なぜ池袋は変わったのか? 「文化による街づくり」をリードする高野之夫・豊島区長に聞く、江戸川乱歩賞公開贈呈式が池袋で開催された理由

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/1

 2020年7月にオープンしたHareza池袋や池袋西口公園の野外劇場・グローバルリングシアターなど、近年、大規模な文化施設が作られている池袋。久しぶりに池袋を訪れたら、街の印象が変わっていて驚いた人も少なくないのではないか。その変化は、池袋を擁する豊島区が約20年にわたって行ってきた文化による街づくりの成果のひとつだ。そんな豊島区が定める「としま文化の日」である11月1日に、池袋の豊島区立芸術文化劇場(東京建物BrilliaHall)で江戸川乱歩賞第67回受賞作の贈呈式が一般公開された。池袋は、江戸川乱歩が晩年を過ごした土地。乱歩賞史上初の一般公開贈呈式という画期的なイベントは、文化事業に力を注ぐ豊島区の強力なバックアップなしには実現しなかっただろう。文化の街・池袋での公開贈呈式実施に至った経緯や文化に対する思いについて、豊島区長の高野之夫氏に話を聞いた。

(取材・文=川辺美希)

高野之夫・豊島区長

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豊島区での乱歩賞贈呈式を一番喜んでるのは僕かもしれない

――豊島区での江戸川乱歩賞一般公開贈呈式という企画は、豊島区の文化による街づくりの中でどういう意義を持つと考えていらっしゃいますか?

高野:江戸川乱歩さんはお蔵のついた自宅を気に入られて、亡くなるまでの30年、西池袋にお住まいになっていました。私は実家が古本屋で学校を出てからずっと古本屋をやっていましたから、それを小さいときから誇りに思っていたんです。子どもの心を掴む『少年探偵団』をはじめ、江戸川乱歩さんの小説は大衆文化の最たるものですから。本屋として、江戸川乱歩賞の受賞作を第1回から、初版の帯付きで全部集めたこともあります。区長になったときには、なんとしてでも乱歩記念館を作りたかったんですが、当時、財政が厳しくて断念したんですね。最初の公約でしたから果たせなくて非常に残念でしたが、立教大学が後を引き受けてくれました。

江戸川乱歩賞の贈呈式も、前々からほかでやられているのを、指をくわえて見ていました。文化都市を目指す豊島区にとって、江戸川乱歩賞の贈呈式を豊島区で行うことはとても魅力的ですから。そんな思いを常々持ってきた中で、今回ご縁があって、機会をいただきました。今回の贈呈式は区民の方は200人、一般公募でも多数の応募があり、たくさんの方にご来場いただきました。受賞作家にとっても喜ばしいことですし、世の中からも乱歩賞や文芸というものに注目してもらえる。こういう形で、豊島区立文化芸術劇場で江戸川乱歩賞の贈呈式が行われることは、区長としてこの上ない喜びですし、乱歩記念館を作るという公約を掲げた私の念願の一部が叶いました。ここに携われるというだけでも、文化による街づくりを進めてきてよかったなと思います。区の中で一番喜んでるのは、僕かもしれないですよ(笑)。

――豊島区が、文化による街づくりを始めた最大の理由は何だったのでしょうか?

高野:私は区議会、都議会を経て区長になったんですが、池袋を中心にした賑わいのある街だから財政もある程度安定しているだろうと思いきや、中に入ってみたら、正式な記載がある借金以外にも隠れ借金を200億も持っていて、財政破綻寸前の状況でした。豊島区は福祉に力を入れていて、あらゆる施設を作っていましたし、当時の人口24万人のところを職員が3000人もいて、人件費の割合も高かったんです。このままでは破綻してしまうよと、思い切った財政改革を進めました。ただ、あれはだめ、これもだめとばっさばっさと切り詰めていては、閉塞感があふれて区民が沈んでいってしまう。区民に希望を持ってもらわなければ私は区長になった意味がないと、文化を取り入れようと考えたわけです。

文化は人の心を豊かにすると同時に、賑わいのある街を作ります。そんな未来へ向けた夢を叶えるために、文化都市を目指しました。ただ、当時は区民から総攻撃を食らいましたよね。あれはだめ、これはだめと切り詰めているのに、なぜ文化をやるんだと。民間も行政も、お金が厳しくなれば、まずは文化を切りますから。でも僕は、人が希望や夢を持てる文化を広げていかなくてはと、あらゆる文化政策を行ってきました。区長就任当時、3000人いた職員のうち文化を担当してたのはたったふたりでした。今、人口は29万人に増えましたが、職員は1000人削減して2000人です。そして2000人中、100人が文化を担当しています。豊島区の文化の最前線を担うとしま未来文化財団にも130人の職員がいます。

――日本創成会議から消滅可能性都市(2040年に若年女性が半減し人口を維持することができないと見込まれる都市)として指摘されたことも、転機になったそうですね。

高野:7年前、豊島区は消滅可能性都市という指摘を受けましたが、当時もそれをチャンスととらえて大きな政策転換をしました。国際アートカルチャー都市構想を掲げて文化事業に力を入れながら、徹底的に女性に優しい街、子育てしやすい街を目指してきました。その結果、人口ももちろん増えましたが、この5年間で納税義務者が2万人も増えたんです。僕は今回のようなコロナ禍でも、できるだけ対策をしながら文化事業は行うべきだと思っていて。文化の灯は消しちゃいけないという思いで、今年も11月1日のとしま文化の日から1ヵ月の間に、96の事業を区内で展開していきます。こういった大変な状況だからこそ、逆に文化を広げていくべきだと思っているんです。今も議会の予算審議はなかなか大変ですが、おかげさまで23年も区長をやらせていただいていろいろな調整もたくさんしてきたからこそ、今日まで豊島区で文化が着実に育ってきていると私は思います。区民が文化に非常に強い関心を持ってくださって、何か事業を行えばこぞって参加してくれる、そういう形になってきました。

高野之夫・豊島区長
江戸川乱歩賞贈呈式にて
撮影:林佳多

感動の余韻が残ることが街にとっての文化の価値

――高野区長からご覧になって、文化による街づくりを通して豊島区はどんな部分がもっとも変化したと思いますか?

高野:池袋を中心とした街のイメージが変わったことですね。豊島区はまず、池袋をはじめ地の利がいい。交通網が充実していて、特に埼玉県に住む方の玄関口です。そういった人が集まってくるところにしっかりした施設を作り、有効活用することが街づくりにつながっていくわけです。たとえば、豊島区本庁舎の移転をきっかけに、その跡地をアートカルチャー都市のシンボルにしようと、豊島区立芸術文化劇場(東京建物BrilliaHall)を擁するHareza池袋を作りました。その芸術文化劇場のこけら落としは、私はどうしても宝塚に来てほしかった。特に若年層の女性に集まっていただくには宝塚の誘致は最高ですから、ホールを作る前から何度も交渉に行きました。

でも池袋って、外から見ると暗い街というか、ちょっとイメージ悪いでしょう?(笑)。最初は、東京には東京宝塚劇場があるから必要ないですよって断られました。でもね、けっこう私、ねちっこいですから(笑)。宝塚の兵庫にも何回も行って、豊島区というのはこういう文化の街になるんだと、交通の便もいいし、歌舞伎と同じようにスタートは大衆芸能であった宝塚の公演場所に最適ですよとお話をして、こけら落としだけでなく、定期公演にまでこぎつけることができました。宝塚はやっぱりすごい人気で、今までいなかった新しい人たちが池袋に来てくれます。

ほかにも、芸術文化劇場で公演をしたいと言ってくださる方は、その理由にまず地の利のいいことを挙げてくださいますね。それに劇場としても素晴らしい。池袋が今、非常に安心できる街で、文化芸術による街づくりという明確な目標を持って取り組んでいることも、評価していただけています。区外の方々は、「最近池袋は変わった」とおっしゃられるけど、黙っていたら変わったのではなく、思い切って変えたんです。

池袋西口公園野外劇場「GLOBAL RING THEATRE」
池袋西口公園野外劇場「GLOBAL RING THEATRE」

――グローバルリングシアターも、池袋駅西口の印象を変えましたね。

高野:池袋西口公園では、今まで地元の人たちが仮説のステージを作って楽しんでくれていたので、それなら本格的な野外劇場を作ろうと、グローバルリングシアターを作りました。グローバルリングで丸く囲んで真ん中へ音を集めるような形で、ホールに絶対に負けない音響を野外でも実現できますし、素敵なカフェも併設しました。南池袋公園もガラッと変えたんですよ。南池袋公園に以前、行ったことのある方はわかると思うんですが、ブルーシートが貼ってあって、木が生い茂っていて、ちょっと怖い場所だったんですよね。これを変えない限りは、池袋のイメージも変わらないだろうと。親子連れが安心して楽しめる場所にするために、木を切って池もつぶして、一面芝生にして。公園内におしゃれなカフェレストランを作りましたし、綺麗なお手洗いも増やしました。そうやって進めてきた安心して来られる街づくりが今、形になっていると思います。

――改めて、高野区長は、文化の力というのはどういうものだと考えていますか?

高野:私は余韻がどれだけ長いかということが、文化の価値だと思っているんです。今、Hareza池袋だけでもホールが8つあります。そこで舞台や音楽を観た方たちが、どれくらい余韻を街に広げてくださるかということが大切だと思っているんです。私もいろいろなコンサートに行きますが、非常に感動したときには、その余韻がホールを出てからもずっと残っていますよね。

先日もグローバルリングシアターでコシノジュンコさんのファッションショーが開催されたのですが、オーケストラやバレエダンサーも共演された素晴らしいショーでした。観客の皆さんがとても感動されていて、その余韻がその場にずっと残っていた。あぁ、これが文化の力だなと実感しましたね。演者さんがお客さんに感動を与えて、それが余韻として街にずっと残っていく。それが真の文化の評価だと私は思うんです。そういう意味でも、文化というのは代えがたいものです。

話は変わりますが、毎年12月には豊島区立芸術文化劇場の宝塚公演を貸し切りにして、区内の中学2年生全員に無料鑑賞してもらっているんです。中学2年生という感受性が豊かな時期に素晴らしい文化に触れることは非常に貴重です。宝塚に限らず、豊島区ですばらしい公演を子どもたちに観てもらう機会を作っていきたいですね。今後も、今回の乱歩賞のようなご縁をいただきながら、豊島区の文化を育てていきたいと思っています。

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