ジャルジャル福徳さんの意外な“文学性” 絵本『なかよしっぱな』にみる “ピンポンパンゲーム”らしさとは

文芸・カルチャー

2019/12/13

右の鼻の穴は「みぎっぱな」
左の鼻の穴は「ひだりっぱな」
でも、みぎっぱなから見た右は「ひだりっぱな」
ひだりっぱなから見たら左は「みぎっぱな」
自分たちがどっちが右でどっちが左かわからなくなった、ふたつの鼻の穴は、昼寝中のケンタくんの鼻から抜け出して、町のみんなに確かめに行くのでした……。

 ややこしい言葉遊びが癖になる絵本『なかよしっぱな』(小学館)が発売された。文章は、ジャルジャルの福徳秀介さん、絵は福徳さんの従姉妹でもある絵本作家の北村絵理さん。

 このふたり組、共作である『まくらのまーくん』で一昨年開催された第14回タリーズピクチャーブックアワードで大賞を受賞したことでも話題になりました。福徳さんにとっては、絵本作家としてメジャーデビューとなる今作。絵本作りのきっかけや、そのインスピレーションの源泉についてお話を伺いました。

今でも寝ているときに何かが動いている気がする

――今回の絵本は、もともと学習雑誌『小学一年生』9月号のミニ絵本付録がもとになっているんですよね。「なかよしっぱな」というキャラクターはどのように生まれたんですか。

福徳秀介(以下、福徳):絵本を作ろうとなって色々と案出しをしていたときに、編集者から「仲良しな2人が出てくるような話はどうですか」と言われて、そしたら「鼻の穴って2つあるしちょうどええやん!」って思いついて。

――仲良しな2人、で鼻の穴を思いつくのは編集者も予想外だったと思います。

福徳:おまけに、響きがいいんですよね。右の鼻の穴、とか、左の鼻の穴、って言いづらいじゃないですか。でも、みぎっぱな、と、ひだりっぱな、ってすればすごく言いやすい。2人合わせて、なかよしっぱな。このワードをめちゃくちゃ気に入って、そこから物語が膨らんでいきました。

――前作『まくらのまーくん』も主人公が寝ているときの物語ですが、今回も主人公のケンタくんの昼寝中に起こるお話なんですよね。

福徳:特にこだわっていたわけじゃないんですけど、僕自身、寝ているときに何か部屋のものが動いているかもって今でも思っちゃうんですよ。たとえば車のおもちゃとかが置いてあるんですけど、僕が寝ているときに勝手に走っているかもしれない、とか。目を開けたら、その場面を目の当たりにできるんじゃないか、って大人になった今も信じている。寝ているときに何かが起こるストーリーは、そういう感覚の延長線上にあるかもしれません。

とにかく「面白い響き」が僕のツボ

――子どもが読む絵本としても面白いと思いますし、それでいて言葉遊びのような場面はジャルジャルのネタを想起させるような部分もあり、大人も楽しめる作品ですね。

福徳:そう言っていただけると嬉しいですね。うん、でもやっぱり、なかよしっぱな、って響きが最高なんだよなあ。

――福徳さんの中で、言葉の響きって物語の上で重要ですか。

福徳:めちゃくちゃ重要です。世の中のあらゆる言葉の中には、確実に面白い響きっていうのがあると思っているし、それが僕のツボなんですよ。その響きも、個人によってセンスがあるから、何を面白いと思うのかがめっちゃ大切で。たとえば、「メントス」って面白い。

――……「トス」が面白い?

福徳:そうですね。メン、トス。このなんともいえへん響きが面白い。

――「ぷっちょ」はどうですか。

福徳:一周回ってポップですね。

――「シゲキックス」は。

福徳:「シゲキックス」はけっこう面白い。

――難しい……。でも、たとえば相方の後藤さんとは、そういう感覚も共有できているってことですよね。

福徳:そうですね。というか、結局感覚の問題なので、これが言わなくてもわかってくれる人じゃないと一緒にお笑いはできない気がします。そんで、僕と後藤はこの部分が限りなく似ているんですよ。たとえば「コンセント」って名前だけ見たら「まあまあいいワードやな」みたいなところで共感できる。お互い二十歳くらいのときは、「安西」っていう苗字が異様にツボだったんですけど、そのあと「小林」が面白い時期が訪れたり、時代によってまた少し変わったりするんですよね。

老若男女を笑わせたいから絵本は楽しい

――「響き」へのこだわりは、たとえば2017年のM-1で披露されたジャルジャルのネタ「ピンポンパンゲーム」などにも顕著ですよね。

福徳:あのネタは、できたときに「伝説できるな」って確信したんですよね。僕はずっと、老若男女を笑わせることは無理だと思っていたんです。

 たとえば、僕は小学生の頃に『ごっつええ感じ』が放送されていた世代でしたが、そこで流れるお笑いの意味がよくわからなくてハマらなかった。おかげでふたりとも他のお笑い芸人には全く影響を受けずにオリジナリティを追求することができた部分はあるんですけど。

 ジェネレーションギャップもあるし、老若男女全員を笑わせるネタは無理だと思っていた。でも、ピンポンパンゲームができて、それをたまたま営業で行ったお祭りで見せたら、そこにいた人たちがみんなすごく笑ってくれたんですよ。お祭りだから、家族で来ている人たちも多くて、三世代みんな笑ってる。老若男女笑わせるネタなんて、世界平和のようなファンタジーだと思っていたのに、目の前で実現してしまった。

 そのときの興奮は今でも忘れられないし、M-1も決勝まで勝ち進んで、順番も最後。これは間違いない、時代変わるぞ、と思って挑んだら、6位だったんですよね。

――いやでも、順位はたしかに厳しいものでしたが、当日のSNSの盛り上がりや審査員のウケは確かなものでしたよ。その、老若男女を笑わせたい、みたいなモチベーションって、親子を対象とする絵本にもうまく活かされていたりしますか。

福徳:それはありますね! 絵本のストーリーを考えるの、楽しくて仕方ないんですよ。今回も、付録から絵本にするためにほとんど書き直したんですけど、全く辛くなかったです。絵を描いているいとこの絵理の方が大変だったんじゃないかな。

――絵本を作る作業は、やっぱり2人で一緒に色々と相談しながら進めていくんですか。

福徳:いや、僕が先にストーリーを作って、あとはそれを絵理が絵本の形にしていく感じですね。親戚なので気心も知れてるから話も早いし、毎回上がってくる絵に感動します。

――イラストには注文をつけたりはしない?

福徳:一切しないですね。でも、編集者側からの指摘は面白いなって思いますよ。たとえば、このパトカーのサイレンが最初は四角だったんですけど、それを丸くしてください、みたいな修正が入るんですよ。僕からしたら、そんなところ見てるんだって驚きの連続なんですけど、たしかに少し変えるだけで雰囲気がまるで変わるんですよね。

ずっと又吉さんの横でプレッシャーを感じていた

――福徳さんといえば、以前発売された『文藝芸人』でも恋愛小説「卒業文集プロポーズ」を書かれていましたよね。とてもピュアなストーリーながら、驚くような仕掛けもあり、ショートショートのような面白さがありました。

福徳:ありがとうございます。あれはかなりお気に入りの作品ですね。

――ストーリーはもちろんですが、好きな女の子に告白するときについつい無駄な発言をしてしまったり、とても細かい描写が多いことが印象的でした。

福徳:これは、昔『マンスリーよしもと』でショートストーリーの連載をしていたときの経験が影響していると思います。見開きの横のページが又吉さんだったんですよ。最初何も知らなくて、開いたら横に又吉さんがいる。ちょうどそのとき又吉さんは「東京百景」を書いていて、とにかく文章が美しい。書いていることも高貴なんです。毎回すごいプレッシャーを感じていたし、だから僕はもっと別の方向に行こうと思って、恋愛というテーマに絞ってちっぽけなことを書こうと思ったんです。

――又吉さんが隣にいたからこそ生まれた福徳さんの文学性だったんですね。

福徳:そうかもしれないですね。でも、たとえば中学とか高校のときの恋愛って、なんでかすごく細かいことを鮮明に覚えていたりするじゃないですか。あのときの感覚は今でも僕の中に新鮮に残っているんですよね。

――『文藝芸人』でも『マンスリーよしもと』でも恋愛をテーマに書かれていたということですが、やはり恋愛小説はよく読まれるのですか。

福徳:好きですね。僕、中3くらいのときに図書館で見つけて読んだ本があまりに面白くて、もうずっと「この本より面白い本あるんか」って探し続けて今に至るんですけど、いまだにそれより面白い本に出会えていない。

――一体なんですか。

福徳:内村光良さんの『アキオが走る』です。中学生のアキオが主人公の、純粋な恋愛ストーリーなんですよ。それがもう、面白くて面白くて。ちょうどその頃、映画『耳をすませば』にもどハマりしていた時期なので、やっぱり恋愛ものが好きなんですよね。

――学生時代にハマった純愛ものとかって、意外と大人になって読み返すと白けてしまったりするときがあるじゃないですか。

福徳:全くないんですよ。今でもめちゃくちゃ面白い。『耳をすませば』は60回は観たからほとんどストーリーもセリフも覚えてるし、『アキオが走る』も30回は読んで、今でも折に触れて読み返すんです。もう何回も読んでるから、適当に開いたところから少しだけ読んで、本棚に戻して、また次手に取るときは適当なところを開いて読んだりする。

――かなり独特な読み方をするんですね。

福徳:そういう本が10冊くらいあるんです。最近だと『マチネの終わりに』をそうやって読むことが多いですね。あとは、森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』も大好きで、読んだときは良すぎて顎が外れました。

――やっぱり恋愛ものなんですね。

福徳:そうそう、今思い出したんですけど、『文藝芸人』の小説を書く直前に、重松清さんの『疾走』を読んでいたんですよ。あれ、もう、最悪じゃないですか。とにかくめちゃくちゃ面白いんだけど、読後感が最悪。6日ある正月休みの最初の日に読んで、そこから3日間ダメにしてしまった。とにかくずっと落ち込んでましたね。そういうのもあって、ハッピーエンドの物語を書きたいなと思ってああいうストーリーになったんです。

――かなり小説に没入してしまうタイプなんですね。ちなみに、最近は芸人さんが絵本や小説を書くことも珍しくなくなりましたが、芸人という職業と小説を執筆することの相性って、芸人の立場からはどう感じますか。

福徳:珍しい設定などを考えるという点では、芸人はやっぱり普段考えている分強いのかなと思います。ただ、僕は物語を考えるというのは、どの職業の人も同じくらいできることだと思うんですよね。たまたま芸人で本を出している人が多いだけで、サラリーマンだって、コンビニの店長だって、ガソリンスタンドで働いているバイトだって、誰でも書けるはずなんです。

 その人にしか見えていない生活の些細な瞬間とか、その人だからこそ面白がれるものとか、探せば色々ある気がするんですよね。僕はたまたま、感性の近い後藤と一緒に楽しいことをやっていたら、ネタになって褒められたから、それからもう病みつきになっているだけです。ほんと、考えていることが楽しくて仕方ないんですよね。ネタも絵本も。

取材・文=園田もなか 撮影=ダ・ヴィンチニュース編集部