いつか死んでしまうすべての人へ贈る物語『不滅のあなたへ』――大今良時が描こうとしている“不滅”とは?

マンガ

公開日:2020/2/7

 2020年10月よりTVアニメ化が決定したマンガ『不滅のあなたへ』。出会った人の感情や身体を獲得しながら“人間”になっていく、不死身の主人公・フシの物語。フシ以外が全員死んでいく、衝撃的で予測不能の展開が読者の心をつかんで離さない本作で、大今良時さんが描こうとしている“不滅”とは? その核心に、迫る。

TVアニメ『不滅のあなたへ』
(C)大今良時・講談社/NHK・NEP

TVアニメ『不滅のあなたへ』
NHK Eテレにて2020年10月より放送開始予定

 

 それは最初、球だった。物理的に、あるいは精神的に、自分に刺激を与えたものにならば何にでも変化することのできるそれは、最初は石に、次はコケに、そして自分の上で息絶えたオオカミへと姿を変えた。やがて自分を愛してくれた飼い主の少年から、人間の言葉と感情を学ぶと、彼の姿に変じることとなる。〈僕のこと……ずっと覚えていて〉。そう言って孤独に死んだ彼の言葉を守るように、それは出会う人たちを器に変えて、その身に存在を刻みながら生きていく。決して死ぬことのない、不死身のフシとして。

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 聴覚に障がいのある少女と、かつて彼女をいじめて転校に追いやった少年の交流を描いた『聲の形』に続く作品として大今良時が描き出すのは、古代から長大な時を旅するファンタジー作品だ。世界観のあまりのギャップに最初は「なぜ?」と戸惑う読者も多いだろう。だが読み進めていくと、どちらにも共通するテーマがあるとわかる。出会った人の優しさや痛みを、忘れないこと。そして、誰かと相対するときに生まれるエゴや偽善的な欺瞞から、決して目をそらさないことだ。

 幼い子どもながら、フシに母親のような愛を注ぎ、人としての出発点を教えてくれたマーチ。監獄島に暮らす自分たちの境遇を改善するためフシを利用しようとしたトナリ。フシに歪んだ愛を注ぎ、手に入れるためなら簡単に人の命を奪うハヤセ。善人であろうとなかろうと、誰もが自分のために生きている。欲望がすれちがえば、悲劇も起きる。だが、自分のためと誰かのためが合致して、手に手をとりあうことができたとき、人は相手を想う強さを手に入れ、ともに前に進むことができる。あらゆる立場の、あらゆる事情を抱えた人たちと出会いながらフシは、そのことを学んでいく。

 フシが出会った人に変化することができるのは、相手が死んでしまったときだ。どんな怪我を負っても死なないフシは、獲得した肉体と思い出とともに生きていく。時代ごとに新たに出会う人はあれど、悠久の時をたったひとりで。その思い出さえ奪いとろうとする“ノッカー”たちと戦いながら。

 深い喪失と痛みを抱えるフシの姿に切なくなると同時に、生と死の狭間を旅するフシの道程には、誰もが願い続けている希望の欠片がちりばめられている気がしてならない。拾い集めた先にどんな景色が広がっているのかは、まだ誰も知らない。

 

キャラクター紹介

フシ

フシ
周囲から感情や身体を獲得する、不死身の存在。いちばん最初に変化した人間であるこの姿が、フシのデフォルト。

マーチ

マーチ
フシに言葉を教え、人としてのふるまいを教えた、母親的存在の少女。村の掟によりオニグマの生贄となる。

ハヤセ

ハヤセ
マーチを生贄として連行する監視者。フシに執着し逃げた跡を追うも、左腕をノッカーに寄生されてしまう。

ボンシェン

ボンシェン
死者と会話することのできるウラリス王国第一王子。国王になるための功績としてフシを捕らえる。

カハク

カハク
ハヤセの子孫。代々寄生されたノッカーを受け継ぎながら、フシをノッカーから守ろうとする「守護団」の6代目。

 

キーワードは、3つの“不滅”

本作では、多くの出会いと別れが描かれる。それを際立たせているのが「不滅」という設定だ。物語を読み解く3つのポイントをご紹介。

1.けして死なない孤独な主人公

1.けして死なない孤独な主人公

自分に刺激を与えたものが命を失うとその姿に変化することのできる彼は、人間として社会に溶け込んでいく。どんな深手を負っても死なず、状況に応じて適切な肉体に変じることで知恵もつけていくが、思いがけない場面で過去に出会った誰かを器として変化してしまったとき、「あの人は死んだのだ」と悟る場面はなかなかに切ない。また、永遠に死なないということは、出会った相手は必ず自分より先に死んでいくということで、常に人に囲まれてはいても、フシはずっと孤独を抱えているのである。

2.倒しても倒しても生まれ続ける宿敵・ノッカー

2.倒しても倒しても生まれ続ける宿敵・ノッカー

フシがどこにいても襲ってくるノッカーと呼ばれる生命体。複数の触手を放つ奇妙な生命体で、フシの内側に宿る核――刺激を与えてくれた死者たちを奪いとろうとする。核を奪われるとフシはその人のことを一切忘れ、変化することもできなくなる。いつの時代も前触れなく現れ、やがて無関係の人々も襲うようになるため、世間のフシの評価は「ノッカーから救ってくれる人」あるいは「ノッカーを招く諸悪の根源」と二分されてしまう。フシにとって永遠の、やはり不死身の宿敵だ。

3.フシが肉体を獲得した相手も、実は不死身⁉

3.フシが肉体を獲得した相手も、実は不死身⁉

フシが肉体を獲得した死者たちは、実は常にそばにいてフシを見守っている。それを知っているのは、7巻で出会うウラリス王国の第1王子・ボンシェンだけ。さらに彼は、ある条件下においては死者を蘇生することも可能だという、フシも知らない事実にも気づく。11巻では、ノッカーとの戦いにおいて、器としてではなく本人として蘇生する仲間を得て、「いちばん欲しかったものだ」と喜ぶフシ。さらに大切な“あの人”も肉体を取り戻して蘇るのだが、果たしてそれは救いとなるのか……。喜びと不穏さが入り混じる展開に、先が待たれる。

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