心が温かくなるアイスランドの名作絵本の邦訳が登場!『さむがりやのスティーナ』翻訳者インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2022/1/21

さむがりやのスティーナ
『さむがりやのスティーナ』(ラニ・ヤマモト:著、朱位昌併:訳/平凡社)

 北極圏直下、北大西洋上にある北欧の島国・アイスランド。北海道と四国を合わせたくらいの小さな国です。人口は約37万人(2021年1月)と、那覇市の人口より少し多い程度。火山島であることから島の中央部には人が住めないので、首都レイキャヴィークとその周辺に人口の3分の2が集中しているのだとか。ちなみに日本からの直線距離は8593キロだそうです。

 そんなアイスランドからはるばるやってきた絵本が『さむがりやのスティーナ』(ラニ・ヤマモト:著、朱位昌併:訳/平凡社)。スティーナはさむがりやの女の子。夏すらプールにも入らず、「しろくておおきいはねぶとん」が一番安心できる場所です。冬にはぜったいに外に出ず、そのために毎日あれやこれやと手を尽くし、工夫しています。そんなスティーナにある日、思わぬ出会いが……。

 著者は日系アメリカ人でレイキャヴィークに移住したラニ・ヤマモトさん。世界一短い哲学の本ともいわれる人気の「かんがえるアルバート」シリーズは谷川俊太郎さんによって邦訳されています。

 スティーナは毎日おうちにこもって暮らしていますが、なんだかその毎日が楽しそう……。作中には実践したくなる様々なアイデアが登場します。不思議な魅力が詰まった絵本の翻訳者・朱位昌併さんもアイスランド在住。オンラインでお話を伺いました。

(取材・文=宇野なおみ)

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スティーナの住む北欧の小国・アイスランドの寒さと暮らし

――アイスランドはそんなに寒いのですか?

朱位昌併さん(以下、朱位):アイスランドは、厳しく広大な自然環境が人の手で開発されずに残っている国です。暖流の恩恵があるので、緯度が高いわりには皆さんが想像するほど寒くありません。夏の平均気温は10℃強で、冬は0度くらいですね。ただし、秋と冬には強い風が吹くので、体感温度としてはもっと寒い。気温が低いからしっかり着込むというよりも、服の中に風が入り込まないようにする必要があるんです。

――作中でスティーナが着込む様子はリアルなんですね。

朱位:ニット帽をかぶる、手袋をつけるなどして、身体から熱を逃がさない工夫は大切です。その一方で、冬でも元気いっぱいに外で遊ぶ子どもたちも、アイスランドには沢山いますよ。

朱位:日本でイメージしにくいのは、白夜がある世界かもしれません。冬の朝、11時頃にならないと外が明るくならず、16時半には日が沈んでしまう。日光がないせいか、朝目覚めても身体が起きてくれなかったり、やっと日が昇ったと思った数時間後には、また星空が広がったりするわけです。

――日照時間が5時間程度とは驚きです。室内は暖かいのですか? 先日アイスランド大使館でのイベントで「薪がないからストーブが焚けない」と伺いました。

朱位:木が少ないので、薪というものがほぼありません。アイスランドの室内暖房は、温水式のセントラルヒーティングが主で、部屋全体の空気を温水パイプで温めます。「外は冬でも中は春」と言われるほど、室内は暖かくて快適です。温水が豊富にあり、各家庭に供給されているからこそでしょう。

さむがりやのスティーナが日本にやってくるまでの道のり

――『さむがりやのスティーナ』はアイスランド語で出版され、英訳された作品と聞いています。どういった経緯で邦訳が出たのでしょうか?

朱位:レイキャヴィークの図書館で、アイスランドの絵本を乱読していた時期がありまして、そこでスティーナと出会いました。素晴らしい絵本だと思いTwitterで感想を書いたところ、平凡社の編集者さんにご連絡をいただき、企画書をお送りしました。出版までに作者のラニに会ったり、できる範囲で作中の発明品を試したりしながらアイスランド語版から訳文を作りました。編集さんをはじめ、とても素晴らしい方々の仕事に支えられて世に出た一冊です。

――この絵本の、どんなところが魅力だと思われましたか?

朱位:はじめて読んだときに一番魅力的に思ったのは、自分の世界を追求していく主人公スティーナのあり方でした。周りが何をしていようと関係なく、冬ごもりの準備をして、寒さをしりぞけるために様々な発明をしていく彼女は、とても魅力的です。

――作中に登場するホットココアやゆびあみはつい試したくなります。

朱位:「ふたつとびられいぞうこ」のような作ることが難しいもの、指笛など練習が必要なものもありますが、ほとんどは実際にできるはずですよ。絵本に書いてあるとおりだけでなく、自分に合うように少し工夫しても良いと思います。読者自身がスティーナのように創意工夫して、さらにアイデアを分かち合えたら、とても素敵ではないでしょうか。

――スティーナは編み物を多くしている印象です。ハンドメイドが盛んな国ですか。

朱位:毎年ハンドメイドの本が出版されて様々なパターンが作られているくらい、盛んです。編み物クラブもありますし、店番をしながら編み物をする人や、大学の授業や講演を聴いているときに針を動かしている人も見かけます。

――日本人が思っている以上に、アイスランドでハンドメイドの文化が根付いていそうです。

朱位:アイスランド人のほとんどは、本人がそうでなくとも、近い親戚にハンドメイドに凝っている人がひとりはいると思います。

ラニ・ヤマモトの魅力的な絵とストーリーが教えてくれること

――そんな黙々と暮らしていたスティーナは、後半でひとつの出会いをします。

朱位:彼女が自分の世界をどこまでも深める様子も見てみたかった、と思ってしまうほど、スティーナの暮らしは素敵でした。そして、とある出会いを経ても、今までスティーナを守っていた羽根布団や自身のアイデアが捨て去られることはないんです。これからも共にあるだろうことをラニのイラストが伝えてくれていて、読んでいてとても嬉しかったです。

――スティーナにはほとんどセリフがありませんが、表情がとても魅力的な女の子ですね。

朱位:私は、最後のスティーナの表情がとくに好きです。ぜひ、絵本をはじめから読んでそこまでたどり着いてほしいですね。あの一枚は、スティーナの人柄をとくによく表しているイラストだと思います。

――帯には「5さいから大人まで」とあります。どんな人に読んでほしいと思いますか。

朱位:嬉しいことに『さむがりやのスティーナ』は、幅広い年齢層の読者に読まれています。子どもと大人で感想がずいぶん違うのですよ。ラニの絵に惹かれた人や、アイスランドに興味がある人はもちろん、とことん自分の世界を深めたいけれど躊躇している、周囲と違うことがちょっと気になってしまうという人にも、スティーナの暮らしをぜひ読んでいただきたいですね。

 日本人の曾祖父を持つラニ・ヤマモトさんがアイスランド語で描き、英語など様々な言語に翻訳され、日本にもやってきたという、まるで世界一周をしてきたかのような『さむがりやのスティーナ』。ひとりの女の子の家での暮らしを描いた絵本ですが、前に進む力と、日常を過ごす楽しさを教えてくれますよ。

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