将来はラルクみたいになる予定だったトリプルファイヤー吉田靖直、思春期を綴った自伝小説を語る!

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更新日:2021/3/11

『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)出演時には、「絶対お笑いやった方がいい」とタモリが絶賛。『共感百景~痛いほど気持ちがわかる あるある~』(テレビ東京)では、並み居る芸人を抑えて最優秀共感詩賞を受賞。音楽活動以外でもその面白さが注目され、最近は文筆の仕事も増えている、バンド・トリプルファイヤーの吉田靖直。彼が初の著書となる自伝的小説『持ってこなかった男』(双葉社)を発表した。

持ってこなかった男
『持ってこなかった男』(吉田靖直/双葉社)

 表紙の写真とタイトルの組み合わせから、すでに溢れるおかしみ。「四国の片田舎で、青春パンクを聴く友人を蔑みつつ、クラスメイトから舐められていた内気な少年が……」というAmazonのあらすじの冒頭だけでも、もう読んでいて恥ずかしい。普通なら誰もが封印したいはずの「黒歴史」を綴った同書について、本人に話を伺った。

遠足で蹴られて「自分はそっち側」と自覚

――『持ってこなかった男』を読むと、吉田さんは幼稚園や小学校の頃から「天才であること」や「才能」にこだわっていたようですね。なぜ、そうした考えを持つようになったんでしょうか?

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吉田 偉人の伝記マンガを沢山読んでいたのはデカかったと思いますし、「何をするにも全国1位くらいにならないとヤバい」みたいな感覚はその頃からありました。剣道をやってたんですけど、町の中では強い人がデカい大会に出ると1回戦で負けちゃうのを見て、「井の中の蛙だったな」と思ってました。

トリプルファイヤー – 全国大会 @ WWW 5th Anniversary NEWWW DX – YouTube

トリプルファイヤーの曲「全国大会」には「全国大会まで行ってから呼んでください!」「県大会には呼ばないでください!」という歌詞がある。

――「おだのぶなが→(けらい)とよとみひでよし→(けらい)とくがわいえやす」という相関図を書いていた……というエピソードもあり、「人と比べて劣っている・優れている」ということにも人一倍敏感だったんだなと感じました。

吉田 小さな頃からいじられがちだったので、「上下関係ってすぐ生まれるんだな」とよく考えていましたね。

――でも小学校低学年のときは学年で一番足も速かったそうですし、「自分はわりと上の方にいる」という感覚があったんじゃないでしょうか?

吉田 足の速さでしかプライドを保てなかったですね。『ズッコケ三人組』とかマンガを読むと、足の速いキャラクターはヤンチャでハツラツとした人ばかりなのに、自分はそうじゃなくて。「何で俺、こんないじられるんだろう」と感じてたし、自分のイメージと実際の扱われ方に常にギャップがありました。小学校の遠足で蹴られたりして……。

――え、それは何で蹴られたんですか?

吉田 本当に何でかわからなかったんですけど、1列に並んで歩いてたら、後ろから膝でガンガン蹴られて。何かの間違いかなと思って、「えっ、何?」「やめて」と言っても、また5回ぐらい蹴られたんで、意味がわからなくて。それ以降は、全体的にそういう扱いを受けることが増えてきたんで、「俺、そっち側なんだ」と感じるようになりました。

トリプルファイヤー「次やったら殴る」は、吉田さんの「そっち側」の人間っぷりが炸裂した名曲だ。

将来インタビューを受ける前提で「初めて買ったCD」を選ぶ

――小3の冬にリレーのアンカーで抜かれて以降は、「人よりJ-POPに詳しいこと」で自分の優位を保とうとしていたそうですね。

吉田 姉がバンド好きだったので、芸術に憧れてたのもあったかもしれないです。「バンドをやってる人はモテる」とか「面白い人がモテる」とか、自分たちの学年にはない価値観を姉から先に学んでいたのもありました。

――10歳離れたお姉さんは、「当時レディオヘッドやファットボーイ・スリムのような自分からすると高度な音楽を聴いていた」と本書にありましたが、洋楽を色々聴いている人だったんですか?

吉田 僕が小学生の頃はスピッツとかオザケンとかを聴いていたんですけど、段々と理解できない音楽を聴くようになっていきました。姉の部屋に連れていかれて、アット・ザ・ドライヴインとかニルヴァーナを聴かされて、「どっちがいいと思う?」と聞かれたこともあって。

――センスを試されたと。本の中には「一歩先を行っていた私は、『人生で初めて購入するCD』のチョイスにもこだわった」「メディアからのインタビューなどで、初めて買ったCDはなんですか? と聞かれた際の答えとして恥ずかしくないCDを選ばなくてはいけないと」という言葉もありましたが、そうした早熟さはお姉さんからの影響なんですね。当時は音楽雑誌のインタビューも読み込んでたんですか?

吉田 いや、『CDでーた』とか『WHAT’s IN?』のJ-POP的なインタビューをちょいちょい読んで、「大体みんな同じようなこと言ってるな」と思ってたくらいです。ただ姉が、「これダサいよ」と言っていたミュージシャンは覚えてたので、自分が買ったCDがそう言われるのは怖かったですね。それで「ミスチルも全肯定はしてなかったな」「ゆずはどうだろう?」「やっぱりアクセスはダサいよな」「T.M.Revolutionもダメだな」とか考えて……。なんか浅倉大介ばかりダメと言っちゃいましたけど。

――(笑)。でも、「これはカッコイイ、これはダサい」という価値観を先にインストールされて、自分の感性で買いたいCDも自由に選べない状況はすごくキツいだろうなと感じます。

吉田 変な成長をしそうですよね。でもゆずの「夏色」は今でも普通にいいと思っていますよ。

――高校の文化祭にバンドで出ようとして落選した時も、将来のインタビューでは「僕にとっては、フジロックに出るよりも高校の文化祭に出る方が難しいですよ」と答えようと思っていた……との話にも爆笑しました。当時はどんなミュージシャンになる想定だったんですか。

吉田 ブランキー(BLANKEY JET CITY)みたいになるのかなと思ってました。あとラルク(L’Arc~en~Ciel)とか。ラルクも昔の写真を見るとあまり垢抜けてなかったので、「自分も将来はあんな感じになっていくのかな」とか想像していました。

L’Arc~en~Ciel「HONEY」-Music Clip- [L’Arc~en~Ciel Selected 10] – YouTube

吉田さんはHydeのようなフロントマンになる予定だった。

松本人志『遺書』は「ありがたいお言葉」だった

――あと吉田さんが「天才」であることにこだわったのは、中学時代に松本人志さんの『遺書』を熟読したことも大きそうですね。やはり受けた影響は大きいですか?

吉田 今はそこまででもないですけど、当時は松本人志を崇拝してたので、「才能がないのに何かを頑張るのはめっちゃ悲しいことだな」と思ってました。当時は本当に「才能があるのは一握りの人だけだ」と思ってたので。

――僕は思春期に『遺書』を読んでいなくて、この取材前に初めて読んだんですけど、1冊の本としては特に面白いとは思えなくて……。

吉田 松本人志をメチャクチャ崇拝してないと、あの文章は入ってこないかもしれないです。ありがたいお言葉なんですよ。

――そんな宗教的なものだったんですか(笑)。『遺書』のなかには「世間のヤツが俺の笑いについてこられない」「オレを理解するには、ある程度のセンスとオツムが必要」みたいな言葉もあって、吉田さんはその考え方の影響を受けてそうだなと感じました。

吉田 受けてたでしょうね。松本が出てるテレビを見て、「松ちゃん、めっちゃ笑ってたのに、俺には今の笑いが全然わからなかった」って時とか、かなり落ち込んでましたから。

――思春期の吉田さんが思う「天才」って、松本さん以外にはどんな人だったんですか?

吉田 浅井健一とか(甲本)ヒロトとマーシー(真島昌利)とかですね。「真心ブラザーズくらいだと天才ではないな」みたいな感覚でした。

――すごいこと言いますね(笑)。

吉田 いま横にいたら「天才ですよ!」と言うと思うんですけど、当時は「天才」と呼ぶ人の幅がメチャクチャ狭かったんですよ。

――真心ブラザーズのお2人は人柄も柔らかそうなので、そこが天才っぽく見えなかったんですかね?

吉田 天才には一匹狼的な感じがあると思ってたし、何か「世の中と上手くやっていけそう」な感じが天才と思えなかったんでしょうね。

――本の中だと加嶋という友人が天才として描写されていましたが、彼は繊細で不器用な人間でしたよね。一方で「ヘラヘラ受け流して立ちまわっている自分が嫌になった」とも書かれていました。

吉田 そうですね。「絶対ベンジー(浅井健一)はこんなんじゃなかった」と思ってました。天才って、教室で寝てる自分の横でいじめが行われてても、「オレの眠りを妨げるな」みたいにキレていじめっこを殴る人みたいな感じだと思ってたんですよ。そういうのに憧れてたんですけど、「自分は全部違うな」と思ってました。

女子と話したくて「場違いなJ‒POP野郎」に

――大学入学以降の話では、音楽サークル内での自己紹介で「『ビーチ・ボーイズとジェリーフィッシュが好きです』って言うように決めていた」という話がありました。好きなバンドの答え方次第でマウンティングとかはあったんですか?

吉田 ありましたね。やっぱり「ロックのレジェンドは絶対いいと思えないとおかしい」みたいな空気がありましたし。「アジカン好きです」と言った新入生に「もうちょっと聴いていこうね」と言ったり。

――J-POPは下に見られていたわけですね(笑)。音楽サークルの合宿で、吉田さんがゆずの「夏色」を弾いて女子と一緒に歌った時は、「遠くで見ている男たちは私を場違いなJ‒POP野郎と思うだろうか。そんな些細な問題はどうでもよかった。私は可愛い新入生女子と、楽しい時間を過ごしたのである」と感じたとの描写もありました。吉田さん、天才に憧れつつも、けっこう自分を曲げてますよね。

吉田 曲げちゃうんですよねぇ。

――合コンで一番かわいい子の反応が悪くて、2番目にかわいかった子の反応が良かった時、「最初からそっちの子の方が好きだった気もして来る」という描写も、自分を曲げまくりで最高だなと思いました(笑)。

吉田 でも、そういうことないですかね?

――いや、あると思います。でも、それを言ったり書いたりはしないと思うんですよ。そういう「自分のダサさ」も包み隠さず書いてるのがすごいなと、この本を読んで思いました。こうやって自伝的な書籍で自分のことを赤裸々に書くことに抵抗はなかったんですか?

吉田 よく読んだ人からも「あんな恥ずかしいことをよく書けるよな。尊敬するわ」みたいに言われますけど、それほど勇気を出した感覚はなかったですね。そこはヤバい癖がついているのかなと思います。飲み会とかでも色々と喋りすぎて、「え、別にそこまで聞きたくないんだけど……」と周囲が引いて盛り上がらないことも時々ありますから。

――昔からそうやってなんでも赤裸々に喋るタイプだったんですか?

吉田 高校の時はちょっと隠してたかもしれないですね。「いい人でありたい」という思いもあったと思うんですけど、大学に入ってから町田康とか西村賢太とか色々な小説を読むようになり、「ここまで書いていいんだ」と感じたのは大きかったかもしれないです。

今では他のメンバーもステージ上の吉田さんに無関心

――この本では自分のダメな日常や、上手くいかないことが文章化されていますが、そのスタイルは吉田さんが書くトリプルファイヤーの歌詞そのものですよね。

吉田 その歌詞の書き方はバンドの方向性を切り替える時にメチャクチャ意識したことでした。パチンコをやめられない話とか、最初はライブハウスで歌うのも勇気がいったんですけど、いい人や純粋な人への憧れを断ち切って、その時は思い切ってやりました。

パチンコがやめられない

吉田さんがパチンコに負けた腹いせに歌詞にした「パチンコがやめられない」。カッコイイ演奏と裏腹に歌詞がどこまでも情けない

――本でも描かれるその切り替え以降、トリプルファイヤーもバンドとして評価されていくわけですが、今のトリプルファイヤーというバンドの在り方は、思春期に自分がイメージしていたバンドとどう違いますか?

吉田 自分としては途中から全然曲を作らなくなったのが意外でしたね。本当にできることだけをやるようになって、「かなり遠くに来たな」と感じています。

ポスト・パンクやファンクをベースにしたトリプルファイヤーの楽曲はそれだけで猛烈にカッコイイが、吉田さんの歌詞は情けなさ全開(なお吉田さんは作詞担当で曲はほとんど書かない)。そのギャップも含めてトリプルファイヤーは面白い。

――吉田さんはもともとギター・ボーカルだったわけですが、今のようにボーカルに専念したほうが、ステージでのバンドの見た目も面白くなると感じていたんですか?

吉田 そうですね。ギターやベースが飛び跳ねたり、客のほうに出ていったりするバンドもありますけど、みんなには「マジで動かずにやって」と話しました。「後ろでみんなが普通に演奏してて、前に変なやつがいる」みたいなライブのビジュアルのイメージがあったんです。

――トリプルファイヤーのライブでは、吉田さん以外のメンバーは吉田さんが何をしてもほとんど手元しか見ずに演奏してますよね。「カモン」などの曲では客席でも笑いが起こってるのに、メンバーたちは本当にずっと真顔なので、「あれは笑いをこらえてるのかな」と想像してました。

吉田 昔は自分のMCを聞いて「あれは笑いをこらえてた」みたいに言われることもありましたけど、今は本当に無関心ですね。何も言ってないのに勝手に後ろ向きで演奏をはじめたりとか、僕の想定以上に無視されている感じはあります。

トリプルファイヤー「カモン」

吉田さんが「声出せ~」「身体ゆらせ~」「両手上げろ~」と言っても客席も含めて失笑ばかりが上がるトリプルファイヤー「カモン」。メンバーはずっと真顔

「銀行に行けなかったこと」は僕的には重要

――そうやってバンドの在り方や歌詞を変えた経緯は本書の後半で書かれていますね。それ以降、トリプルファイヤーのファンが増えたという手応えはありましたか。

吉田 前は聴いてくれる人が全然いなかったので、それはありましたね。あと僕が好きな音楽とか、僕が好きなものに近いものを好きな人がトリプルファイヤーを聴いてくれてたりするんで、それは嬉しいです。あと「こんなことを歌詞にしてステージで言ってもいいんだな」「意外とみんな懐広いんだな」とも感じました。

――僕はトリプルファイヤーの「銀行に行った日」が好きなんですけど、「家賃の振り込みに毎月遅れちゃう自分の心情が曲になってる!」って驚きつつ、すごく励まされました。こんな日常の心情まで曲になるのは凄いなと。

ずっと避けていた銀行に行けた喜びを歌う「銀行に行った日」。

吉田 最近ツイッターで「トリプルファイヤー吉田が銀行に行かずに無駄に過ごした今日は、誰かが生きたいと願っても生きられなかった明日なんだ」って書いている人がいて、すげえいい言葉だと思いました。よく「お前が無駄に過ごした今日は昨日死んだ誰かが必死に生きようとした明日なんだ」と言うじゃないですか。僕の意図を汲んだうえでのいいパロディだなと思います。僕が歌詞にすることは「曲にするに値しない」と考える人もいると思いますけど、こうやって「いい」って言ってくれる人もいるし、僕にはそれくらいしか言えることもない。あと、「銀行に行けなかった」とかは僕的には重要なことでもあるので、それを歌詞にするしかないという感じですね。

取材・文=古澤誠一郎 撮影=下林彩子

吉田靖直/1987年4月9日、香川県生まれ。ミュージシャン。06年結成のインディ・バンド、トリプルファイヤーのヴォーカリスト。テレビ朝日『タモリ倶楽部』やテレビ東京『共感百景』などのバラエティ番組や、ドラマ・映画にも出演し、注目を浴びている。