伊藤健太郎「人って、人間的な部分を隠そうとする。『惡の華』は、その部分を包み隠さず、炙り出した“人間味溢れる”一作です」

あの人と本の話 and more

公開日:2019/9/9

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある1冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、“クソムシが”という言葉が刺さりくる、押見修造の伝説的コミック『惡の華』の映画化作品で、主人公・春日高男を演じた伊藤健太郎さん。新境地ともいえる役に挑んだ心境や撮影現場での秘話などを伺った。

伊藤健太郎さん
伊藤健太郎
いとう・けんたろう●1997年、東京生まれ。ドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』で俳優デビュー。出演作に、映画『デメキン』『覚悟はいいかそこの女子。』『コーヒーが冷めないうちに』、舞台『春のめざめ』など多数。昨年は、ドラマ『今日から俺は!!』のツッパリ“伊藤”役で大きな注目を集めた。
ヘアメイク:山田今日子 スタイリング:高橋 毅(Decoration)

「この一冊を読んでから、“お仕事、ご一緒させていただきたかったなぁ”という気持ちが、ますます強くなってきているんです」

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 おすすめ本として選んでくれた、蜷川幸雄が赤裸々に語った自身の半生、演出の奥義の源を記した『演劇ほど面白いものはない 非日常の世界へ』。その一冊を前に、自身の役者への道を開いてくれた稀代の演出家への想いを伊藤さんは吐露する。

「蜷川さんのオーディションに落ちたこと、そしてその場でお会いし、“自信を持ってくれ”というお言葉をいただいたことが、腹を据え、この道を進むきっかけとなった。そういう意味で、僕の人生に、とてつもなく大きな影響を与えてくださった方なんです」

 1970年代の安保闘争時代、新宿でひとりの青年にジャックナイフを突きつけられ、観客の内にある熱き思いを知ったエピソードをはじめ、本作は蜷川幸雄が歩んだ人生の熱気に溢れている。

「めちゃくちゃ生意気だったと、何を言われても反発し、“俺はこう思います”ということを言い続けてきたと。僕が凄いなと感じたのは、ずっと役者を目指していたのに、それを潔く辞め、演出家を目指されたこと。人生の早い段階で、自分を活かせる部分と活かせない部分を判断し、進む道を決めることのできる人間としての強さでした」

 自分を剥き出しにした人の強さ。それは、映画『惡の華』で伊藤さんが演じた春日高男が発散するものでもある。

「中学2年生の春日を演じるにあたり、まず思春期の少年に近づこうと思いました。自分自身の思春期、反抗期をもう一度、見つめ直し、いろんなこと思い出したりもしました。その特徴というものを考えたとき、わけもわからずイライラしたり、モヤモヤ、ソワソワしていたなと思って。それを今の自分にどうやって作り出すか、ということを考えていったんです」

 伊藤さんが考え出したその方法とは――。

「僕は肉体的、精神的に疲れると、お酒を飲んでリフレッシュするんです。じゃあ、その息抜きみたいなことをすべてやめてみようと。そうすることによって、いい意味で自分のなかに、ストレスが溜まっていくのではないかと考えたんです。そうして思春期の少年が抱いている感覚と似たようなもの、つまり“惡の華”を自分のなかにつくっていった。でもキツかったですよ(笑)。お酒、超好きなんで。クライマックスシーンのひとつに夏祭りの場面があるのですが、あれはゲリラ的に少人数で行って撮ったものなんです。撮影が全部終わり、“じゃあ、お祭り、みんなで行こうか!”って、そこでみんながお酒を飲んでいたときも、ひとりでずっとウーロン茶を飲んでいました。“飲みてぇー!”と思いながら(笑)」

 春日が、憧れのクラスメイト・佐伯さん(秋田汐里)の体操着を盗んで逃げだす――原作においても脳裏に刻まれるあの名場面が、スクリーンからは生々しく迫ってくる。

「誰もいない教室で、佐伯さんのブルマの匂いを嗅ぐシーン。あのときの演出が、井口監督、一番、厳しかった(笑)。繊維の分子まで吸い取ってくれと。家に持ち帰った体操着を、ベッドの上に広げる場面も。“なんで、広げるんだろう?”って、あのときは思ったんですけど、完成作を観たら、“あぁ、すごく春日っぽいな”と。めちゃくちゃ恥ずかしかったのが、原作者の押見修三先生から、“体操着を広げる手際の良さが素敵でした”というお言葉をいただいたことでした(笑)」

 佐伯さんのブルマの匂いを嗅ぎ、それを盗み……その一部始終を目撃していたのが、クラスの問題児・仲村(玉城ティナ)。そのことを秘密にする代わりに、仲村はある契約を持ちかけ、春日に無茶な要求を次々と突きつける。そしてその要求に翻弄されるうち、春日のアイデンティティは崩壊し……。

「春日がやってしまうことは、なかなかにすごいことなんですけど、でも人間が社会的なこと、モラル的なことを何も考えずに生きていいよ、と言われたら、こういうことをしても、なんら不思議なことではないなと。人間って、どうしても、真の意味で、人間的な部分を恥ずかしいと思い、それを隠そうとするじゃないですか。けれど原作でも、この映画でも、その部分をすごくストレートに描いている」

 本作は、原作における<中学編>と3年後の<高校編>から構成されている。

「撮影をしていたときから、観客の方たちが映画館を出るとき、胸クソ悪い感じにしたくないということを井口監督とも話していて。映画としては、<中学編>のクライマックスのシーンで終わっても成立はすると思うんです。でもそのあとに<高校生編>がくることにより、そこまでの世界観がすべて救われるという気がして。僕自身も晴れやかな気持ちで、この作品を撮り終えられた」

 9月27日(金)からの全国公開が今から楽しみだという。

「どういう捉えられ方をするのかなというのが、すごく楽しみで。表面的な部分を見ると、たしかに過激な内容だったりするし、難解な部分もあるとも思うんですけど、これまで僕が出演させていただいた作品についても、観た方の反応を見ると、言葉の意味とか、映画の深いところに隠された意味を汲み、考えてくださる方がすごく多いなと。つくり手側の身としては、それはある意味怖いことでもあるけれど、本当に有難いしうれしい。映画って、そういうものであってほしいと思うんです。いろんな捉え方があっていいし、正解なんてないのだから。本作においても、自分自身が脚本を読んだときや芝居をしたときとは、また違う捉え方もあるのかなと思うと、すごく楽しみなんです。知りたいですね、この映画を観てくださった方の考えを」

 最後に、伊藤さんにとって“変態”とは?

「良くも悪くも、めちゃくちゃ自分に素直ってことじゃないですかね。それが社会的にどうか、ということは抜きにして、自分が思ったままに突き動かされているということが変態の定義なのかなと。春日みたいなままで大人になっていっている人って、いっぱいいると思うんです。そういう方に本作を観ていただき、あの頃の自分をもう一度、見つめ直してもらう時間を作ってもらうきっかけとなる作品になったらいいなぁと思います」

(取材・文:河村道子 写真:干川 修)

 

映画『惡の華』

映画『惡の華』

原作:押見修造(「惡の華」講談社『別冊少年マガジン』所載)監督:井口 昇 脚本:岡田麿里 出演:伊藤健太郎、玉城ティナ 配給:ファントム・フィルム 9月27日(金)より全国公開
●憧れのクラスのマドンナの体操着を見つけ、咄嗟に家に持ち帰ってしまう中学2年の春日高男(伊藤健太郎)。それを見ていたクラスの問題児・仲村(玉城ティナ)に“契約”を持ち掛けられたところから甘美な共犯関係が始まる――。
(c)押見修造/講談社 (c)2019映画『惡の華』製作委員会