんで、『こんな話はどうだろう』と話して聞かせました。大まかなストーリーも、その場で完成していましたね」

 本書は「週刊少年ジャンプ」と縁の深い小説レーベル「JUMP j BOOKS」の一冊として刊行されたもの。「少年ジャンプ」を読んでいる若い世代を意識して、いつも以上にエンタメ色の強い世界を作りあげている。

「メインターゲットが高校生くらいなので、あまりひねった表現は使わず、動きのあるシーンを多めにしています。僕自身マンガが好きだし、JUMP j BOOKSではマンガのノベライズを何冊も書いているので、どういう作品が求められるかは掴めていたと思います」

 ユマが悪魔を狩り続けるのは、亡き主人デズモンド・ロリンズの遺志を継いでのこと。デズモンドはAIの権利向上のために生涯を捧げ、人とAIが共存できる自由都市サン・ハドクの発展に尽力した大富豪だ。人間を憎んでいた彼は、悪魔ルキフェルと取り引きし、AIに魂を与えることを切望していた。

「デズモンドは人間嫌いで、AIに愛着を抱いている、屈折した悪魔崇拝者です。お金にあかせてサン・ハドクを設立したのも、その土地に地獄に通じる扉があるから。デズモンドにこれといったモデルはいないですが、いつの時代もこういう人はいるような気がしますね」

 ユマの相棒アグリは、黒い聖書の姿をした悪魔だ。冷静沈着なユマと、高慢で口の悪いアグリ。息もぴったりの絶妙なコンビネーションが、この物語の魅力だろう。

「アグリの由来になっているアグリッパは、16世紀に実在した哲学者で悪魔崇拝者です。名前を呼ぶことで悪魔を封じ込めるという二人の戦い方も、現実の悪魔祓いでよく耳にする話。この本にはこれまで読み漁ってきた悪魔に関する伝承や史実を、散りばめてみました。フィクションと思ってくれても構わないんですが、後日『史実だったんだ』と気づくことで面白さが増すかもしれません」

 ヘヴィメタルやブルースなどの音楽を入り口に、悪魔にまつわるカルチャーに親しんできたという東山さん。今作では悪魔的なイメージを強調するために、あえて日本ではなく海外を舞台にしている。

「具体的にどこと決めてはいませんが、メキシコあたりのイメージですよね。日本だと想像力が制限されてしまって、自由に悪魔を暴れさせられない。南米だとカトリックが根付いていることもあって、より自然に悪魔的なものを扱えます。南米で書かれた小説を読んでいると、リアリズムの世界にいきなり荒唐無稽な幻想が入りこんできて、驚かされることがあります。そうした独特の感性も、悪魔と相性がよさそうだなと感じました」

ライトノベルだからこそエンタメに全力投入できた

 ある日、ユマの屋敷にアンヘラと名乗る女性が訪ねてくる。人気シンガー、シオリのマネージャーだという彼女は、シオリが悪魔に取り憑かれているのではないか、との疑いを抱いていた。依頼を受けたユマは、表向きボディガードとして活動しながら、歌姫シオリの身辺を調査することになった。

「悪魔と音楽は昔から縁が深くて、悪魔と契約したとされる音楽家もたくさんいます。そんな伝説が生まれるのも、世界には悪魔の仕業としか思えない、人間離れした傑作があるからでしょうね。よく〝魂がこもった名曲〟と言いますが、文字どおり魂を売って生まれた曲なのかもしれない。僕が音楽好きなので今回は音楽業界の話になりましたが、もちろん小説や絵画にだって悪魔は潜んでいるでしょう」

 折しも町ではマニピュレイテッドへの襲撃事件が多発していた。襲撃犯たちは皆、シオリの新曲「ブラック・フラワーズ」に突き動かされて犯行に及んだと証言。両親をマニピュレイテッドに殺されたシオリの曲には、ヘイトクライムの引き金となる何かが潜んでいるのだろうか。まるで現実社会を反映するかのように、反マニピュレイテッド派と擁護派との対立が激化してゆく。

「これは僕の癖なんですが、その時々で気になっている社会問題を取り入れると、物語に芯が通って書きやすくなるんです。今回意識したのは移民問題。たとえば南米ホンジュラスでは国を追われた人たちが、キャラバンを組んで徒歩でアメリカを目指している。ああいうニュース映像が物語に影響を与えています。シオリの両親が国境を越えようとして殺されたというエピソードも、移民問題の反映なんです」

 そうはいっても、あくまでエンターテインメント。気軽に読んでもらうのが一番だと東山さんはくり返し強調する。実際、冒頭から見せ場の連続。ノリのいいセリフとクールなアクションに導かれて、ついついページをめくってしまうのだ。

「ライトノベルだから思い切ってやれたという面はありますね。大人の目を意識していたら、もっと象徴的で哲学的な、たとえば悪魔との対話にページを割くような作品になっていたと思います。今回はその代わりにアクションでテーマを語っている。言葉と銃弾という表面的な違いはありますが、実は訴えていることは同じだったりする。読者の年齢にふさわしい表現を選んだらこうなった、という感じです」

 大規模なライブを間近に控えたシオリを警護しながら、悪魔の影を追うユマ。人間とAIと悪魔が交錯するドラマは、〝魂とは何か〟という人類普遍のテーマを浮かびあがらせてゆく。そして訪れるど迫力のクライマックス!

「作中では魂とはこういうものだという考えを、いろんなキャラクターに語らせています。人の数だけ魂の形があるように、その答えも一つではないですから。魂のない機械は同じ条件を与えると、必ず同じ反応をするでしょう。でも人間の反応は千差万別。そこが非合理的で面白い。物語が進むにつれて、ユマも少しずつそうした感覚が分かるようになってゆくんです」

巻末に置かれたエピローグによれば、奇妙な名コンビの冒険はまだ始まったばかりのよう。ルキフェルの扉を目指すユマとアグリは、この先どんなトラブルに巻き込まれるのか? エンタメの王道パターンを踏まえつつ、アクセル全開で突っ走る『DEVIL’S DOOR』は、大人の読者も見逃せない痛快娯楽作なのだ。

「あのエピローグを書き加えたことで、世界観がより壮大なものになりました。ルキフェルがどんな奴なのか、地獄にはどんな奴らが繋がれているのか、想像するだけでも楽しいですね。今回は本のカバーを『イノサン』の坂本眞一さんにお願いすることができたのも光栄でした。作品をしっかり読み込んだうえで、ユマたちをカッコよく描いて下さって感動です。色んな意味でライトノベルならではの楽しさに溢れた作品なので、ぜひ手に取ってみてください」

取材・文=朝宮運河 写真=山口宏之