「二宮さんは“超アイドル”な人ですが、映画の中に入るとそこの住人になる」二宮和也と妻夫木聡が兄弟に! 中野量太監督『浅田家!』公開直前インタビュー

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公開日:2020/9/22

©2020「浅田家!」製作委員会

 余命わずかな母と家族の絆を描く商業映画デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)が絶賛され、続く『長いお別れ』(2019)では、認知症を患う父と家族を描いた小説を映画化した中野量太監督。今、日本映画界でもっとも注目される彼の新作『浅田家!』が、2020年10月に公開となる。

浅田家!
『浅田家!』(中野量太/徳間書店)

 本作は、実在する写真家・浅田政志さんと、その家族をモデルにした長編映画だ。ユニークな家族写真で“写真界の芥川賞”と呼ばれる賞を受け、東日本大震災の津波で泥まみれになった写真を洗浄するボランティアを経験した浅田さんのエピソードや、取材で得た実話などに基づき、中野監督が独自に物語を構成した。“家族”をテーマに映画を撮り続ける中野監督が、浅田家の家族に感じた魅力とは? 災害時やコロナ禍において感じる“映画の役割”とは? 中野量太監督に、お話をうかがった。

“生きる”ための行為を共有しているということが、“家族”のかたちに近い気がする

──商業映画デビュー作の『湯を沸かすほどの熱い愛』はオリジナルストーリー、2作目の『長いお別れ』はいわゆる原作ものですが、最新作の『浅田家!』は、事実をもとに構成した物語だそうですね。前作、前々作と今作、制作時の感覚は違っていましたか?

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中野量太(以下、中野) 前作は原作ものでしたが、『長いお別れ』の著者・中島京子先生が、「自由にやっていい」と言ってくださったので、一度、原作を自分の中に吸収し、吐き出して新しいものを作り出したという感覚です。原作ものでも、基本的にはそういった作り方をしていますね。

 だから今回も、事実をもとにした物語ではありますが、事実という豊富なネタを最初にもらって、それをオリジナルとして吐き出したという感覚です。『湯を沸かすほどの熱い愛』のときは、ゼロから作らなくてはいけなかったので、大変といえば大変でしたね。今回は、大変ではありましたが、楽しかったです。たくさんのアイディアを、どう料理するかというイメージでしたね。

──さまざまな家族のかたちを描いていらっしゃる中野監督ですが、今回、モデルにされた浅田家のみなさんには、どういったところに魅力や“家族らしさ”を感じましたか?

中野 僕は、「家族とはこうだ」という定義は一切ないと思っているし、だからこそ、バラエティに富んだ家族を描いてきました。「家族は最高だ」と言うつもりはありませんが、クリエイターの立場というか、僕の姿勢としては、「まあ、家族って悪くないよね」くらいのことは言いたいんです。そういったスタンスがある上で、今回は、浅田家という実際の家族がいらっしゃいますから、作品の監督としては、「どういう家族なんだろう?」というところから入っていきました。

 最初に見たのは、写真集の『浅田家』(浅田政志/赤々舎刊)。浅田家の家族4人が、それぞれの「なりたかったもの」(消防士やヒーローなど)に扮して撮影した写真集でした。そんなことをしているから、変わった家族だと思うでしょう? でも、取材を重ねていくと、実は彼らは、ごく普通の──「普通」という言い方も変ですが、僕らが考える“家族”とまったく同じ、子どもが親を想い、親も子どものためにがんばるという、家族らしい家族だったんですよ。だから今回は、「一見変わった家族だけど、その気持ちは僕らもよくわかるし、みんな一緒なんだな」と思ってもらえるように描かなければと、とても気をつけましたね。

 また、映画を作るときに、もうひとつずっとこだわって描いているのが、食卓です。家族に定義はないけれど、「食卓を囲む人たち」は、“家族”に一番近いのかなと。“生きる”という行為を共有して、みんなで一緒にいるというイメージですね。だから僕は、どの映画にも、かならず食卓を囲むシーンを作ります。たとえ全員血がつながっていなくても、食卓を囲んでごはんを食べていると、僕はそれが一番、“家族”というかたちに近い気がする。今回の『浅田家!』では、かならず食卓に大皿が出てきて、それをみんなでつまみます。そのスタイルが浅田家らしいかなと考えて、そういうふうに作っています。

©2020「浅田家!」製作委員会

主演の二宮和也さんは、“演技の感度”の高い人

──浅田家の家族を演じた俳優陣も、非常に豪華ですね。とくに主演の二宮和也さんの演技には何度も泣かされましたが、二宮さんの印象はいかがでしたか?

中野 二宮さんのことは、昔から好きだったんです。いい意味で、普通でいられる。「超アイドル」な人ですが、映画の中に入ると、ちゃんとそこの住人になれちゃうんですよ。僕はそういう、映画の中に馴染む人が好きで、キャスティングのときもそういう人を選ぶようにしています。

 二宮さんも、ずっと昔から「馴染むなあ」と思って注目していたし、あとはやっぱり、僕は“演技の感度”という言い方をするんですが、彼は心情表現の幅が広いんですよね。心情表現に幅があるほど、“その人らしさ”が出てくるんです。演じる人物の個性がちゃんと芝居に出てくると、映画を見ている人は、それが「映画の中に存在する、たった一人の人物だ」と認められるようになり、ぐっと感情移入ができる。二宮さんはそういう演技ができる、“演技の感度”の高い人です。

 たとえば、予告でも使われている「ぽろっと涙を流す」シーンなんかは、最初は「涙を流してください」とは言わなかったんです。涙を流さない芝居もやってもらって、それもとてもよかったのですが、「ここではたぶん、自然に流れてしまう涙が効きますよ」と話をしたら、「できるかわからないけど、やってみます」と言ってくれて。しかも、僕のイメージどおりに泣けちゃうんですよねえ、自然に、ぽろっと。

 そのシーンも実話がもとになっていますから、おそらく彼は、僕が見せた本物の家族のVTRなどから、あの場面がどういうシーンで、どういう気持ちになるかということを、ちゃんと理解しているんですよ。そのシーンの尊さをわかりながら芝居をしているから、ぽろっと涙が出るんだろうし、その集中力もすごいなと思いましたね。

──今回は、リアル浅田家のみなさんと、浅田家を演じる俳優のみなさんが対面する機会もあったそうですね。リアル浅田家のみなさんの印象は、いかがでしたか?

中野 おもしろいんですよ、やっぱり(笑)。浅田家は、お父さんが料理を作ったり家事全般を行い、お母さんは家事をせずに看護師として外で働いていて、世の中の多くの家族とはちょっと違うところがある。おもしろい家族だけれど、さっきも言ったように、芯の部分は僕らの考える家族と変わらないので、その点を俳優陣にちゃんと感じてほしかったんですよね。

 もちろん、実際の浅田家に会って、「まねごとをしてください」というわけではありません。今回は、実在する人たちを演じるわけですから、どんな街で育ったのか、どんな家に住んでいるのか、そういうものを知ることが、俳優にとっては大切なんじゃないかと考えたんです。逆に言えば、監督の僕が提供できることなんて、それくらいしかないんですよ。俳優陣がやりやすい状況を整えてあげるのが監督の仕事だと思っているので、プロデューサーに、「実際に浅田家の住む三重県津市に行くことだけは、どうしてもやらせてくれ」と伝えて、俳優陣を連れて行きました。

©2020「浅田家!」製作委員会

──リアル浅田家のみなさんと対面したときの、俳優のみなさんの反応は?

中野 よろこんでくれたようですよ。たとえば、主人公の兄を演じた妻夫木聡さんは、浅田家のお兄さんと連絡先を交換して、お兄ちゃんの気持ちを聞いていたそうですし、そういうことができてよかったなと。

──ほかの作品でも、メール交換をしてもらったり、誕生日会を開いたりと、家族を演じる俳優さんたちが“家族になる”ための機会を設けるそうですね。

中野 俳優陣はプロですから、はじめて会ったその日に「家族をやってくれ」と言っても、できちゃうんですよ。できるけれど、どうしても出ない空気というものもある。たとえば道を歩いていて、他人同士が歩いているのと、家族で歩いているのとでは、やっぱり空気や距離感が違いますよね。僕はそれを、どうしても映したくて。本当は、1ヶ月くらい一緒に住んでほしいんですが……そんなことはできませんから(笑)、少しでもヒントというか、俳優陣がやりやすくなればいいなと思って、やっていることです。

映画の仕事は、生きることを豊かにできる

©2020「浅田家!」製作委員会

──『浅田家!』のストーリーには、主人公の浅田政志が、家族に支えられながら写真賞を受賞するまでの前半と、政志が写真家として名を揚げたのちに、東日本大震災が起こって被災地に向かう後半の、大きく2つのパートがあります。東日本大震災について描こうと考えたきっかけはあるのでしょうか。

中野 3.11については、クリエーターとしてどうしても一度は表現しなければと思っていましたが、僕の作品は、基本的にエンターテインメントだと思っています。苦しいけれど笑いもあって、見終わったあとに「よかったな」と思ってもらおうとする僕のスタイルで、どんなふうに3.11を描けばいいのかがわからなかった。

 けれど今回、浅田政志さんと彼の家族、おもしろくて温かい家族写真に出会って、被災地でも実際にボランティアとして活動した彼を通してなら、3.11を描けると感じられたんです。写真洗浄という行為自体も、僕はほとんど知らなくて、知らないことを伝えるのも、映画の役割だと思っていたので、そのあたりからエンジンがかかりましたね。これは今、やらなきゃいけない映画だし、ずっとやりたかった映画だと。

 とはいえ、やはり、エンタメにしてもいいのかという不安は残ったままでした。でもそういった不安や迷いも、現地の人を取材しているうちに、完全に消えました。現地の人たちは、僕らが考えているよりも、ずっと前向きだし、強かった。だから、僕のテイストで描いてもいいし、取材した人たちに、正々堂々と「見てください」と言えるものを作ればいいと思えたんです。

──3.11という天災だけでなく、『湯を沸かすほどの熱い愛』では病、『長いお別れ』では老いと、わたしたちの身に避けがたく降りかかってきてしまうものを描いていらっしゃいます。そういった題材は、意識して描かれているのでしょうか?

中野 意識しているんでしょうね、きっと。今とつながっている映画を撮らなきゃいけないという思いもありますし、ここ数年は災害なども多く、人間、生きているだけでも大変です。そんな中で、やはり僕らの役割、映画にできることというものがあるなと思うので、その役割を果たせる題材をやっていけたらと思います。

 映画というものは、けっきょくはエンタメなんだと。生きるために必要かと言われれば、完全に「必要なものではない」。生きるために必要なものは、水だったり食べ物だったりするわけですが、僕たちの仕事は、生きることを豊かにできるんですよね。

 本作も、撮影時にはコロナ禍など予想もできませんでしたが、この映画の内容は、災いや逆境に立ち向かおうとするものです。公開延期にしなかった東宝は偉いなと(笑)。もちろん本当は、座席数を半分にしての公開はいやですが、今、やるべき映画だと思います。

──この映画は、どういう人に見てほしいと思われますか?

中野 今となっては、コロナ禍の渦中にいる人全員っていう気持ちですよね。年代にかかわらず楽しめるように作ってあるので、全世代の人に見てもらいたいと思います。

 まだ映画館に行くのは怖いという人もいるかもしれませんが、映画館でも感染対策はされていますし、この映画は、今だからこそ見る価値のある映画になっているはずです。苦しい状況の中でも、映画は、人生を豊かにするものを提供できます。また映画館に行きはじめようという、きっかけの1本にもなればと思います。

取材・文=三田ゆき

『浅田家!』
10月2日(金)より全国東宝系にて公開